ピアジェ「アルティプラノ アルティメートコンセプト」厚さ2ミリへの挑戦、ついに市販化へ

FEATURE本誌記事
2020.04.04

1957年に発表された「Cal.9P」は、薄型ムーブメント/薄型時計の旗手たるピアジェのアイデンティティを確固たるものとした。それから60余年を経て開発されたコンセプトウォッチは、時計全体でCal.9Pと同寸となる厚さ2㎜を達成。機構的にも材質的にもあまりに特殊な構成のため、市販化は非現実的だと思われていたが、その夢がついに動き出した。

アルティプラノ アルティメートコンセプト

星武志、三田村優:写真 Photographs by Takeshi Hoshi (estrellas), Yu Mitamura
鈴木裕之:取材・文 Text by Hiroyuki Suzuki


ALTIPLANO ULTIMATE CONCEPT

900Pと異なり、AUCのケースはベゼル部分までが一体成形されている。そのため厚さ0.2㎜のサファイアクリスタル風防は、新たに開発された特殊な接着方法を用いて固定される。なお分解時は、リュウズ下に設けられた小穴からエアを吹き込んで、風防を吹き飛ばす。

 超薄型時計の旗手として知られるピアジェのアイデンティティを確固たるものとしたキャリバー9P。1957年に発表された厚さ2㎜の薄型手巻きムーブメントは、近代時計史におけるマイルストーンのひとつとなっている。近年になって、再び超薄型ムーブメント及び超薄型時計の開発競争が激化してゆく中でピアジェは、2014年にムーブメントとケースといった既成概念の垣根を取り払った「900P」を発表。バックケースを地板の一部とすることで、時計全体で厚さ3.65㎜を達成している。

(写真右/中)テンワ、天真、振り座を一体化させ、全体をボールベアリング受けとすることで「フライングバランス」を実現させた調速脱進機ユニット。通常の設計ではテンプ受けに設けられるヒゲ持ちがベース部分にあり、ヒゲゼンマイとテンワの上下関係をリバースさせていることが分かる。(写真左)香箱を形成する3パーツ。通常の香箱車(1番車)にあたる部分がボールベアリングを組み込んだフレーム状に、香箱真にあたる部分が6本のアミダを持つセンターピースとされている。なお通常の手順とは真逆で、AUCでは香箱部分が最後に、しかも地板の上で組み立てられる。

その完成と同時にピアジェはさらなる薄型化を模索。達成目標は、時計全体でキャリバー9Pと同じ厚さ2㎜に収めることとされた。しかし900Pから、さらに1.65㎜を削り取るという開発は困難を極め、ついにお披露目となったのは18年のSIHHにおいてであった。この時点で厚さ2㎜を成し遂げた「アルティプラノ アルティメート コンセプト」(以下AUC)は、4本のムービングプロトタイプが完成していたという。それから約2年の熟成期間を経て、ついに市販化へのプロジェクトが動き出したのだ。

アルティプラノ アルティメートコンセプト

あまりの薄型ゆえに、ゴールドをはじめとする既存素材ではまったく剛性が確保できないため、AUCのケースにはコバルト基の特殊な合金が用いられている。香箱や巻き真が収まる部分は、比較的大きな面積を占めるが、それでも厚みは0.15mm程度。最も薄い部分は0.12mmしかない。ウォームギアを用いた特殊なリュウズは、外装カバーを被せる“入れ子構造”を採用。1段引きで巻き上げ、2段引きで針合わせポジションとなる。

 AUCの開発は、同社リサーチ・アンド・イノベーションセンターの企画から始まっている。プロジェクトの統括責任者はジュリアン・ビドー。本来の開発目的は、900Pの開発で得られた技術資産を各方面に発展させることにあった。そうした研究課題のひとつが、極限の薄さを目指したAUCであり、発表当時ビドーは「そのまま市販化する予定はない」とまで明言していた。今回の市販化も、ほぼビスポークに近いカスタムオーダーが基本となっており、生産本数はわずか3〜5本に過ぎない。

3Dプリンターで出力された新しいケースサンプル。ケース全体でも比較的薄い、香箱や巻き真部分を中心にカットされているため、その特殊性が際立って見える。なおラグの形状がプロトタイプから変更されており、実際の製品版では、立ち上がりの強いロングホーンとなるようだ。

AUCの実用性を担保するカギとなる、専用の巻き上げアダプター。内部に遊星歯車を仕込んでおり、先端部分は3.5倍速で回転する。ケースのホールド性にも優れており、極めて使いやすい。

 ここでもう一度、AUCの成り立ちを振り返っておこう。実際の設計開発を担当したのは、リシュモン グループの開発畑ひと筋で歩んできたベルナール・シェルヴェ。氏がAUCに盛り込んだ新技術は5つあるが、今回の取材にあたって実際にAUCを操作してみた感触から言えば、やはり巻き真部分の設計変更が、通常の時計とはまったく異なる操作感を生み出していると感じた。AUCでは、ツヅミ車を切り替え式のウォームギアとすることで全体の厚さを抑えているが、このことが巻き上げ/針合わせ双方の操作感覚を異質にしているのだ。AUCには、フラットタイプのリュウズを効率良く巻くために専用の巻き上げアダプターが付属するが、これが針合わせの際にも大いに有用となった。何しろAUCは、リュウズ1回転で約3分しか針送りができないのだ。通常のムーブメントが、リュウズ1回転で約1時間ほど針送りができることを考えれば、むしろ3.5倍速で巻き上げ/針送りができるアダプターは必須だ。

アルティプラノ アルティメートコンセプト

アルティプラノ アルティメート コンセプト
900Pと同様の“地板一体型フレーム”を発展させ、ベゼルまで一体化した完全ワンピース構造を持つ超薄型時計。ムーブメントパーツに充てられる内部の容積が900Pの約1/2しかないため、ボールベアリングを多用した設計を持つ。手巻き(900P-UC)。13石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約44時間。コバルト合金(直径41.0mm、厚さ2.0mm)。2気圧防水。4280万円。

 オーダーに際しては、ケース外側とインナーコーティングのカラーリングを個別に選択できる他、ダイアル、時針、分ディスク、受けのカラーオーダーが可能。また巻き真を押さえるプレート上のわずかな窪みにならば、エングレービングも可能だ。今回の撮影サンプルは、ケース形状がムービングプロトタイプのままだったが、3Dプリンターによる新しい形状試作品と同様にラグのシェイプが改められることで、より装着感を高めることが発表されている。


Contact info:ピアジェ コンタクトセンター Tel.0120-73-1874