オーデマ ピゲ 受け継がれる技術資産と進化「CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ」編

FEATURE本誌記事
2021.12.03

超ロングタームの開発期間を経て、2019年にお披露目された「CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ」。従来のオーデマ ピゲにはなかった斬新なスタイリングは、一瞬のアレルギー反応を経て早くもオーデマ ピゲのコンテンポラリーな側面を象徴するニューアイコンとしての地位を確立した。3シーズン目の2021年にはミッシングリンクを埋めるような新作で補完され、全方位の布陣を完了させた。

オーデマ ピゲ

星武志:写真 Photographs by Takeshi Hoshi (estrellas)
鈴木裕之:文 Text by Hiroyuki Suzuki
[クロノス日本版 2022年1月号掲載記事]


全方位展開を終えた
コンテンポラリーの牙城

「CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ」デザインスケッチ

CODE 11.59の複雑なデザインワークを直接手掛けたのは、2015年からクリエイティブディレクターとして“復職”していたクロード・エマネゲー。開発当時にはヒストリアンを務めていたマイケル・フリードマンと共同でアーカイブの記録を洗い出し、そこからオーデマ ピゲのDNAを抽出して、実際のデザインに落とし込んでいった。

 2019年のファーストローンチから3シーズン目を迎えたCODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ(以下CODE 11・59)。約2年にわたって猛威を振るい、現在も完全には収束の目処が立たないコロナ禍の中にあって、スイス時計業界全体を見渡しても、本当に久しぶりに登場したこのニューアイコンが瞬く間に市場認知を確立したことは、それ自体が大きな事件だった。今やCODE 11.59は、22年に50周年を迎えるロイヤル オークや、21年にフルリニューアルを果たしたロイヤル オーク オフショアと並ぶ、3本柱の一角を占めるまでに成長を遂げている。

 特に21年は初期コレクションの締めくくりと呼べるようなニューモデルがラインナップに加わり、ハイストリートまでフォローするような〝全方位展開〞を完成させた。ここでは3年間に及んだCODE 11.59のアーリーデイズを振り返りながら、拡張を遂げた現行ラインナップを総覧したい。

Cal.4302

Cal.4302
2019年初出。高級機然とした仕上げと、実用機としてのハイパフォーマンスを両立させた新基幹ムーブメント。主ゼンマイのトルクが増強されたため、非常に大きなテンワの慣性モーメントを実現。直径32.0mm、厚さ4.80mm。部品数257点。

 CODE 11.59の開発は、12年10月には基礎設計がスタートしていたという、次世代基幹ムーブメントの開発にまで遡る。03年から熟成改良が重ねられてきたキャリバー3120を代替する、3針自動巻きの「キャリバー4302」と、数千個単位で製造されるマスプロダクト機としては同社初となる、一体型自動巻きクロノグラフの「キャリバー4401」の同時開発だ。14リーニュまでムーブメントサイズを拡大することで基礎体力を大きく向上させた両機は、現在ではオーデマ ピゲの各モデルに搭載される現代スペックのワークホースとなっている。香箱径の拡大によるパワーリザーブの延長(約60時間→約70時間)と、振動数の増加(2万1600振動/時→2万8800振動/時)を踏まえたうえで、さらなるパフォーマンスアップも盛り込まれている。

 その核となったのは3120に対して約2.5倍のトルクを持つ主ゼンマイの採用で、精度の要となるテンワの慣性モーメントは、3120時代の4.5㎎・㎠から、一気に12.5㎎・㎠までアップしている。全巻きからの時間経過に伴うテンプの振り落ちも軽微で、端的に言ってもかなりパワフルに生まれ変わっているのだ。こうした新世代のハイパフォーマンスムーブメントが、揃って初搭載されたコレクションがCODE 11.59であり、それは明確な世代交代を意識させるものだった。

Cal.4401

Cal.4401
2019年初出。数千個単位で製造されるマスプロダクト機としては、オーデマ ピゲ初となる一体型クロノグラフ。時・分・秒を独立させたプル作動のリセットハンマーを備え、インダイレクト式のフライバックを実現。直径32.0 mm、厚さ6.80 mm。部品数381点。

 この〝世代交代〞という概念は、ファーストローンチから間もない時期のCODE 11.59を理解するうえで重要なキーワードだ。16年頃から始まったというデザイン作業は、オーデマ ピゲのアーカイブから象徴的なディテールを抽出し、巧みに換骨奪胎することで、まったく前例がない意匠にもかかわらず、オーデマ ピゲのDNAを色濃く感じさせる、現代的なニューアイコンを創出させている。温故知新を旨としたデザイン作業の手法自体は、20年に登場した「リマスター01 オーデマ ピゲ クロノグラフ」などと同様なのだが、後者がミュージアムピースのフォルムを忠実になぞりながら現代的なアレンジを加えたのに対し、CODE 11.59の場合はまったく新しいスタイリングを目指したことが大きな特徴だ。

 ローンチイヤーとなった19年は、4種のコンプリケーションも含めた全ラインナップが、18Kゴールドケースにアリゲーターストラップという出で立ちで登場した。当時の取材ノートに拠れば、CODE 11.59のメインターゲットは「それまでオーデマ ピゲを知らなかった世代」。簡単に言えばニューリッチ層への訴求が最初に掲げられたミッションだったのだが、発表当初にこそ軽いアレルギー反応を起こしていた熱心な時計愛好家にも支持層が広がったことは興味深い。

 19年の時点で「来期はもっと遊び心を足してゆく」と明言されていた20年のセカンドシーズンには、バイカラーゴールドのケース(初出は19年のオンリーウォッチ)や、全5色のスモークラッカーダイアルが追加され、一気にバリエーションの幅を広げた。同時にこの年からCODE 11.59には、それまでロイヤル オーク コンセプトが担ってきた新技術や新機軸のハブステーションとしての役割も振られるようになった。これは前述の基幹ムーブメント2機だけの話ではなく、CODE 11.59に初搭載された複雑系ムーブメントやスモークラッカーダイアルなども、オーデマ ピゲの各モデルに次々と波及している。各世代からコード化されたオーデマ ピゲのDNAは、一旦CODE 11.59に集約され、各コレクションに拡散してゆくという図式が確立されつつあるようだ。

CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ

数社競合の試作を経て、マイクロパーツサプライヤーとして特に著名な1社のみが実用に漕ぎ着けたという24Kゴールド製の厚盛り電鋳加工。文字のひとつひとつはバラバラではなく、極めて細いリンクを介して一体成形されている。この角度から見ると、相当の厚みを持っていることが分かる。

 カラフルなスモークラッカーダイアルのCODE 11.59が市場を席巻した20年は、COVID-19のパンデミックが本格化した年であり、同時にCODE 11.59が初期想定をはるかに超えた市場認知を確立させた年でもあった。この段階で、オーデマ ピゲの開発陣の中でも何らかの方向転換が行われたのかもしれない。果たして21年シーズンに登場したニューモデルには、従来のアリゲーターストラップに換えて、キャンバス調の表面加工が施されたラバーストラップが装着され、よりライフスタイルを意識した打ち出しが明確になっていった。このラバーストラップは単品でもリリースされているため、既存のユーザーも付け替えて楽しむことが可能だ。

 CODE 11.59のライフスタイル化を強く意識させたのは、新たに導入されたブラックセラミックス製のミドルケースだろう。3シーズン目を迎えて、CODE 11.59に初めて「ゴールド以外のマテリアル」が採用されたのである。

CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ

CODE 11.59の表情に深みを与える特殊形状のサファイアガラス。表側が12時から6時方向にのみ設けられた2次曲面。裏側は球面に仕上げられている。各部で厚みが異なるため、ダイアルの判読性を邪魔しない程度のレンズ効果を生むが、覗き込む角度によってはこんな表情を見せることも。

 CODE 11.59のベゼルは、風防の曲面に沿って緩やかな弧を描くことが特徴。そこに組み合わされるミドルケースもまったく同じ曲率を持つことが求められるが、実のところそれは決して容易ではない。ファインセラミックスの焼結技術は、母材の収縮率をかなりの精度でコントロールできるところまで進化しているが、それでも曲率を他のパーツに合わせることは至難だろう。オーデマ ピゲが選択した手法は切削による追い加工であり、新たにバンゲーター社と技術的なパートナーシップを結んだ。オーデマ ピゲと同様に、スイスで家族経営を貫く同社は、タングステンなどの超硬素材の高精度切削を得意とするサプライヤーだ。

 ロイヤル オーク オフショアが大々的にリニューアルされた21年シーズンは、CODE 11.59だけの動きを見れば、それほど新作の数は多くはない。しかしそのひとつひとつが、従来のミッシングリンクを埋める重要なピースであることは間違いない。全方位展開を終えた現在のCODE 11.59は、一分の隙もない一大コレクションへと成長を遂げたのだ。

TECHNICAL TREND #1
ダイアル表現の幅を広げたスモークラッカーペイント

現在のオーデマ ピゲはジュネーブに自社のダイアル工房を擁しており、その製造技術はもとより、品質をコントロールするマネジメント能力は、間違いなく業界トップに君臨する。それを象徴するのが、CODE 11.59用に2020年から導入されたスモークラッカーダイアルだ。サンバースト状のサテナージュを施した地板に下地メッキをかけ、半透明のダイアル色を塗り重ねた後に、外周のグラデーションペイントを施す。上塗りとなるザポン(透明ラッカー)も相当な厚みを持っており、しかも表面が丹念に研ぎ出されていることが大きな特徴だ。製法としてはオーソドックスな手法だが、各色の深みと発色の素晴らしさは群を抜く。

CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ クロノグラフ

CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ クロノグラフ
既存コレクションの穴を埋めるかのように、2021年新作として追加されたスモークブルーのWGケース版。鮮やかな発色が見事だ。自動巻き(Cal.4401)。40石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約70時間。18KWG(直径41.0 mm、厚さ12.6mm)。30m防水。561万円(税込み)。

TECHNICAL TREND #2
キャンバス調の表現に挑んだ新機軸のラバーストラップ

近年の樹脂成形は3Dプリンターが主流になりつつあるが、従来のインジェクションモールディングも、想像を超えた進化を遂げている。そのひとつがCODE 11.59に採用されたラバーストラップだろう。これはレザー製の芯材をラバーコーティングしたものだが、驚くべきは表面に施されたキャンバス調のモールディングだ。織り目ひとつひとつの毛羽まで質感豊かに表現されているため、一見しただけではラバー素材だとは分からないだろう。丹念に施されたステッチも良い仕上がりだ。従来のCODE 11.59が採用してきた重厚なアリゲーターストラップも良いが、洗練されたリラックス感を演出したいならばラバーが最適解だ。

CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ オートマティック

CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ オートマティック
同じく21年新作の3針スモークブルー。2020年初出のPGケース版と同仕様のはずだが、より鮮やかな色味に感じられる。自動巻き(Cal.4302)。32石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約70時間。18KWG(直径41.0mm、厚さ10.7mm)。30m防水。357万5000円(税込み)。

TECHNICAL TREND #3
マルチマテリアル化が促したバイカラーケースの新表現

CODE 11.59の横顔を一変させたブラックセラミックス製のミドルケース。製造を担うのは新たにパートナーシップを締結したスイスのファミリー企業、バンゲーター社だ。酸化ジルコニウムを高圧で固めた段階で5軸CNCによる下加工を行い、その後に約1400℃で焼結するが、この段階でバインダー成分を失って収縮したミドルケースはかなり硬度を増しており、仕上げ切削は極めて困難になる。アッセンブリーのための面出しはこの時点で完了していると思われるが、CODE 11.59の場合は、アングラージュの面をポリッシュ、側面をサテン目に仕上げなければならない。下処理までは機械加工だが、最終工程はやはり手作業だ。

CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ クロノグラフ

CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ クロノグラフ
セラミックス素材のバイカラーケース。ダイアルは縦ストライプ状のサテン目を施したスモークグレー。自動巻き(Cal. 4401)。40石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約70時間。18KPG×ブラックセラミックス(直径41.0mm、厚さ12.6mm)。30m防水。533万5000円(税込み)。