ひょっとしたら、国産メーカー一強の状況が続いた光発電クォーツの戦況が変わるかもしれない。その可能性を感じさせるのが、ティソの「PRC 100 ソーラー」だ。開発に至ったきっかけをCEOのシルヴァン・ドラ自らに語ってもらった。
Photograph by Yu Mitamura
細田雄人(本誌):取材・文
Text by Yuto Hosoda (Chronos-Japan)
Edited by Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2025年5月号掲載記事]
テクノロジーが時計の審美性を邪魔してはいけない

ティソCEO。1972年、フランス生まれ。トゥールーズ・ビジネススクールで修士号を修めた後、通信業界を経て、2004年にスウォッチのハイテク&アクセス部門責任者として時計業界に参画。マイクロソフトとの共同プロジェクト「スウォッチ・パパラッチ」などに携わる。ハミルトンのインターナショナルセールス部門トップ、CEOを経て、20年7月1日より現職。就任後は「T-タッチ コネクト スポーツ」や「PRC 100 ソーラー」など、前職の経験を生かしたプロダクトを手掛ける。
「現在、ティソのプロダクトはクォーツ式が4万円台、機械式が9万円台をスタートラインとしています。私としてはその間を埋めるものが作りたかった。そこで4年前に立ち上げた『T-タッチ』の開発・製造ファクトリーを活用して、何か作れないかと開発陣に持ちかけたのです。そこで生まれたのが過去作『PRC 100』をよりモダンにしようというアイデアでした」
T-タッチの開発陣が参加したこともあり、必然的にプロジェクトは光発電クォーツで進められた。しかしソーラー時計を作るうえで、ドラには譲れないポイントがあったという。「テクノロジーが審美性を邪魔してはいけません。しかし、従来のポリカーボネート文字盤で美しさを求めるのには限界があります。なにより、私はサンレイ仕上げのような昔ながらの技術を文字盤に使いたかった。そこでチーム内にあった半導体に関するノウハウを活用し、文字盤の審美性を損なわないソーラーセルの開発に至ったのです」。
こうして誕生したのが、ハニカム構造のソーラーセルを風防直下に配する「ライトマスター ソーラー テクノロジー」だ。風防下のソーラーセルが受光して発電し、文字盤下に配置されたゼブラコネクターがムーブメントに電力を送るこの方式であれば、確かに文字盤に金属を用いることも可能だ。しかしソーラーセルが剥き出しの状態では、ドラの言う審美性に優れた時計からは程遠くなってしまわないのか? するとドラは時計を着けた状態でインタビュー会場のベランダに出て、こう主張した。
「問題ないです。PRC 100 ソーラーは黒、青、シルバーの3色で展開しており、最もソーラーセルが目立つのがシルバーです。でも実際に室内で手に取ってみても、太陽光の下でも、目立たないでしょう?」

ソーラーセルを風防直下に配することで、金属文字盤の採用を実現したモデル。発電効率に優れ、5000ルクス(曇り空相当)の条件下で10分間受光すれば、24時間分の動力を蓄えられる。また、自然光だけでなく人工光でも充電が可能な点も革新的だ。なお、ソーラーセルの開発には細かいパーツのマネジメント役としてヒゲゼンマイを製造するニヴァロックス・ファー社も参画している。光発電クォーツ(Cal.F06.615)。フル充電時約14カ月。SSケース(直径39mm、厚さ9.22mm)。100m防水。7万2050円(税込み)。
確かに実機を手に取り、30cmの距離で見る限り、ソーラーセルは気にならない。意地悪く光の角度を変えても、目立つのは文字盤に入れられたサンレイ仕上げだけだった。もちろん目を凝らせば針先などにその存在を確認できるが、この文字盤の代償と考えれば、お釣りが来るクォリティだ。
「デザインのトレンドセッターと言える国で、唯一苦戦しているのが日本です。その意味でも日本市場はティソにとって非常に重要。このモデルを皮切りに、確固たる地位を日本でも築いていきたいのです」