『クロノス日本版』編集長が断言! 2022年のウォッチトレンドは 「色」と「着け心地」

2022.08.08

2022年はウォッチトレンドが明確に見える年となった。
時計バブルが続く一方で、各社は売れ線である定番ウォッチとラグジュアリースポーツウォッチに注力。
しかし市場の拡大に伴い、より一般層に目を向けたモディファイが見られるようになった。
キーワードは「色」と「着け心地」である。

広田雅将(クロノス日本版):文
Text by Masayuki Hirota(Chronos Japan)


 新型コロナウイルス禍により大きく変わった時計市場の動向。さらに言うと、2021年から本年にかけてもさらに様変わりした。変化を促したのは、新型コロナウイルス禍というよりも、金融市場の動きである。

2022年の変化を促した、金融緩和と中国市場

 感染症拡大にあたり各国政府が景気対策を進めた結果、一部の層は「コロナバブル」を享受するようになった。余剰資金の受け皿のひとつとなったのが、高級時計である。加えて中国の動きが、時計市場をさらに過熱させた。ここ数年で、中国政府は不動産投資、オンライン上の資金流通、そして海外新送金に強い規制を設けるようになった。その結果、一部の中国人たちは、簡単に換金ができ、偽物の少ない高級時計に目を向けるようになったのである。興味深いデータがある。21年10月、中国のコンサルタント企業であるCSGインテージは、年収50万元(約1000万円)以上の中国人1500人を対象にアンケートを実施。そのうち88%が、今後12カ月以内に、高級時計への支出を維持・増やすと回答した。この1年で、一部の時計がバブル的な高騰を示しているのは当然だろう。

 もっとも、時計市場の在り方は玉虫色だ。一部の時計メーカーが供給制限を行う一方で、売り上げの減少に苦しむメーカーも少なくない。加えて、新型コロナウイルス禍の影響で、相変わらず各メーカーの生産体制は不安定だ。せっかくスイスの工場が問題なく稼働しても、海外からの部品がひとつ欠けるだけで、出荷は止まってしまうのである。そこで各社は今まで以上に「売れる」定番モデルの底上げを図り、また、15年以降人気を集める、いわゆる「ラグジュアリースポーツウォッチ」に注力するようになった。こういった方向性は20年から変わらない。

 しかし、より広い層が時計に目を向けるようになった結果、本年はより文字盤がカラフルになり、性能を競っていたラグジュアリースポーツウォッチにはケースの薄いモデルが見られるようになった。

ダイアルカラーの多様化は2022年の大きなトレンドのひとつだ。その一因となるのが、PVD仕上げ。これまで鮮やかな色が出しづらいとされていたため、PVDを文字盤の着色に使用するブランドは少なかったが、近年、徐々に採用するメーカーが増えつつあるのだ。オメガでは新作のうち14モデルがPVDによるカラー文字盤だった。


定番となったグラデーション文字盤

 H.モーザーのフュメダイアルに始まったグラデーション文字盤のブームは、すっかり定着した。かつては似た系統の色を重ねていたが、最近はまったく違う色を合わせるようになった。カール F . ブヘラの「ヘリテージ バイコンパックス アニュアル ホームタウン TOKYO」は、中心にシルバーを、外周にトレンドカラーのグリーンを吹いている。新しい色表現も22年の特徴だ。今年モンブランが初のダイバーズウォッチで採用したブルーは、氷河を思わせる強いパターンが特徴だ。また、文字盤に対して保守的だったカルティエも、今年はさまざまなカラーを「タンク」コレクションに採用した。


ラグジュアリースポーツウォッチは薄型へ

 15年以降、時計市場を牽引するラグジュアリースポーツウォッチ。定番化した現在は、多様性が見られるようになった。よりドレスウォッチを目指したのが、パルミジャーニ・フルリエの「トンダ PF」やブルガリの「オクト フィニッシモ クロノグラフ GMT」といった薄型時計だ。こういった傾向は他の新作も同様で、スポーツウォッチ然とした外装を持つウブロの「スクエア・バン ウニコ」も、装着感を重視したデザインに特徴がある。ひと昔前と異なり、ラグジュアリースポーツウォッチはもちろん、性能をうたったスポーツウォッチでさえも、着け心地は無視できなくなったのである。


見るべきは、ミドルレンジの大きな底上げ

 時計市場が成熟し、各社が消費者の刺激に努めた結果、ボリュームゾーンであるミドルレンジの時計は大きく質を高めた。ケースはもちろん、スイスの時計メーカーが不得手としてきたブレスレットは、10年前とは別ものだ。また、20万円台から30万円台の価格帯にも、50万円以上の価格帯に肩を並べるクォリティを持った文字盤が見られるようになった。時計バブルの結果、どうしても一部の時計メーカーに注目が集まってしまうのは事実だが、むしろ見るべきは、明らかに良くなった、各社のミドルレンジなのである。


広田雅将

Photograph by Yu Mitamura
時計専門誌『クロノス日本版』
編集長 広田雅将

サラリーマンを経て、2005年よりフリーランスの時計ライターとして活動を開始し、『TIME SCENE』や『クロノス日本版』で執筆。その豊富な知識量から、日本を代表する腕時計の書き手として名を馳せ、業界内では「ハカセ」の愛称で知られる。現在は『クロノス日本版』および「webChronos」を中心に、『GQJapan』といった男性誌、『日経新聞』や『朝日新聞』など、幅広いジャンルで活動する。2016年より現職。