ルモントワールとコンスタントフォース概論(前編)

FEATURE本誌記事
2019.11.07

定力装置~時計師たちの賢者の石

多くの時計師が取り組むルモントワールやコンスタントフォース。
いずれも振り角を落とさないことを目的とした“定力装置”の一種だが、時計関係者でさえ、それらを明確に理解しているとは言いがたい。ルモントワールとコンスタントフォースとはどんな機構で、何が異なり、そしてどういった経緯で進化してきたのか?その歴史と機構を詳らかにしてみたい。執筆者はふたりの独立時計師。序文はフランソワ-ポール・ジュルヌ、本文の執筆は菊池悠介である。

フランソワ-ポール・ジュルヌ、菊池悠介:文 Text by François-Paul Journe, Yusuke Kikuchi

フランソワ-ポール・ジュルヌ、ルモントワールを斯く語りき……

 文献やインターネットを見ると、ルモントワールはコンスタントフォースの一種と書かれている。しかしそれは事実でない。ルモントワール(一定巻き上げ装置)と、コンスタントフォース(一定の力)とは、そもそも意味する機構が違うからだ(注:Remontoir /ルモントワールという語句自体は、〝巻き上げる〞という意味の仏語で、リュウズなどの巻き上げ機構も同様にルモントワールと呼ばれる。これでは紛らわしいので、定力装置の方をRemontoir d’égalité /ルモントワール デガリテ、つまり〝一定トルクのためのルモントワール〞と呼ぶこともある)。


 歴史的に見るならば、コンスタントフォースよりも、ルモントワールの方がずっと古い。前述のような誤解を招いた理由は、時計関係者に教養が足りなかったからだろう。現在時計製造に携わる多くの人たちは、わずか100年前から現代までの時計製造技術にしか注意を払っていない。私にとってラッキーなことだが、多くの関係者にルモントワールとコンスタントフォースに対する知識が少ないのは事実だ。


 一定の力という意味の通り、コンスタントフォースはガンギ車の各衝撃時のトルクを一定にする機構である。対してルモントワールはガンギ車の数回の衝撃のトルクを均一にするものだ。しかし私は「トゥールビヨン・スヴラン」用のルモントワール機構を開発するにあたって、今までのような数秒周期ではなく、より速い1秒周期を選んだ。その点が、今までのルモントワールとの違いのひとつと言える。


 コンスタントフォースの欠点は、ルモントワールスプリングを含むすべての定力機構が、脱進機の上に集まるため、変動と摩擦を生んでしまう点にある。その結果〝トルクを一定にする〞という利点は失われてしまう。対してルモントワールは、機構のすべてが脱進機から離れた場所にある(注:ジュルヌのルモントワール機構は、輪列の間に挟み込まれている)。脱進機はトルクの変動や摩擦の干渉を受けずに機能するため、私はコンスタントフォースよりも、ルモントワールの方がいっそう優れていると考える。


 もうひとつ、私がコンスタントフォースを採用しなかった理由は、非常に複雑だったからである。かつて何人かの独立時計師たちが、ガンギ車に直接作用するコンスタントフォース(コンスタントフォース脱進機)を製作したことがある。最初に採用したのはアブラアン-ルイ・ブレゲで、大英博物館に収蔵されているマリンクロノメーターに用いた(1795年製。ただしトーマス・マッジは1755年に同様のコンスタントフォース脱進機を開発している)。このコンスタントフォース脱進機は、後に2軸トゥールビヨンなどを開発するアンソニー・ランドールのような優れた時計師を苦笑させた。というのも、多くの問題をもたらす無意味な機構だということが判明したからだ。事実、ブレゲもコンスタントフォース付き脱進機の採用は、このマリンクロノメーターと、いくつかのシンパティック・クロックに限っていた。理由はこの機構が美しく動くのを見られるからだろう。私が見た限りで言うと、低効率で複雑になりがちなコンスタントフォースは、以降、何人かの時計師が採用したのみだ。

トゥールビヨン・スヴラン

F.P.ジュルヌ「トゥールビヨン・スヴラン」
ルモントワール付きトゥールビヨン。独自の定力装置によりテンワの振り角は280°に保たれる。手巻き(Cal.1403.2)。26石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約40時間。18KRG(直径40mm)。3気圧防水。1819万2000円。㉄F.P.ジュルヌ東京ブティック☎03-5468-0931

 もっともルモントワールにも弱点はある。コンスタントフォースは毎回の衝撃のたびに、脱進機に内蔵したルモントワールスプリングを巻き上げる。そのため出力するトルクが一定となる。対してルモントワールは数回の衝撃の後にルモントワールスプリングを巻き上げるため、ルモントワールスプリングのトルクは厳密には一定でなくなってしまう。このコンスタントフォースの利点を享受するために、ルモントワールスプリングの巻き上げを1秒周期にすると、衝撃時のトルクはより安定し、精度が向上する。私がトゥールビヨン・スヴランに搭載するルモントワールを、懐中時計向けの5秒周期から、1秒周期に改めた理由だ。


 ルモントワールのほうが、コンスタントフォースよりもずっと古いという点は、前述した通りだ。クロスビート脱進機を発明したヨスト・ビュルギ(1552〜1632年)は、後年にルモントワール機構を内蔵した高精度なクロックを製作している。約3カ月という駆動時間を得るために、彼は非常に長い主ゼンマイを採用したが、その結果、主ゼンマイのトルク変動は大きくなってしまった。こうして彼は、主ゼンマイのトルクを一定にするために、ルモントワールの開発を余儀なくされたのだ。その後の時計師たちも、トルクを安定させるため、クロックにルモントワールを使い、それは高精度のクロノメーターに置き換わるまで続いた。


 例えばジョン・ハリソン(1693〜1776年)は、マリンクロノメーターの「H4」にこれを用い、フランス人時計師のロベール・ロバン(1742〜99年)もマントルクロックに採用した。他にジャン=アントワーヌ・レピーヌ(1720〜1814年)なども、主ゼンマイを備えた小さな振り子時計にルモントワールを搭載した。なお大きな重錘を動力源とするレギュレータークロックは、トルクが一定のためルモントワールは必要ない。しかし19世紀に入ると、教会の大きな振り子時計にはルモントワールが採用されるようになってくる。こちらも重錘が動力源のため、本来ルモントワールは必要がないが、針に当たる風で運針の速度が変わってしまうことがあったため、輪列と表示機構を切り離すためルモントワールが必要となったのである(注:巨大な針の自重が振り角に悪影響を及ぼしたため、という説もある)。


 ある顧客が私にルモントワール付きの懐中時計を作るように依頼してきた際に、私はさまざまな文献を読んだし、すでに存在したジョージ・ダニエルズ(1926〜2011年)のルモントワールも研究した。1973年に、彼は自作のトゥールビヨンにルモントワールを載せた。この時計は私も熟知していたが、もっとシンプルな機構に改めるべきだと考えていた。


 ダニエルズのルモントワールは、ルモントワールスプリングが弱点だった。仮にルモントワールスプリングが解けてトルクが失われると、止まった時計は再起動しない。またダニエルズのルモントワールは15秒周期で動くものだったため、チャージの周期が長く、ルモントワールスプリングのテンションがなくなってしまう危険性があった。

フランソワ-ポール・ジュルヌ

 対して私のルモントワールは、常にルモントワールスプリングにテンションがかかっている。そのため主ゼンマイが解けきっても、もう一度巻き上げるとすぐに時計が再起動する。そのため特別な注意を払わなくても、普段通りに使うことが可能になった。もしルモントワールを設計するならば、ルモントワールスプリングの力を十分に保つため、パワーリザーブが切れる少し前にテンプを止め、主ゼンマイのトルクを少し蓄えておく必要がある。仮にこういった配慮がなければ、ルモントワール付きの時計には、再起動しないという問題が起こってしまう。そこで私は、主ゼンマイが解け切る少し前に機構を止めるのではなく、巻き上げるだけで時計が再起動するよう、ルモントワール自体を再設計した。


 ルモントワールは、やっかいで非常に複雑な機構といえるだろう。そこで私は、ルモントワールを5秒周期に変え、その後、腕時計向けとしていっそう安定した1秒周期のルモントワールを好むようになった。ルモントワールの周期を短くするのは難しいが、歯車の歯数を変えることなどにより可能となる。


 トルクを一定にするための他の機構にも、もう少し触れておこう。A.ランゲ&ゾーネなどが採用する鎖引きのフュジーは、現代の腕時計には向いているだろう。トルクを安定させるという意味では、これは〝広義のコンスタントフォース〞と捉えることも可能だ。しかし18世紀のアブラアン-ルイ・ブレゲが、マリンクロノメーターにフュジーを搭載するのをやめ、代わりにツインバレルを採用したという事実には注意を払っておきたい。ツインバレル採用の理由は、十分に巻き上げられた主ゼンマイの方が、フュジーより製造が簡単で安定性も優れていると判断したからだ。私も同様に、「クロノメーター・スヴラン」に柔軟性の高い主ゼンマイをふたつ内蔵したツインバレルを与えた。これらの香箱はフュジーと同等の結果をもたらすだろう。なお18世紀末まで、主ゼンマイの品質は安定しておらず、トルクの変動をフュジーで補う必要があった。しかし19世紀以降は主ゼンマイの質が改善されたため、フュジーの利点は見た目だけになった。現代の時計には向いているかもしれないが、個人的な意見を言うと〝フュジーの採用〞とは、時計を多く売るためのマーケティングのひとつではないか?


 このように書き進めてゆくと、〝狭義のコンスタントフォース〞については調べなかったように思われるかもしれないが、もちろん私も研究はしてきた。しかしコンスタントフォースは、とりわけトゥールビヨンには向かない機構だと思っている。というのも、キャリッジ内に収められた脱進機に、コンスタントフォース機構を追加するためのスプリングと歯車を加える必要があるためだ。重くなったキャリッジは、いかなる定力機構を付けたところで、何の意味も成さないものになるだろう。そういった理由から、私は脱進機付近ではなく、トゥールビヨン外側の輪列にルモントワールを配置したのだ。もし、この方式のパフォーマンスが悪かったならば、1984年の懐中時計以降には使わなかっただろう。


 では、コンスタントフォースに対するルモントワールの最終的な利点とは何なのか? 輪列の間に差し込めるルモントワールは、脱進機に載せるコンスタントフォースに比べて小さくできる点である。そのためスペースはさほど必要なく、どのような時計にも搭載できる。私個人はレゾナンスと同様、ルモントワールをブランドの強みだと考えている。