知られざる 時計大国 ドイツ(前編)

FEATURE本誌記事
2019.10.31

スイスに比べると、時計メーカーがごくわずかしかないような印象のあるドイツ。しかし実際は、ドイツ全土にわたって、大小さまざまなメーカーが存在する。本特集では、数多くのブランドの中から厳選したブランドと、ドイツの時計製造現場で活躍する注目の時計師やエンジニアを紹介する。

イェンス・コッホ:文 Text by Jens Koch (P127, P130)
マルクス・クリューガー:写真 Photographs by Marcus Krüger (P127, P130)
市川章子:翻訳 Translation by Akiko Ichikawa
[クロノス日本版 2016年5月号初出]

Glashütte(グラスヒュッテ)

A.LANGE & SÖHNE(A.ランゲ&ゾーネ)

創立年: 1845年
所有者: Compagnie Financière Richemont SA, Genf
年産本数: 非公開
主要モデル: ランゲ1、サクソニア、ツァイトヴェルク、1815、リヒャルト・ランゲ
正式名称: Lange Uhren GmbH
本社所在地: Ferdinand-Adolph-Lange-Platz 1, D-01768 Glashütte
ウェブサイト: https://www.alange-soehne.com

(上)東西ドイツ統一直後の1990年12月7日、会社を復興させたウォルター・ランゲ(右)とその立役者である故ギュンター・ブリュームライン(左、1943-2001)。創業者フェルディナント・アドルフ・ランゲのレリーフの前で1991年に撮影。
(右下)A.ランゲ&ゾーネ創業者にして、ドイツ時計産業の礎を築いたフェルディナント・アドルフ・ランゲ。1815年に誕生し、30歳を迎えた1845年の12月7日、グラスヒュッテに時計工房を設立。同地に近代的な時計産業を根付かせ、今やその地名はドイツ高級時計の代名詞として広く世界に知られるに至る。
(左下)ブランド創業165周年を迎えた2010年7月15日、ランゲ・パーク(2015年8月に竣工した新ファクトリーが建てられた場所にかつてあった広場)で執り行われたフェルディナント・アドルフ・ランゲの胸像の除幕式の写真。曾祖父の胸像を感慨深げに見つめるウォルター・ランゲ。

〝ランゲ〟を〝ランゲ〟たらしめるもの

再デビューの当初から、ヒエラルキーの頂点に君臨することがテーマでした」

 辣腕プロデューサーとしても知られた故ギュンター・ブリュームラインにそう言わしめたA.ランゲ&ゾーネは2015年12月7日、創業者であり、ドイツ時計産業の父と呼ばれるフェルディナント・アドルフ・ランゲ(以下F.A.ランゲ)生誕200周年をドレスデンで祝した。加えて、170年前の同日は、F.A.ランゲが山間のごく小さな町であったグラスヒュッテに初めて時計産業を持ち込み、ドイツ国内で最初に工場規模での時計製造を根付かせる起点となったA.ランゲ&ゾーネの創業日である。さらに、25年前の同日は、東西ドイツ統一からわずか2カ月後に同メゾンが会社を再興した日にほかならない。創業時から受け継がれるA.ランゲ&ゾーネの先進性は、現代において、この四半世紀の間にどのように生かされてきたのだろうか。

 19世紀は、A.ランゲ&ゾーネなど、今も威光を放つ世界的なブランドが多く誕生した時代であった。F.A.ランゲが狙っていたのは、ニッチ層に向けた家内制手工業による高級品ではなく、工場生産によるマスを意識した高級品だったのは明らかだ。4分の3プレートなどの先進的な技術の導入により、高品質のものを安定して工場で生産することに取り組み、マスに浸透することに成功したうえ、視覚に訴えることにも注力した。懐中時計華やかなりし頃のランゲは、有名な彫金師だったグラーフなどによる美麗なケースの作品も多数残している。

 新生A.ランゲ&ゾーネが、かつてのように他の多くのブランドが追随するだけの魅力を保持しているのは、ビジュアルに力点を置くことに対する視点が決定的に違っているからではないだろうか。ケースの形=ムーブメントの形に統一し、全モデルをトランスパレントバック化。黄金色のプレート表面をざらつかせた、ムーブメントの粒金仕上げというグラスヒュッテの伝統的手法に固執せず、シャンパンカラーのジャーマンシルバープレートにストライプを入れ、瀟洒に仕上げる。それまでにない大胆な大型日付表示やオフセンター配置の文字盤、腕時計初の鎖引き機構の搭載。ロービートのクロノグラフのパーツ形状を装飾的にし、高級機でありながら、コラムホイールはあえてカバーで隠さない。これらのすべては、単なる外観のエレガントさの追求ではなく、メカニズムは美であり、静と動の両面で〝魅せる機械〟を分かりやすく、かつ卑近ではない手法で具現化したことにほかならない。新生A.ランゲ&ゾーネの登場以降、メーカーにとってもユーザーにとっても、ムーブメントに対する捉え方は、明らかに〝変えられた〟のだ。
 東西分断の長い時代を不屈の精神で乗り越え、ブランドを復活させたウォルター・ランゲは、「古典の焼き直しでは意味がない」と言い切っている。伝統にもたれ掛からず、新しい価値をもって皆の旗手たるべしというスピリットを引き継ぐ。その難しさを実行していること自体が、ヒエラルキーの頂点たるゆえんだろう。

ランゲ1

ランゲ1
リファレンスナンバー:191.032
機能:アウトサイズデイト(大型日付表示)、パワーリザーブ表示
ムーブメント:Cal.L121.1(自社製、手巻き)
ケース:18Kピンクゴールド、直径38.5mm
価格:355万円
ダトグラフ
Cal.L951.6
ダトグラフ アップ/ダウン
リファレンスナンバー:405.035
機能:フライバッククロノグラフ、アウトサイズデイト(大型日付表示)、パワーリザーブ表示
ムーブメント:Cal.L951.6(自社製、手巻き)
ケース:プラチナ、直径41mm
価格:907万円