時計経済観測所/中国の消費低迷が高級時計市場にも影を落とす

LIFEIN THE LIFE
2024.05.19

高級時計市場を牽引してきた中国だが、不動産開発大手の経営危機が引き金となり、景気の先行き不安が続いている。内需の不振は高級時計の消費にも影を落とす。一方で、世界の株式相場は右肩上がりだ。日本でも、日経平均株価が急ピッチで上昇しており、ついに4万円台を超えた。明暗分かれる世界経済に、高級時計市場はどうなっていくのか? 気鋭の経済ジャーナリスト、磯山友幸氏が、中国、米国、日本経済をもとに分析・考察する。

磯山友幸:取材・文 Text by Tomoyuki Isoyama
安堂ミキオ:イラスト Illustration by Mikio Ando
[クロノス日本版 2024年5月号掲載記事]


中国の消費低迷が高級時計市場にも影を落とす

 中国の消費が冷え込んでいる。中国国家統計局が公表した物価統計によると、春節の連休の影響を調整した1-2月の消費者物価指数は前年同期比横ばいとなった。景気の減速によって消費が落ち込み、物価が下落するデフレの圧力が高まっている。2023年は12カ月のうち5カ月で物価指数が前年同月比でマイナスを記録した。李強首相は北京で開かれた全国人民代表大会(国会に相当)で、内需の拡大に注力する方針を強調するなど、政府が景気の下支えに躍起になっている。

 こうした中国の消費減速が、高級時計市場にも影を落としている。スイス時計協会がまとめたスイス時計の輸出額は、2024年1-2月累計で40億7160万スイスフラン(約6878億円)と、前年同期間の40億9850万スイスフランに比べて0.7%の減少となった。スイス時計の輸出先30カ国・地域のうち20カ国・地域で前年同期間比プラスだったものの、2位の中国本国向けが12.6%減、3位の香港向けが12.7%減と大きく減少したことが響いた。

 2023年年間の全世界向け輸出は7.6%と大きく増え、過去最高を更新した。トップの米国向けが、依然として好景気が続いており、7.0%増加。中国本国向けも7.6%増えたほか、香港向けも23.4%増と大幅に増えていた。中国の不動産市場の深刻な悪化など、景気後退が言われる中でも、高級時計への需要が旺盛なことを示していた。ところが、昨年後半から需要減退が鮮明になり、年明けの1-2月は大きくマイナスとなった。

中国の景気悪化がもたらす影響

 高級品需要を大きく牽引してきた中国の不振は、世界の高級品需要にも影を落とす。景気悪化もあって世界に出ていく中国人旅行者が大きく減少。世界各地の空港や免税店での中国人観光客向け時計販売などに影響が出始めている。

 JNTO(日本政府観光局)の推計によると、2月に日本を訪れた訪日客は278万8000人と2月としては2019年の260万4322人を大きく上回って過去最多となった。当時は訪日客で最も多かったのが中国からの72万人だったが、今年2月は45万9400人と2023年2月に比べても36%も減っている。

 中国の株式市場では2700台に下落していた上海総合指数が3000を超える水準にまで戻してきたものの、2015年の5000超えや2021年の3600台に比べて低迷している。世界の株式相場が大幅に上昇する中でひとり負け状態になっている。また、ここへ来て中国の不動産開発大手の経営危機が再び表面化し、米ドル建て債のデフォルト(債務不履行)が発生するなど、バブル崩壊が深刻化してきた。保有する資産の価格が下落することによって消費が抑えられる、いわゆる「逆資産効果」も高級時計の需要不振に結びついていると見られる。

富裕層による高級時計ブームは今年も続く?

 そんな中で、期待されるのが米国市場。金利の引き上げにもかかわらず、堅調な消費が続いている。金融引き締めの効果で物価上昇率は鈍化したものの、リセッション(景気後退)に陥ることなく、巡航速度での成長を続けている。

 もっともスイス時計の輸出で見ると、2023年年間の米国向け輸出額は前述の通り7.0%の増加だったが、今年1-2月は3.9%増に鈍化している。3月以降、再び増加ピッチが上がってくるのか、それとも米国の消費にも陰りが出てくるのかは注意が必要だ。仮に米国経済がリセッションに入ってくることになれば、世界の高級品市場に与える影響は大きいが、今のところ景気が失速する気配は見られない。

 株高の効果が期待されるのは日本だ。年明けから急ピッチで日経平均株価が上昇、市場最高値を更新して4万円の大台に乗せた。一方で円安も進んでおり、中国からの訪日客が減少している中でも外国人観光客の大幅な増加が続きそう。こうした外国人旅行者が円安で割安になった高級時計を買う動きも続きそうだ。スイス時計の日本向け輸出は1-2月は5.9%の伸びを続けている。株高による「資産効果」もあり、富裕層による高級時計ブームが今年も続きそうな気配だ。


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