今年、アイコンであるスピン・タイムを刷新したルイ・ヴィトン。ケースが薄くなっただけでなく、実用性は大きく増し、そしてベースムーブメントは全く新しい自社製となった。あえて全くの別物に進化させたのは、今やムーブメント部品までも自製するようになったルイ・ヴィトンの、不退転の決意の表れだろう。

新しいモジュールが可能にしたのが本作だ。キューブを切り替えるリングを小型化し、その動力源をマルテーゼクロスに置き換えることで、以前は絶対に搭載不可能だった、トゥールビヨンの格納に成功した。内外装の質感も申し分なし。自動巻き(Cal.LFT ST05.01)。40石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約45時間。18KWGケース(直径42.5mm、厚さ12.45mm)。50m防水。2783万円(税込み)。
Photographs by Yu Mitamura
クロノス日本版編集部(広田雅将、鶴岡智恵子):取材・文
Text by Chronos Japan Edition (Masayuki Hirota, Chieko Tsuruoka)
Edited by Yuto Hosoda (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2025年7月号掲載記事]
アイコンとなった「スピン・タイム」をリニューアル
新しい「タンブール」と「エスカル」で、時計メーカーとしての完全刷新を印象付けたルイ・ヴィトン。しかも際立った装着感を筆頭に、優れたパッケージを持っていたのだから、多くの時計好きから支持を集めたのは当然だろう。かくいう筆者もそのひとりである。まさか、かのルイ・ヴィトンが強烈なブランドイメージだけではなく、プロダクトそのもので勝負し、しかも受け入れられるようになるとは予想もしていなかった。
そして続く2025年、ルイ・ヴィトンは同社のアイコンとなった「スピン・タイム」をリニューアルした。発表されたのは直径39.5mmと42.5mmの計6コレクション。しかも、そこにはセンタートゥールビヨンの「タンブール タイコ スピン・タイム エアー フライング トゥールビヨン」と、キューブで各国の時刻表示を可能にした「タンブール タイコ スピン・タイム エアー アンティポード」のふたつが含まれる。

世界24のタイムゾーンの時刻を昼夜表示と同時に示すワールドタイマー。タンブールとしての統一感を持たせるため、文字盤とキューブにはドルフィングレーカラーが採用される。またラグはなんと溶接ではなくネジ留め。外装の出来も非凡だ。自動巻き(Cal.LFTST12.01)。36石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約45時間。18KWGケース(直径42.5mm、厚さ12.45mm)。50m防水。1611万5000円(税込み)。
09年発表の「タンブール スピン・タイム」は、エボーシュの上に、回転するキューブで時間を示すモジュールを重ねたムーブメントを載せていた。確かにその設計は時代に先駆けていたが、改良の余地があったことは否めない。後にルイ・ヴィトンは、この機構を開発したラ・ファブリク・デュ・タンを傘下に収め、その大々的な改良を行ったが、そもそもの設計が持つ制約はつきまとった。
今回ラ・ファブリク・デュ・タン ルイ・ヴィトンが取り組んだのは、そのモジュールの全面刷新だった。従来のスピン・タイムは、12時間に1回転する歯車にスネイルカムを取り付け、それがアワーレバーを押して噛み合ったディスクを回し、ディスクの突起がキューブを回すという構造を持っていた。これは簡潔なうえ、耐久性にも優れたものだったが、構造上、時間の逆戻しができないという弱点を抱えていた。対して新しいスピン・タイムは、一方向にしか動かないカムとレバーではなく、香箱の巻き止めなどに使われるマルテーゼクロスがキューブの回転を司るよう改められた。これは正逆方向に回すことができるため、新しいスピン・タイムは、時間の逆戻しが可能になった。

こちらは最もベーシックなスピン・タイム。「太鼓」という名前にマッチさせるべく、12のキューブはそれぞれの面にもわずかに膨らみが持たせられた。また、一新された機構は、キューブの切り替わり時に精密な音と感触を伴う。自動巻き(Cal.LFT ST13.01)。35石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約45時間。18KWGケース(直径39.5mm、厚さ12.15mm)。100m防水。1171万5000円(税込み)。
そしてベースとなるムーブメントも、全く新しい自社製自動巻きに置き換えられた。同ムーブメントはキューブの外周をくりぬいた「タンブール タイコ スピン・タイム エアー」シリーズに載せられるほどコンパクトなうえ、重いモジュールを載せてなお、約45時間ものパワーリザーブを持つものだ。加えて、緩急の調整は、Cal.LFT023のような緩急針(エタクロン風だ)ではなく、マスロットで緩急を調整するフリースプラングに改められた。ちなみにミシェル・ナバスいわく「これは完全な自社製」とのこと。マニュファクチュールとしての熟成は、スピン・タイムを劇的に進化させたと言ってよいだろう。また、薄く仕立てられたケースも、筋目仕上げや部品の噛み合わせが、従来以上に良い。新しいタンブールは、驚くほどの感触を含めて、色物にとどまらないコンプリケーションに脱皮したのである。

新規開発されたCal.LFT AU14.02は、ふたつの部品からなる長いカセドラルゴングと、7つのオートマタを搭載する超大作。なお宇宙飛行士、衛星のアンテナとソーラーパネル、スラスター、流星、太陽、すべての動きはあえて同期させていない。手巻き(Cal. LFT AU14.02)。50石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約100時間。18KWGケース(直径46.7mm、厚さ14.6mm)。30m防水。参考価格1億7578万円(税込み)。
このような傾向はふたつのコンプリケーションからもうかがえる。オートマタとミニッツリピーターを組み合わせた「タンブール タイコ ギャラクティック ジャックマール」と、オートマタジャンピングアワーとレトログラード式の分針を持つ「タンブール ブシドウ・オートマタ」の外装は、その非凡な中身に決して見劣りしない。オートマタにグラン フーやパイヨン、そしてミニアチュールエナメルや彫金などを組み合わせるのは時計業界の定石。しかしそれで宇宙飛行士や面をかぶった武士を表現するあたりが、どのテーマであれ、工芸品に仕立てられるという自信の表れだろう。ちなみに、ムーブメントやケースはもちろん、このふたつのモデルに施された技法もすべて、ラ・ファブリク・デュ・タン ルイ・ヴィトンで行われている。

「タンブール カルペ・ディエム・オートマタ」の機構を転用した新作はなんと5つものオートマタを内蔵する。エナメルの技法は一層凝っており、赤い面当てはなんとツヤ消しのエナメル、文字盤の地もパイヨンエナメルの手法が転用される。自動巻き(Cal.LV 525)。50石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約100時間。18KPGケース(直径46.8mm、厚さ14.4mm)。30m防水。1億2232万円(税込み)。

今年の新作で、個人的に最も引かれたのが「タンブール コンバージェンス」である。搭載するのはスピン・タイムとベースムーブメントを同じくする、Cal.LFT MA01.01。そこに回転式の時分ディスクを合わせただけだが、時計としてのまとまりが抜群に良いのだ。また直径を37mmに留めるだけなく、ロゴを小さくあしらい、ディスクの書体をセリフ体とすることで、この時計は極めてクラシカルな印象を与える。もっとも、単にレトロにしなかったのはルイ・ヴィトンらしい。

今時珍しい、ダイレクトリードを復活させた試み。あえてシンプルにまとめたのは、仕上げに自信があればこそか。サイズが小ぶりで全長が短いため、女性にも向くだろう。今年の傑作。自動巻き(Cal.LFT MA01.01)。26石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約45時間。18KPGケース(直径37mm、厚さ8mm)。30m防水。542万3000円(税込み)。
写真のモデルは、あえてケースの上面も完全な鏡面仕上げを与えた。実用性を考えたら筋目を入れるべきだが、「あえて小傷が残る仕上げにすることで、持ち主には、ルイ・ヴィトンのトランク同様、一緒に過ごした時間を体感してもらいたかった」と関係者は説明する。とはいえ、とりわけケースの上面には、使うのがためらわれるほど歪みが見られない。あえて傷を付けて欲しいという隠れたメッセージは、タンブールやエスカルに同じく、ルイ・ヴィトンによる「挑発」なのではないか。
最後に2モデル、タンブールの仕様違いにも触れておきたい。新しく加わったのは、ベゼルとインデックスに貴石をあしらったモデル。これ見よがしなセッティングを選ばないところに(これはコンバージェンスのスノーセッティングでは一層際立っている)、今のルイ・ヴィトンの美意識が見え隠れする。

文字盤にオニキス、インデックスとベゼルにサフランカラーのサファイアを採用した仕様違い。外装はすべてゴールド製だが、重さのバランスが良いため装着感は相変わらず快適だ。自動巻き(Cal.LFT023.01)。31石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約50時間。Ptケース(直径40mm、厚さ8.30mm)。50m防水。世界限定30本。1903万円(税込み)。

8色のサファイアとルビーをあしらったモデル。ベゼルには48個、約2.19ct、文字盤には11個の貴石がセットされる。スリランカ産、もしくはモザンビーク産の石はなんと非加熱。加えて、裏蓋には1.6mmのサフランサファイアが埋め込まれた。自動巻き(Cal.LFT023.01)。31石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約50時間。Ptケース(直径40mm、厚さ8.30mm)。50m防水。世界限定50本。2194万5000円(税込み)。
オートオルロジュリーの本質をひとつ屋根の下に

スペイン・サラマンカ生まれ。父親も時計師であり、その影響で10歳から時計製造を始める。2007年、エンリコ・バルバシーニと共同で「ラ・ファブリク・デュ・タン」を設立し、11年にルイ・ヴィトン傘下に。現在はこのアトリエでマスター・ウォッチメーカーを務めている。ダニエル・ロートとジェラルド・ジェンタのブランド復活に貢献し、その監修も行う。インタビュー時、ナバスの手首にはダニエル・ロートの「エクストラ フラット スースクリプション」が着用されていた。
非時計専業メーカーでありながら、高級腕時計の内製化を推し進めてきたルイ・ヴィトン。その鍵を担ってきたのが、「ラ・ファブリク・デュ・タン ルイ・ヴィトン」(以下LFTLV)の創業者兼マスター・ウォッチメーカーを務めるミシェル・ナバスだ。もちろんルイ・ヴィトンはこれまでも、多数のモデルをインハウスで製造してきた。しかし今年の新コレクションは、LFTLVが培ってきたムーブメント製造とメティエダールにおいて、〝新しい試み〞が取り入れられている。
新作「タンブール コンバージェンス」は、既存のタンブールとは異なる〝ギシェ(フランス語で窓)〞での時刻表示を採用。ただし、開口部は大きく設けられた。角型の小窓表示にしなかったのはナバスいわく「時がゆっくりと回転しながら流れていく『時の哲学』から着想を得ており、その哲学を表現したかった」からだという。
6モデルがリリースされた「タンブールタイコ スピン・タイム」にはすべて新しい自社製ムーブメントが搭載されている。結果として直径39.5mmのコンパクトなケースやワールドタイムを付加することに成功した。「最も難しかったのは『タンブール タイコ スピン・タイム エアー フライング トゥールビヨン』でした。スピン・タイムとセンターフライングトゥールビヨンの併載というアイデアは以前から持ち続けていたものです」(ナバス)。
「タンブール ブシドウ・オートマタ」には、傑出したメティエダールのノウハウが投入されている。「今回初めて、ケースにもエナメルとエングレービングを施しました。文字盤のエナメルも、ある部分はパイヨン、ある部分はクロワゾネといったように、その手法を変化させています」。
ハイライトは同じくオートマタの「タンブール タイコ ギャラクティック ジャックマール」だ。「ルイ・ヴィトンは旅を芸術として昇華させてきたブランドです。だから我々は旅として、最も偉大なことを表現したいと思い、宇宙旅行をひらめきました。宇宙飛行士が月を背景に、ルイ・ヴィトンの旗を振っている。その後ろで太陽が自転し、傍らでは人工衛星が作動し、目の前には流れ星が流れているのです」。その意匠だけで〝新しさ〞を感じさせるが、本作は7つのオートマタのほか、ミニッツリピーターを備えていることも特筆すべき点だ。「LFTLVのサヴォアフェールのすべてを閉じ込めた作品」とナバスは語る。
このように、内製化によって創意にあふれるアイデアを形にするルイ・ヴィトン。
「我々はマニュファクチュールをやりたいわけではありません。すべてのメティエダールやサヴォアフェールといった、高級時計を作るうえで必要な、本質的なもののすべてをひとつ屋根の下に置きたいのです。最高のエンジニアやエナメル職人、エングレーバー、時計師が常に一緒にいるというこの環境を、私はとても素晴らしく、幸せだと思っています」