1960年に発表されたブローバの「アキュトロン」は、世界で初めて音叉を調速機構に用い、高い精度を実現した腕時計であった。機械式から電子制御へと、腕時計の歴史を大きく塗り替えたパイオニアである。そして2025年、そのアキュトロンが再び動き出す。しかも単なる復刻ではない。創業150周年を迎えたブローバは、15年の歳月をかけて音叉式を現代技術でよみがえらせた。その復活は、革新を原動力として歩んできた同ブランドの挑戦を、より加速させるのだ。
Photographs by Yu Mitamura
大橋洋介(クロノス日本版):取材・文
Text by Yousuke Ohashi (Chronos Japan)
Edited by Yukiya Suzuki (Chronos Japan)
現代技術でよみがえったブローバの「音叉式」腕時計

写真の腕時計のうち、左の3本はいずれも新生アキュトロンである「アキュトロン チューニングフォーク スペースビュー314」。左と中左のケースはステンレススティール製だが、中右のみチタン製である。(左および中左)音叉式。SSケース(直径39mm、厚さ13.4mm)。3気圧防水。99万円(税込み)。(中右)音叉式。Tiケース(直径39mm、厚さ13.2mm)。3気圧防水。102万3000円(税込み)。なお、右端のモデルは1960年代に製造された往年のアキュトロンだ。
その腕時計の登場は、時計業界のみならず、人類の技術史においても重要な転換点となった。1960年、アメリカでブローバが発表した「アキュトロン」は、人類が長きにわたって用いてきた脱進機に代わり、新たな調速機構「音叉」を初めて採用した腕時計であった。
この音叉の導入は画期的だった。脱進機を用いた従来の腕時計では、日ごとに精度が揺らぎ、姿勢によっても誤差が生じた。だが、一定の周波数で共振する音叉を調速に用いることで、機械式時計と比べてはるかに環境に左右されない「安定した時間」を刻むことが可能になった。実にエポックメイキングな存在であった。
後にクォーツ式ムーブメントの登場によってその座を譲るものの、アキュトロンは電子制御式腕時計という新時代の扉を開いたパイオニアである。そしてブローバ創業150周年を迎えた2025年、この特徴的な音叉の響きが現代の技術をともない、復活を遂げた。ブローバのマネージングディレクターであるマイケル・ベナベンテが復活の意義、そしてその後について語ってくれた。

35年以上にわたってブランドマネジメントに携わってきたマイケル・ベナベンテは、現在、ブローバのマネージングディレクターを務めている。
では、なぜ今このタイミングで復活へと踏み切ったのか? ベナベンテは「アキュトロンという名を掲げる以上、その原点である音叉式を再びよみがえらせることが重要だった」と語る。そして、その構想は15年前から温められてきたと言う。「この歴史的に重要なムーブメントの技術を失わないようにすることは、我々のグループの義務だと感じています」。ブランドのアイデンティティーを確かなものとするための復活計画が、今ようやく結実したのである。
実は2010年に一度アキュトロンは、復活している。だが、この時は手作業による一時的な製造であり、長期的に販売することはできなかった。しかし、その2年前の08年にブローバがシチズングループの一員となってから、その開発体制は大きく変わった。結果15年という歳月とシチズングループ内の技術支援により、現代技術によるアップデートを加えた、レギュラーモデルの誕生となったのだ。

復刻された新生ムーブメント最大の進化は、音叉に取り付けられたインデックスピンの振動を受け取る「インデックス車」にあると言えるだろう。直径わずか3.6mmに400もの歯を刻むこの歯車は、従来の機械加工では製造が不可能だったが、LIGAプロセスを導入することにより安定した量産が可能となった。さらに、かつては裏蓋側にあったインデックス車を文字盤側へ移したことで、音叉の振動が歯車を駆動する瞬間を視覚的に楽しめるように変更されたのである。
なお、インデックスピンの調整は極めて繊細なもので、わずかに位置がずれるだけでその精度に影響を及ぼす。長野県佐久市にある工場では、職人が手作業でインデックスピンの調整を行い、後にレーザー測定装置によって精度を確認するという手間の掛かる方法で製作している。

現在のブローバが展開する「アキュトロン」は、音叉式がもたらした「革新性」を継承したブランドである。そのひとつが、ラインナップに加えられた世界で唯一の静電誘導式ムーブメントだ。これは、腕を動かしたときに生じる微弱な静電気の力でモーターを回すという仕組みのものである。そして、ブローバの革新はとどまるところを知らない。ベナベンテは最後にこう語った。
「音叉式、静電誘導式ムーブメントに加え、2026年には新たな方式を導入する予定です。素晴らしいラインナップになるでしょう」



