松山猛のバーゼル日記【3月20日】その2

LIFE
2019.03.22

バーゼル日記3月20日 その2

 バーゼル会場での初日の日程が終わり、僕は旧友の時計師フィリップ・デュフォー氏から誘われていた“ALCHEMISTS”という新しいブランドの発表会の会場がある、バーゼルで最も古い歴史と格式があるトロワ・ロア・ホテルのシガーラウンジに出かけた。 
 このアルケミスト=錬金術師と名乗る人々が作ろうとしているのは、身に着けていると癒しの効果がある金属を用いたケースを持ち、宇宙のようなドームの風防の中にムーブメントを閉じ込めたとてもコンセプチュアルな時計であった。

 このブランドを立ち上げたメンバーのひとりで、セネレジェのお城を買い取りそこに工作機械を据え、高級時計のための精密な部品を作る工場にしたファブリス・チューターと、複雑時計のエキスパートとして、リシャール・ミルやボヴェで20年働いてきた時計師のエルヴェ・シュルシュター、そしてもうひとりのキーパーソンである、気功のような特殊な能力を駆使して、人の体の問題を解決してきたというデニ・ヴィプレの3人によってはじめられたという。

 癒し効果が認められるというその金属はキュープラム479といい、彼らアルケミストの3人が特許を持ち、その含有比率は秘密だそうだが、それは銅と銀と金による合金で、銅にはその性質のひとつに赤血球の形成を助ける働きがあるのだそうだ。
 また銀は抗菌作用を持つなどその効果が古くから知られていて、それゆえに銀や銅は古代の人々から装身具として珍重されてきたのだ。
 つまりキュープラム479はそれらの性質を併せ持つがゆえに体に優しい金属らしい。

 フィリップ・デユフォー氏はそのプロジェクトを、監督指導する役割を求められ、いわゆるお目つけ役として、彼らの新しい試みを見守っているようだ。そこで古くからの友達の僕にも、これまでとは全く異なる、商業性からの出発ではない時計作りを、一緒に見てくれということらしい。

 プレゼンテーションの漫画をまじえた開発の物語も面白く、そして実際に作り上げられた時計自体も、興味をそそる出来栄えとなっていた。ムーブメントの構造は昔のマリンクロノメーターのような感じで、ひげゼンマイも青焼きされた提灯ひげという立体的なものを採用している。
 モダンな外見を持っているが、実際は昔ながらの高級時計のプロセスを踏んで作られる、そのハイブリッドさも面白い。ともあれ彼らの仕事は、高級時計の世界の新しい風となることは間違いがないだろう。

 そしてその夜の食事会では、久しぶりにデュフォー氏とさまざまな話ができて楽しい夜となった。

 時計界の錬金術師たちは、キュープラム479を素材とした、さまざまな部品を開発中というから、これからの成果に大きな期待をしたいと思う。