ミニッツリピーターとは? その歴史と代表的モデル

FEATURE時計機構論
2019.08.28

ミニッツリピーター

伝統的な機械式時計における複雑機構の最高峰とされるのが、トゥールビヨン、永久カレンダー、ミニッツリピーターである。これにスプリットセコンドクロノグラフを加える場合もあるが、歴史的な時系列で言えば、この中で起源が最も古いのはミニッツリピーターになる。

ハンマーが叩く“鐘”に相当するパーツを円環状のワイヤーゴングに置き換え、ムーブメント外周に配置する方式は、時計師アブラアン-ルイ・ブレゲが1783年に発明。リピーターウォッチの薄型化を実現したブレゲの設計は、当時の懐中時計から現在の腕時計にまで広く一般的に用いられている。
ヤジマオサム:写真 Photographs by Osamu Yajima
菅原 茂:文 Text by Shigeru Sugawara

ミニッツリピーターとは

 音で時刻を告げる時計そのものはヨーロッパ中世にまでさかのぼるが、任意の操作によって現在の時刻を音で知らせる「リピーター(Repeater)」は、17世紀後半にイギリスの時計師エドワード・バーローやダニエル・クエアーが発明したとされる。当初は置き時計だったが、18世紀終わりにアブラアン-ルイ・ブレゲが鐘に相当するパーツをリング状のゴングに置き換え、それをムーブメントの外周に配置したことによって、画期的な薄型の懐中時計リピーターが誕生する。ブレゲが発明した方式は、現在までリピーターウォッチの基本になっている。

 リピーターは、利用者が時刻を知りたいときにレバーやボタンを押せば、時計に組み込まれたハンマーが鐘を叩き、そのチャイム音の回数で時刻が分かるのだが、この種の時計は、照明の未発達な時代に、夜間や暗闇でも時刻が確認できるように考え出されたのがそもそもの始まり。照明が行きわたる近代以降は必要不可欠なものではなくなったと言えるが、それでも高度な複雑機構と貴重な技術は19世紀の懐中時計や20世紀の腕時計のごく一部に受け継がれ、消滅せずに残った。そして、1990年代以降の機械式時計復活の流れに乗って再び脚光を浴びるようになり、時計愛好家の間で垂涎の的になっている。

ジョン・シェーファー・ミニッツリピーター

オーデマ ピゲ「ジョン・シェーファー・ミニッツリピーター」
オーデマ ピゲは1892年に世界初のミニッツリピーター腕時計を開発し、1907年にはアメリカの富裕な実業家ジョン・シェーファーの注文によるこの伝説的なモデルを製作。文字盤の数字を"JOHN SHAEFFER"のアルファベットに置き換え、ゴールドとプラチナのコンビケースに直径12リーニュ(約27mm)のミニッツリピータームーブメントを収める。オーデマ ピゲ・ミュージアム蔵。

一般的に使われている古典的なチャイム音の鳴り方

 ところで、リピーターがリピートする(繰り返す)のは何なのかというと、機構を操作した時点で過ぎていった時刻である。それを耳で聞いて分かるように音に変換し、チャイム音で繰り返すゆえに“リピーター”なのだ。ただし、機構の作動中も時計自体は先に進んでいるから、現に今ダイアルで見ている時刻が必ずしも、そのまま反映されているわけではない。

 18世紀から現代まで一般的に使われている古典的な方式は基本的に下記の通りだ。音を発するのは、2本のハンマーと、低音と高音にそれぞれ調整されたリング状のゴングである。ユーザーが任意に作動レバーなどを操作すると機構に必要な動力が供給され、ハンマーがゴングを叩くストライク音で時刻を知らせる。ストライク音は連続する3パートから成る。

(1)時単位の数(アワー):低音の単音で、1回=1時から12回=12時。

(2)60分を15分単位に分割した数(クォーター):高音と低音を交互に組み合わせて鳴らし、高音→低音の1セット=15分、2セット繰り返し=30分、3セット繰り返し=45分。

(3)15分に満たない残り分数(ミニッツ):高音の単音で、1回=1分から14回=14分まで。

 ストライク音の回数が最も多くなり、よくデモンストレーションにも使われる12時59分の例ではこうなる。
●まず低音が12回鳴って12時。
●続いて59分を15分単位で割ると(15分×3回)+14分だから、高音と低音との組み合わせによるクォーターを3セット打って45分。
●最後に残った14分を高音で14回打つ。
 音の数は、(12)+(2×3)+(14)の合計32回にもなる。時間数は聞こえる低音の回数のままなので分かりやすいが、分数が15分を超え、15分で割り切れない場合は、クォーターと残りのミニッツのシークエンスを数えながら合算しなくてはならない。いずれにせよ、ダイアルを見れば一目瞭然の時刻も、音を聞き、頭で計算するとなるとそれほど易しくはない。

ミニッツリピーターの複雑機構の概略

グランド・コンプリケーション

針の位置情報をストライク動作の回数に変換する重要な役割を担うのが「スネイル」と呼ばれる特殊な形状のカム。ミニッツリピーターには、アワースネイル①、クォータースネイル②、ミニッツスネイル③の3つがあり、現代の腕時計の場合も、カムの基本的な形状や作動原理は18世紀の頃と変わらない。イラストはA.ランゲ & ゾーネ「グランド・コンプリケーション」の機構図。

 次にミニッツリピーター独特の精巧な複雑機構について、概略を簡単に説明する。まずダイアルの針の位置情報を伝えるのは、カタツムリのような形をした「リマソン(フランス語)」もしくは「スネイル(英語)」と伝統的に呼ばれるカムだ。このカムをなぞってレバーが時刻の時間数と分数を読み取り、ラック(歯竿)を動かして、ハンマーのストライクへと続く。

(1)時刻の時間を読み取るのは、時針を動かす歯車と連動するカムのアワースネイル。12時間で1周するこのカムの外周には角度30°ごとに階段状に段差をつけた12の突起があり、1時間につき1段下がっていく形状を持つ。このカムに接触するレバーが段差をなぞり、時針の位置を識別する。情報は12歯のラックに伝わり低音用ハンマーを動かす。作動は1回から12回。

(2)15分単位についてもほぼ同様だ。分針と連動して60分で1周するカムのクォータースネイルは、角度にして90度、分数で15分ごとに4段階に分けられた段差がある。これをなぞるレバー付きのラックがクォーターの0、1、2、3の4パートを識別し、ラックが高音用と低音用のハンマーを交互に動かす。作動はセットで1回から3回。

(3)分数を告げるカムは4本の手を持ち、それぞれ外側に14の鋸歯を刻み、その姿は手裏剣を連想させる。クォータースネイルと一緒に分数をコントロールするこのカムから得た情報がラックに伝わり、高音用ハンマーを1回から14回作動させる。

 説明を読むより聞くのが早い。下記ページなどでもで音の例を聞くこともできる。

パテック フィリップ「トゥールビヨン搭載ミニット・リピーター Ref.5539」

https://www.webchronos.net/movie/11561/