最近の若い世代のように、時計なしでもいいという生活を送ってきたが、友人の薦めでA.ランゲ&ゾーネと初めて出会うことに。質実剛健な時計づくりや、見せつけない優雅さに魅了され、これこそが自分にぴったりだと思った。自身を反映する、まるで分身のような存在をA.ランゲ&ゾーネの時計に見いだしたO.Y.さん。現在のコレクションはすべて同ブランドのモデルで占められ、時計愛好家へと今まさに突き進んでいる。

O.Y.さんは30代後半で投資会社の役員を務める若手実業家。小ざっぱりとした服装や穏やかな話しぶりは、若さに似合わず落ち着きを感じさせる。時計以外に愛好するのはイタリアのエルメスとも称されるヴァレクストラのレザーグッズ。控えめで高品質、そして優雅なところはA.ランゲ&ゾーネの時計と共通するという。
Photographs by Takafumi Okuda
菅原茂:取材・文
Text by Shigeru Sugawara
Edited by Chronos Japan (Yukiya Suzuki, Yuto Hosoda)
[クロノス日本版 2024年3月号掲載記事]
「A.ランゲ&ゾーネの時計は自分を映し出す分身のような存在です」

これまで本特集でお目にかかった時計愛好家の中に、こんな事例がいくつかあった。それまで時計にほとんど興味がなく、特に収集もしていなかったが、あるきっかけから時計に俄然目覚めたという人々だ。今回のO.Y.さんもまさにそのひとりである。
「きっかけは友人です。中国の元銀行家という家系の彼は、私と同じマインドの持ち主で、私たちはギラギラしたものは好きでなく、質実剛健で見せつけない優雅さといったものに強く惹かれていました。そんな友人が薦めてくれたのが、A.ランゲ&ゾーネの時計だったのです」
こう語り始めたO.Y.さん。A.ランゲ&ゾーネと出会う以前については、特に語るべき時計歴はないという。
「スイス時計を1、2本持っていたことはありましたが、ふだんは時計をしない生活でした。しなくても済みましたから」
時刻を確認するだけなら、スマートフォンをはじめとしていくらでも手段があり、若い世代を中心に時計離れが進んでいるのは事実だ。現在30代後半のO.Y.さんも時計愛好家に仲間入りする数年前までは実際にそうだったのだろう。だとしても出発点が、近づきやすいエントリーやミドルレンジのモデル、あるいはスタイリッシュなラグジュアリースポーツ系なのではなく、いきなりA.ランゲ&ゾーネとは恐れ入る。機械式時計に興味があり、ムーブメントに感銘を受けてA.ランゲ&ゾーネに惚れ込む例は少なくないのだが、O.Y.さんは「ムーブメントやメカニズムにはまったく詳しくないです」と率直に明かす。しかし、予備知識なし、まっさらの状態でドイツ高級時計の最高峰に出会ったことが逆に幸運だったのかもしれない。
「あれこれ吟味するよりぱっと決めるほう。フィーリング重視です」
投資家の鋭い直観というものだろうか、とにかく、これぞ自分の時計だと見抜き、有望視したのがA.ランゲ&ゾーネにほかならない。最初に手に入れたのは「サクソニア・オートマティック」である。惜しまれながら生産終了となった伝説の逸品だ。

「一番好きで、出番も多いですね。自分を反映しているというか、自分そのもののような時計です」
派手さはなく、控えめでシンプルなそのデザインに惹かれたという。初対面ゆえ人物を深く知るには至らないが、言葉を選びながらの穏やかな話しぶりや、抑制の利いた服装にこの時計がぴったり合っている。「時計は人なり」、つまり時計は持ち主のパーソナリティーを雄弁に語るというが、その実例を目の当たりにした気がした。
次に手に入れたのは、ブランドのイベントで目に留まった「リヒャルト・ランゲ」。これも控えめでシンプルという点では「サクソニア・オートマティック」とまったく同じテイストのモデルと言える。

この2本は、特別な複雑機構はなく、ふだん使いに適したモデルだが、O.Y.さんをコンプリケーションの世界へと誘ったのが「1815 トゥールビヨン」だった。
「ブティックのスタッフからトゥールビヨンについて、歴史や時代背景、製作がいかに困難か、また高価な理由などの話を聞き、興味が湧きました。高度な複雑時計ながら、これも気軽にふだん使いできるシンプルなデザインや、エナメルダイアルの美しさも気に入りました」

O.Y.さんにとっては、ある意味、このトゥールビヨンが本格機械式への入門になったのではないだろうか。特許のストップセコンドや秒針ゼロリセットが、いかに凄いかを熱心に語る姿は、自分はムーブメントやメカニズムには詳しくないと話し始めた頃とはすでに違って見えた。それにしても、購入動機に「気軽にふだん使いできる」を含めるとは、なんという余裕だろう。
コンプリケーションといえば、驚くことにトゥールビヨンと同時に購入したもうひとつのモデルがある。永久カレンダーと超精密アストロノミカルムーンフェイズを併せ持つ極めて高度な「リヒャルト・ランゲ・パーペチュアルカレンダー〝テラ・ルーナ〞」。愛好家の間で垂涎の最高峰モデルとして有名なこの複雑時計を実際に着けることはあるのだろうか。
「イベントやラグジュアリーなパーティーなどの場で着けることがあります。それと気付かない人もいれば、分かる人には分かる。A.ランゲ&ゾーネってどれもそうですが、リトマス試験紙みたいですね」

ここまで話題にした4本の時計は、いずれもここ2、3年で手に入れたもの。それだけではない。他に「ランゲ1・ムーンフェイズ」「グランド・ランゲ1」「ランゲマティック・パーペチュアル」、2本色違いで「リトル・ランゲ1」というから、なんと全部で9本。A.ランゲ&ゾーネ一択でコレクションするO.Y.さんのランゲ愛にはただならぬものがあると感心するが、同ブランドのプロダクトファミリーであっても、ユニークなデジタル表示が特徴の「ツァイトヴェルク」やスポーティーな「オデュッセウス」にはあまり関心を示さない。すでに述べたように「自分のような時計」という彼が重視する、時計と己のパーソナリティーの一致にマッチしないためなのだろう。
トレンドに左右されず、質実剛健でクラシカルなスタイルの高級時計を作り続けているA.ランゲ&ゾーネの姿勢を絶賛するO.Y.さん。次に欲しい分身はどれだろうか?