オーデマ ピゲ 受け継がれる技術資産と進化「ロイヤル オーク オフショア」編

FEATURE本誌記事
2021.12.04

2021年のフルリニューアルを経て、新型ムーブメントへの換装を果たしたロイヤル オーク オフショア。さらにコレクションの全機に搭載されたインターチェンジャブルストラップは、オフショアの“重い頭”を支えるだけの剛性感と、軽快な脱着操作を両立させた快作だった。さらに新たなコレクションの顔となる42mmのクロノグラフは、オリジナルの意匠へと回帰を果たした。

ロイヤル オーク オフショア

星武志:写真 Photographs by Takeshi Hoshi (estrellas)
鈴木裕之:文 Text by Hiroyuki Suzuki
[クロノス日本版 2022年1月号掲載記事]


最新の技術トレンドを盛り込んだ
オリジナルへの回帰

ロイヤル オーク オフショア

ロイヤル オーク オフショアのファーストモデルは、1993年の正式発表に先立って、92年末に100本が試験的に生産された。当時のCEOは、新しいオフショアをロイヤル オークの20周年記念モデルとして92年に発表するつもりだったらしいが、社内の反対も大きかったようで、結果的に正式発表は1年延期されている。最初の100本に「Offshore」の刻印がないのは、オフィシャルリリースによると「コレクションがこれきりになることを想定して」とのこと。デザインを手掛けたエマニュエル・ギュエは後年のインタビューで「オリジナルのロイヤル オークに敬意を払うため、最初の100本にはオフショアの文字を入れなかった」と述べている。いずれにせよ、オフショアのファーストモデルがいかに難産で、当時としては異質な時計だったのかを物語るエピソードだ。
自動巻き(Cal.2226/2840)。54石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。SS(直径42mm)。10気圧防水。参考商品。

 型破りを貫く姿勢、すなわち厳密なルールを自ら規定したうえでの〝ブレイク・ザ・ルール〞は、オーデマ ピゲのウォッチメイキング全体に通底する精神的な支柱のひとつだ。例えば1972年に発表されたロイヤル オークは、その当時に常識とされていたデザインの作法や、高級時計の概念そのものを打ち破ったという点で、ウォッチデザインの始祖として語られる場合も多いのだが、実際にはそれよりはるかに早い時代から、オーデマ ピゲには、型破りなデザインの実例が数多く存在していた。

ロイヤル オーク オフショア

 例えば1900年代初頭には、CODE 11・59のミドルケースにフォーカスされたようなオクタゴナルケースがすでに存在していたし、20年代末から30年代初頭にはゴドロン装飾を効果的に用いたストリームラインなども登場。リファレンスナンバーが導入され、少数ながらもシリーズ生産が開始された51年以降には、アシンメトリーや、スクエアとラウンドのフォルムを融合させたユニークな試みも見られるようになる。すなわち、ロイヤル オークをデザインした故ジェラルド・ジェンタ以前にも、異なったフォルムを融合させるといった試みは存在し、それがオーデマ ピゲのDNAを育んできたのだ。72年のロイヤル オーク、93年のロイヤル オーク オフショア、そして2019年のCODE 11.59という3本柱は、いずれも初出時には賛否両論を巻き起こしたことでも共通している。

 オーデマ ピゲの真骨頂でもある、慎重かつ大胆な型破り。それを体現した3本柱の中で、最も痛烈な反響を呼んだのはロイヤル オーク オフショア(以下オフショア)だろう。正式発表の場となった93年のバーゼル・フェアでは、怒り心頭に発したジェラルド・ジェンタがブースに怒鳴り込んできたという伝説まで残している。デザインを担当したのは、当時22歳だったオーデマ ピゲの秘蔵っ子、エマニュエル・ギュエだった。

ロイヤル オーク オフショア

1993年のオリジナルモデルを忠実に再現した、手彫りギヨシェによるプチ タペストリーダイアル。ダイアル地とスクエアピラミッドの頭頂部ではギヨシェのパターンが変えられており、質感に深みを加えている。ダイアルに直接取り付けられた拡大ルーペも、オリジナルから受け継ぐディテールだ。

 かつて本誌編集長の広田雅将が喝破したように、ロイヤル オークに始まる初期ラグジュアリースポーツの本質とは、超薄型のブレスレットウォッチを創出する試みだった。1970年代中頃までにジェンタやそのフォロワーたちが手掛けた〝ジャンボ〞と呼ばれるモデル群は、すべて2ピースの薄型ケースを持っていた。もっともラグジュアリースポーツという概念が市場に受け入れられて以降の後継モデルは、よりオーソドックスな3ピースケースへと変容してゆくのだが、それでもオフショアの42㎜ケースは、当時としては異質な巨大さだったのだ。

 オフショアの原点となった42mmケースのクロノグラフは、幾度かのデザインチェンジを重ねながら、途切れることなく生産が継続されてきた。CODE 11.59のデザインを手掛けたクロード・エマネゲーの手になる第3世代のオフショア クロノグラフ(42mm)は、キャリバー3120系の3針自動巻きにデュボア・デプラのモジュールを重ねたものだった。しかし2021年のフルリニューアルを経て、最新のオフショア クロノグラフ(42mm)には、自社製一体型クロノグラフのキャリバー4404が搭載されることになった。ベースはCODE 11.59などにも搭載されるキャリバー4401系だが、42mmのクロノグラフ特有のダイアルデザインに合わせて、縦3つ目の積算計配置にアレンジされていることが特徴だ。

Cal.4404

Cal.4404
42mmのオフショア クロノグラフに搭載されるムーブメント。Cal.4401をベースに積算計の配置を変更したため、部品数が若干増えている。ダイアルの意匠に合わせてカレンダーディスクも小径に。直径32.0mm、厚さ7.93mm。部品数433点。

 第4世代となる新作のオフショア クロノグラフ(42mm)が目指したものは、明確な原点回帰である。ファーストモデルを模したプチタペストリーのダイアルは18年の25周年モデルにも採用されているが、本作ではよりオリジナルに忠実だ。特にスティールケースに搭載されるダイアルには、アーカイブ上では「ナイトブルー クラウド50」と呼ばれるカラーを採用。やや彩度を落とした独特なブルーカラーは18KPGケースのメインダイアルにも盛り込まれている(インダイアルはシャイニーなゴールドカラーだ)。

 四角いカレンダー窓の上に拡大レンズを設ける手法もオリジナルに忠実で、ラウンドプッシャーとリュウズに施されるラバーコーティングも、久々に復活したオリジナルディテールだ。非常に細かな部分だが、リュウズガードに設けられていたステップがなくなり、上面がフラットになったこともオリジナルらしさを感じさせるスパイスとなっている。

Cal.4401

Cal.4401
CODE 11.59などにも搭載される44 01系クロノグラフの基本形。43mmのオフショア クロノグラフへの搭載に合わせて、直線的なローターデザインに変更されているが、基本スペックは完全に同一。直径32.0mm、厚さ6.80mm。部品数381点。

 21年9月に発表された42mmのオフショア クロノグラフに先立ち、同年3月にはオフショア ダイバーと、43mmのオフショアクロノグラフも先行発表されている。新しいオフショア ダイバーが搭載するキャリバー4308は、14リーニュのキャリバー4302と同系統のバイプロダクト機だが、丸型の地板を持たず、ケースに合わせた複雑な形状にカットされていることが特徴だ。同じく42mmのケース径を持っていた前作のオフショア ダイバーが搭載していたのは11ハーフリーニュのキャリバー3120だから、インナーベゼルを組み込むスペースを捻出するために、あえて専用設計に踏み切ったのだろう。それでも耐衝撃性や主ゼンマイのトルクといった基礎体力の面で、4302系の新型ムーブメントにアドバンテージがあることは明白だ。

 もう一方のオフショア クロノグラフ(43mm)で注目すべきは、スクエアプッシャー系のオフショアで初めて試みられた、大々的なデザインリニューアルだ。前作に相当するモデルは44mmのオフショア クロノグラフ。しかしオーデマ ピゲでは、この44mmというサイズを定番化させるまでに慎重な姿勢を貫いてきた。初出は07年に限定モデルとして登場したアリンギだが、このサイズがレギュラー化するのは実に11年のことであった。

ロイヤル オーク オフショア

オリジナルデザインの継承を強く感じさせる、ラバーコーティングされたリュウズとラウンドプッシャー。リュウズガード自体の造形も、上面がフラットに改められたことで、オリジナルのノーブルさに回帰している。ベゼル下の分厚いガスケットは、通称“ビースト”と呼ばれる理由のひとつになった。

 今回のリニューアルでは、大切に熟成させてきたこのケースサイズに、初めてメスが入ったのである。ポイントは44mmのスクエアプッシャーケースが持っていたマッシブさを適度に残しながら、よりフィット感を高めたことだろう。スクエアプッシャーや、リュウズガードを兼ねるプッシャーの台座部分は、さらにファセットを増やしたデザインとなり、比較的プレーンな造形に立ち返った42mmケースと見事な対比構造を見せている。なお、21年のオフショア全機に共通する最大の特徴は、新規開発されたインターチェンジャブルストラップなのだが、これについては別項で詳しく述べたい。

 オンオフ両用に使えるライフスタイルウォッチとして幅広い拡張を遂げたCODE 11.59と、新型ムーブメントへの刷新を伴うフルリニューアルを経て、よりソフィスティケートされたスポーツモデルに生まれ変わったロイヤル オーク オフショア。目前に迫ったロイヤル オークの50周年を控え、3本柱のうち2柱の布陣は完全に整ったと言えよう。

TECHNICAL TREND #1
〝ロイヤル オークらしさ〟を醸すダイアルのタペストリー表現

1972年のロイヤル オークから採用されている手彫りギヨシェによるタペストリーダイアル。99年にスクエアピラミッドのサイズが2倍近くに拡大された「グランドタペストリー」が登場すると、オリジナルの装飾は「プチタペストリー」と呼ばれるようになった。さらに2001年には、オフショア向けに「エクストラ グランドタペストリー」が登場し、製造方法も従来の切削からエンボスに変更された。これが現在の「メガタペストリー」だ。なお、新作オフショア クロノグラフ(43mm)のメガタペストリーには、スクエアピラミッドのひとつひとつをつなぐクロスパターンが加えられ、大胆さの中に繊細な深みを加えている。

ロイヤル オーク オフショア クロノグラフ

ロイヤル オーク オフショア クロノグラフ
1993年の原点に立ち返った新作。3素材で展開されるレギュラーモデルは、オリジナル同様のプチタペストリーを採用。自動巻き(Cal.4404)。40石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約70時間。18KPG(直径42.0mm、厚さ15.2mm)。10気圧防水。962万5000円(税込み)。

TECHNICAL TREND #2
オリジンの意匠に回帰したラウンドプッシャー

ベゼル下に大きくはみ出したガスケットなど、大胆かつアグリーな意匠から、通称“ビースト”と呼ばれた1993年のオリジナルモデルから採用されていたラウンドプッシャー。以降42mmのオフショア クロノグラフは、幾度かのデザインチェンジを重ねながらも、ラウンドプッシャーの意匠だけは守り続けてきた。後年に登場するエクストララージサイズのオフショアには、ガード付きやスクエア形状などの新しい試みが次々と投入されたことと好対照で、42mmケースのアイコンにもなってきた。2021年の新作では、オリジナルと同様にラバーコーティングが施されたラウンドプッシャーとリュウズが復活し、原点回帰を果たしている。

ロイヤル オーク オフショア クロノグラフ

ロイヤル オーク オフショア クロノグラフ
ブティック限定で展開されるメガタペストリーダイアル。インターチェンジャブルストラップはテキスタイルモチーフのラバー素材。自動巻き(Cal.4404)。40石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約70時間。Ti(直径42.0mm、厚さ15.2mm)。10気圧防水。390万5000円(税込み)。

TECHNICAL TREND #3
手軽に時計の表情を変えるインターチェンジャブルストラップ

2021年に完全刷新されたロイヤル オーク オフショア全モデルに搭載されるインターチェンジャブルストラップ。ケースに設けられた2カ所のスタッズに固定ピンを差し込む方式を採用しており、かなりの強度と確実な脱着を両立させている。固定用のバヨネットと取り外し時に押し込むプッシャーが、小さなスタッズの中だけで完結しており、機構的にも汎用性が高い。交換用ラバーストラップの取り付け面には、2本の固定ピンとは別に3カ所の金属座面が設けられており、確実なフィッティングを約束してくれる。ストラップ自体にもかなりの剛性があるため、おそらく一体成形のプレートがラバーの中に鋳込まれているのだろう。

ロイヤル オーク オフショア クロノグラフ

ロイヤル オーク オフショア クロノグラフ
スクエアプッシャーを備えた新作の43mmケース。新デザインのメガタペストリーダイアルが盛り込まれた。自動巻き(Cal.4401)。40石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約70時間。Ti×グレーセラミックス(直径43.0mm、厚さ14.4mm)。10気圧防水。445万5000円(税込み)。