三田駅から歩いてすぐながら、迷ってしまいそうな路地裏に佇む「WINEMAN FACTORY」。一度訪れたなら虜になってしまうこと間違いなしの料理とワインがそろう。

桜のチップでスモークしたメカジキのトロは心地よい口当たり。シチリアの柔らかな風味のオリーブオイルで、アンチョビ、玉葱、トマトとともに炒めていく。タイム、ディル、セルフィーユの3種のハーブペーストが爽やかな印象に。手打ちのタリオリーニは、パスタマシンを通らないほど水分量ギリギリの堅い生地。それゆえコシがあり、独特の舌触りが癖になる。写真はコース提供時の量。アラカルトは2名分の量で2800円。
Text by Yui Togawa
三田村優:写真
Photographs by Yu Mitamura
[クロノス日本版 2025年5月号掲載記事]
料理にも人柄にも豪快と繊細が共存
高校生の時にお付き合いしていた彼女から『ゴルゴンゾーラのニョッキを食べた』っていう得体の知れないモノの話を聞き、当時は断然米派だったのですが気になり始め……。今から30年以上昔の話なのでナポリタンとミートソースくらいしか知らないような時代でしたが、田園調布に住んでいた子だったのでオシャレなものを食べていたんでしょうね」。なぜイタリア料理を志したのかと「WINEMAN FACTORY」のオーナーシェフ・井上裕一氏に尋ねるとそう教えてくれた。少々こわもて?な印象の井上氏からそんなエピソードが飛び出し、思わず微笑んでしまう。

1977年、千葉県生まれ。東京都内の名店で研鑽を積んだ後、渡伊。北部の街を中心に2年間腕を磨く。帰国後、東京・門前仲町「PAPPATORIA」や品川「アロマクラシコ」でシェフを務める。2012年に目黒にて「AnticaBraceria Bellʼitalia」を独立開業。21年5月に三田に移転。
その後「本当のイタリア料理とは何ぞや」と自問するようにイタリアへ渡った。フリウリ、ローマ、ヴェローナ、アルバのトラットリアから星付きレストランまで幅広い店を渡り歩いて培った技と感性は、現在の料理からも色濃く感じることができる。「アンチョビと玉葱をベースにしたビーゴリ・イン・サルサはヴェネトの郷土料理ですが、フリウリで働いた『LA TAVERNA』の賄いで初めて口にしました。その時の衝撃はいまだに忘れられません。以来、改良を重ねて、メカジキの燻製を使うものに着地しました」。合わせるパスタは、帰国後シェフを務めた「アロマクラシコ」仕込みの独特の食感のタリオリーニ。心地よい弾力あるパスタがソースと一体となって口へと運ばれると、自然とワインに手が伸びてしまう。井上氏のこれまでの歩みを凝縮したような一皿だ。
調理はすべてひとりで行うにもかかわらず、コース4種に加え、アラカルトも充実するというゲスト想いの選択肢の多さに目を疑ってしまう。そのため、満席時にはコントのように嘘みたいなスピードで動き回る。
そして井上氏は、料理人であるだけでなく、生産者でもある。ワインへの興味が高じ、酒類販売業免許と酒類製造免許を取得すると、移転し、ワイナリーを併設。自らワイン醸造を始めてから今年で5年目を迎える。レストラン、ワイナリー、ショップの3つが三田の路地裏にある古民家に凝縮された「WINEMAN FACTORY」。こういう一軒を知っているかどうかで、人生の豊かさが変わるといっても大袈裟ではない。
WINEMAN FACTORY
東京都港区芝5-20-22 1F
Tel.03-6412-8251
日曜・月曜定休 17:30~23:00
アラカルト700円~、コース7500円~