創業250周年を迎えたブレゲ。記念すべき第1弾は、多くが予想した複雑時計ではなく、1本針の「スースクリプション」だった。あえてこのモデルでブレゲが示したものとは、過去と未来の壮大な融合、そしてブレゲのさらなる飛躍である。
Photographs by Osamu Yajima, Eiichi Okuyama
広田雅将(本誌):取材・文
Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2025年7月号掲載記事]
ブレゲ250年の温故知新

2025年、創業250周年を迎えたブレゲ。その第1弾として同社が発表したのが、なんと1本針を持つ「クラシック スースクリプション2025」であった。説明してくれたのは、昨年10月、CEOに大抜擢されたグレゴリー・キスリング本人である。
「創業250周年を迎えるにあたり、私たちは単にひとつのモデルを発表するのではなく、アニバーサリー・コレクション全体を発表すると決めました。その最初の製品がクラシック スースクリプション 2025です。時計業界がブレゲに対して、複雑なモデルの登場を期待している中で、私たちはあえて逆を行くことにしたのです」
あえてこのモデルを選んだのには、他にも理由がある。
「これは創業者のアブラアン-ルイ・ブレゲの時代を象徴するモデルであり、同時に、この創業250周年を祝う象徴的な存在でもあるからですね」
フランス革命後、生誕地のスイスに2年間亡命したアブラアン-ルイ・ブレゲは、その地で、シンプルかつ信頼性が高く、精度にも優れた時計を多くの人に提供するというスースクリプションのアイデアを得た。
(右)ガレ(小石)状の造形が強調されたスースクリプションのケース。分針を省き、文字盤と針のクリアランスをギリギリまで詰めることで、立体感と薄さが強調されている。
創業以来、1点ものしか製作してこなかったブレゲがメーカーとして成立できたのは、このモデルで導入した「スースクリプション=予約」制度のおかげだった。注文時に価格の4分の1を前払いするという斬新な販売方法で、ブレゲはフランスへ帰国後、工房の再建に成功しただけでなく、700個ものスースクリプションを製作した。250周年という節目に、ブレゲを飛躍させたスースクリプションをリバイバルさせたのには、明快な意図があったわけだ。
キスリングが手に取ったのは、クラシック スースクリプション 2025の原型となった懐中時計だ。直径61mm、高精度なルビー製のシリンダー脱進機と耐震装置のパラシュートを持つこのモデルを、今回、ブレゲは直径40mmの腕時計に仕立て直してみせた。その際、ブレゲが意図したのは、過去と未来の融合である。
(右)クラシック スースクリプション 2025が採用したブレゲゴールドは、パラジウムを混ぜることで、イエローとローズゴールドの間の色味を持つ。
ちなみに、キスリングがCEOに就任したのは2024年の10月1日のこと。着任前から準備をしていた彼は、ブレゲの歴史をひもとき、「ブレゲらしい」ディテールを盛り込むことに腐心したという。それを象徴するのが、針と文字盤の極めて狭い(しかも文字盤は傷の付きやすいエナメル製!)クリアランスだ。「オリジナルのスースクリプションウォッチでは、文字盤と針の間の距離は比較的狭く設定されていました。それを2025年版でもしっかり再現しました。なぜなら、両者の距離感は読み取り精度に直結するからです。もしその間隔が過剰であれば、視差が生じて、見た角度によって時間の読み取りがずれてしまう」。搭載する手巻きムーブメントの日差は数秒だが、1本針のため、文字盤上での表示誤差は±2分とのこと。理由は「この腕時計は、時間の見方そのものを問い直させる装置でもあるから」。
加えてブレゲは、本作のために新しいゴールドを開発した。その名も「ブレゲゴールド」。イエローゴールドとローズゴールドの間の色味を持つこのゴールド(キスリングは「灰色の金」と表現した)は、75%の金に、銅・銀・パラジウムを配合した新しい合金だ。あえて既存の素材を選ばなかったのは、ブレゲ時代の金の色味を表現したかったため、とキスリングは語る。今回、ブレゲはディテールだけでなく、色でも創業者とその時代へのオマージュを捧げたのである。
ブレゲの昔と未来をつなぐという壮大な意図によって具現化されたクラシック スースクリプション 2025。その魅力的な全容を、キスリングの説明とともにひもといていくことにしよう。

クラシック スースクリプション 2025
1796年のスースクリプションを腕時計に仕立て直した1本針の「クラシック スースクリプション 2025」。キスリングは「このモデルは、単なる腕時計ではなく、ブレゲの発明や歴史を伝える語り部であり媒体」と説明する。そのためスースクリプションという販売形式や、カタログを用いた販売手法、巻き上げヒゲやブレゲ針といった発明に加えて、今のブレゲらしい新技術を、合計13も込めたという。「すなわちこの時計は、18世紀から21世紀にわたる発明の連なりを体現した存在です」という彼の物言いも、実物を見ると納得だ。

ブレゲの250周年を祝うにふさわしい、静かな超大作。18世紀から19世紀に作られたスースクリプションを腕時計サイズにまとめただけでなく、古典的な技法と最新の技術が存分に盛り込まれている。ディテールにまで貫かれた時計としての統一感は圧巻だ。手巻き(Cal.VS00)。21石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約96時間。18Kブレゲゴールドケース(直径40mm、厚さ10.8mm)。3気圧防水。735万9000円(税込み)。
まずは直径40mmのケース。このモデルの開発にあたって、キスリングは装着感を見直したと語る。写真を見れば分かるように、ラグはわずかに短く切られ、終端を裏蓋側に曲げることで、手首の細い人にもフィットしやすい。加えてミドルケースからは、ブレゲのアイコンである「カンネル(縦溝模様)」が省かれ、代わりにごく浅い筋目仕上げが施された。オリジナルのスースクリプションを模した仕上げとキスリングは説明するが、湾曲した短いラグと相まって、今の腕時計らしさをも感じさせる要素だ。さらに言うと、21mmという若干幅広いストラップも、この腕時計にモダンな印象を添えている。
(右)エルゴノミックなデザインを持つケース。今風にラグを短く切ることで装着感はさらに改善された。
ブレゲ初となるニヴァクロン製のヒゲゼンマイも同様だ。この青焼きされ、外端が巻き上げられたヒゲゼンマイは、実のところアナクロンやニヴァロックスではなく、耐磁性の高いチタン合金製のニヴァクロンだ。シリコン製のヒゲゼンマイほどハイスペックではないにせよ、これも新しいスースクリプションを今の時計とする要素だ。
その一方で、古典的なディテールも一層強調された。そのハイライトが、なんとドーム状(!)のグラン フー エナメルである。キスリングは前職のオメガ時代にドーム状のエナメル文字盤を完成させたが、本作はまったくの別物。土台がセラミックスのオメガに対して、ブレゲはホワイトゴールドを選び、しかもエナメルを裏打ちする手法を採用したのである。オメガの技術を使えば製造は容易で、文字盤自体も薄くできたはずだが、ブレゲはあえて、昔の手法をそっくり再現したのである。
(右)小石状の造形を持つクラシック スースクリプション 2025。新設計されたドーム状の風防がデザインの連続性を示す。針と文字盤の極端に狭いクリアランスにも注目だ。
加えて文字盤に描かれたシークレットサインは、レーザーではなく、なんとパンタグラフによる手彫り。このプロジェクトが始まったときはプリントで施す予定だったが、CEOに就任したキスリングがレストレーション工房の職人を口説き落として、アブラアン-ルイ・ブレゲ当時の手法に置き換えさせた。しかも彫るためのパンタグラフは、ブレゲの研究家としても名高い、故ジョージ・ダニエルズの遺品だ。「ブレゲ本人のものだったかは分かりませんが、少なくとも彼の時代のパンタグラフです。オークションで落札したものです」とキスリングは説明する。仮にこのサインがプリント仕上げだったら、クラシック スースクリプション 2025の完成度は半減したに違いない。ディテールの積み重ねで魅力を増すというキスリングの手腕は、本作で一層際立った感がある。

こういう入念な詰めは、ユニークな1本針にも見て取れる。今回、クラシック スースクリプション 2025が採用したのは、幅の違う1本針だ。ブレゲは通常、グループ会社から針を仕入れているが、針の形状が複雑なため、今回は青焼きの作業をレストレーション部門で行った。理由は、針の形状が、中心は厚く、先端に行くほど極端に細くなるため。炉で焼くと、色むらが出て使い物にならないだろう。「炉を使って青焼きすることもできますが、これでは幅の違う1本針に、濃く深いブルーと、職人の手の痕跡を感じさせる風合いは与えられないのです」。

付属品も凝っている。本作が採用したのは、往年のブレゲを思わせる赤いレザーのケース。モデル名などを金箔であしらったのもオリジナルに同じだ。わざわざ18世紀風の箱を作らせたのは、過去と現在との連続性を示したいため。時計のケース自体も同様で、ブレゲはあえて、小石(ガレ)を思わせる形状にまとめ上げた。最大の理由は、もちろんオリジナルモデルと視覚上の共通性を持たせたいため。しかし「小石が長年にわたり水の流れで磨かれて丸くなるように、この時計もまた、時間の経過を超えて継承される存在であることも象徴しているのです」(キスリング)。そのため、ブレゲはわざわざドーム状の風防を新規設計し、立体的な文字盤がもたらす小石状の造形を一層誇張してみせた。

このモデルは、裏側の詰めも抜かりがない。オリジナルのデザインを模したCal.VS00は純然たる新規設計。ニヴァクロン製のヒゲゼンマイと大きな香箱がかなえた約96時間という長いパワーリザーブは、このモデルに十分な実用性をもたらした。その一方で、香箱にはレーザーでブレゲの署名を彫り込み、地板にも手作業で刻印を加えている。そして、ムーブメントとケースの色味を完全にマッチさせて時計のまとまりをぐっと高めた。
裏蓋にもちょっとしたアクセントが加えられた。外周に施されたギヨシェ模様は新しく起こされた「ケ・ド・ロルロージュ」なるもの。ブレゲがアトリエを構えていたシテ島とサン= ルイ島を描いた古地図から、街の線だけを抽出し、新たなパターンにしたという。つまりブレゲの歴史が、あらゆるディテールに込められたわけだ。
ブレゲの歴史と非凡な力量に満ちた21世紀のスースクリプション。さまざまなディテールをひとつのパッケージにまとめ上げた手腕もまた、250年の歴史を持つ老舗にふさわしいものだろう。その完成度は、ただただ圧巻だ。
創業250周年の歴史と発明を振り返るエキシビション
Les Tiroirs du Temps ~時の引き出し~
シテ・ドゥ・タン ギンザ
開催期間:2025年6月9日(月)~15日(日)
開催場所:シテ・ドゥ・タン ギンザ
東京都中央区銀座7-9-18 ニコラス・G・ハイエック センター 14階
※フランス王妃マリー・アントワネットがブレゲにオーダーした伝説の懐中時計No.160のレプリカを特別展示。
▼シテ・ドゥ・タン ギンザの来場予約はこちら
https://breguet-250years.eventos.tokyo/web/portal/1085/event/13803/module/ticket/351734
銀座三越 本館1階 ザ・ステージ
開催期間:2025年6月11日(水)~24日(火)
開催場所:銀座三越 本館1階 ザ・ステージ
※No.160のレプリカの展示はございません。