ペキニエのフラッグシップライン「ロワイヤル パリ」が、2025年に大規模なリニューアルを遂げ、注目を集めている。個性を保ちながら、洗練を極めた新しい出で立ちだ。その新生モデルの日本上陸に合わせて来日したのが、今回のリニューアルを手掛けたデザイナー、アドリアン・ブッシュマンである。本稿では、刷新された「ロワイヤル パリ」に込めた想いや、デザインの背景について、ブッシュマンにインタビューを行った。
Text by Tomoyo Takai
[2025年8月1日公開記事]
ペキニエのデザインにテコ入れをしたアドリアン・ブッシュマン
1973年、フランス北東部モルトーにて創業されたペキニエは、フランス随一のマニュファクチュールブランドとして知られている。そのペキニエを象徴するフラッグシップラインのひとつが、自社開発ムーブメント「カリブル・ロワイヤル」を搭載する「ロワイヤル パリ」である。
同モデルは、2011年に初登場して以来、同社の技術力と美意識を体現する存在として位置付けられてきた。そして25年、「ロワイヤル パリ」は大規模なリニューアルを果たすこととなった。新モデル「ロワイヤル パリ 39.5 MM」のムーブメント自体は従来と同一ながら、建築的要素や幾何学的な美しさ、視覚的な立体感を強調した新デザインにより、従来モデルとは一線を画す印象を与えている。

自動巻き(Cal.EPM01)。39石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約96時間。SSケース(直径39.5mm、厚さ11.5mm)。5気圧防水。179万3000円(税込み)。
このリニューアルを手掛けたのが、スイス・ル・ロックル出身の時計デザイナーであり、現在は自身の時計デザインスタジオ「FUJION(フジオン)」を率いるアドリアン・ブッシュマン(Adrien Buchmann)である。
このたび、25年7月30日より8月26日まで日本橋三越本店にて開催される「三越ワールドウォッチフェア」に際し、来日したアドリアン・ブッシュマンへのインタビューを実施した。本リニューアルの背景と、そのデザインに込めた哲学について話を聞いた。
「ロワイヤル パリ」リニューアルについて、アドリアン・ブッシュマンが語る
――時計業界でのキャリアについて教えてください
私はスイス時計産業の重要拠点として知られる世界遺産の街、ル・ロックルの出身です。15歳の頃から時計に夢中になり、時計オタクとしての熱意を持って時計づくりに関わってきました。時計デザインと製造の専門教育を受けた後、約10年間、独立系スタジオで多くの有名ブランドと仕事をしました。例えば、グルーベル フォルセイなどの名だたるブランドのプロジェクトを、企画段階から実製品まで落とし込む仕事を担当しました。

その後、自ら「FUJION(フジオン)」という会社を立ち上げました。現在は社員6名ほどで、フランス、ドイツ、イギリスといった国々のブランドと協力しながら、時計デザインを手掛けています。
私たちは、製品のコンセプト立案から、技術的に製造可能かの検討、ムーブメント設計まで、一貫してコンサルティングしています。プロダクトの全体像をデザインするだけでなく、技術的な裏付けまで担っています。専門的な数学知識が必要な部分については専門家に任せますが、全体の構想や外装、動き方のアイデア、デザイン面は私たちが行います。細部の精密な演算や設計は、スペシャリストに託しつつ、全体の方向性や設計思想は私たちが担っています。
――ペキニエとの取り組みについて教えてください
私たちが時計の仕事を始めた頃、ペキニエはまだあまり知られていないブランドでした。でも、そこに面白さを感じたんです。あまり世に知られていないブランドであっても、興味深いストーリーや魅力を持っている。そうしたブランドの個性を引き出し、明確なアイデンティティを確立し、市場に紹介していくのが私たちのスタイルです。
スイスには約300の時計ブランドが存在しますが、物語は似通っていることが多い。ペキニエはフランスで貴重なマニュファクチュールブランドとして独自の可能性を秘めています。歴史もあり、技術的にも挑戦のしがいがあり、非常に面白いブランドです。これから先、さまざまな展開が可能で、ポテンシャルを強く感じています。
そして私が生まれたル・ロックルと、ペキニエの拠点であるモルトーは、地理的にも非常に近い場所です。車で15分程度の距離で、共に「ジュラ地方」と呼ばれています。その間に国境はありますが、時計産業の歴史的な流れを考えれば、文化的・技術的なつながりは深く、非常に親しみを感じています。
今回のコラボレーションは、ペキニエのマネージング・ディレクター、パトリック・ジング(Patric Zingg)から声が掛かって実現しました。いろいろな方向に進みすぎていたペキニエを少しまとめなければいけないということで、パトリックに呼ばれたんです。
その出発点として彼が選んだのが011年デビューの「ロワイヤル・パリ」のリニューアルでした。私はこれを見たときに、丸みを強調したデザインにより少し重たい印象を感じため、それを払拭する新たなデザインを考案しました。
ロワイヤル パリ 39.5 MMのリデザインで大切にしたこと
――最新モデル「ロワイヤル パリ 39.5 MM」について教えてください
今回発表した「ロワイヤル パリ 39.5 MM」は、ブランドの現在の立ち位置を分析し、それに合わせてデザインを再構築したものです。これまでの混乱を払拭し、より洗練された印象を目指しています。私としては、繊細でフランスらしいラグジュアリー感を持ったものに仕上げなければならないと考えました。

自動巻き(Cal.EPM01)。39石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約96時間。SSケー
ス(直径39.5mm、厚さ11.5mm)。5気圧防水。179万3000円(税込み)。
強調したいのは、「フレンチ・ラグジュアリーとは何か?」という点です。ギラギラした派手さではなく、洒落ていて、洗練されていて、形が整っている。繊細でスマートな印象を大切にしています。
視覚的なインパクトを与えるため、凹凸のある構造を意識しました。たとえば、特徴的なねじれたラグや、ケースサイドの凹み、文字盤への凹みのデザインです。これらには「グージュ」と呼ばれる彫り技法も用いました。ケースサイドからセコンドの枠まで一貫してコンセプトを守り、デザインの統一感を目指しました。
エッフェル塔を思わせるようなカーブの建築的要素も取り入れ、「サヴォワフェール」、つまりフランス的職人技を光らせることを意識しました。加えて、光の反射による陰影を活かした深みのあるデザイン、サテン仕上げの工夫などを施しています。ロワイヤル系ケースはこれまでフルポリッシュでしたが、輝きすぎて形が曖昧になるため、仕上げにコントラストを持たせて輪郭を明確にしています。
文字盤のインデックスには、グージュの溝を横切るようにバーインデックスを配して立体感を強調しています。新たなムーンフェイズは、同じ図柄を反転させて2枚プリントする構成を採用しています。描きたかったのは、「南半球、赤道付近から見た正確な満月」の姿です。満月の画像データは、NASAから取り寄せました。
スモールセコンドには、メインダイアルと層が異なる滑らかなすり鉢状の造形を採用しています。一体成型ではなく、別パーツを用いることで、より複雑な造形が可能になりました。別パーツの組み合わせという考えは、ペキニエの特徴でもある後付けラグの関係性と同じです。これは構造の自由度を飛躍的に向上させます。ただし、部品数の増加は製造難度とのバランスが必要です。
そしてケース仕上げにも徹底しました。従来のフルポリッシュでは、形状が曖昧になりやすく、すべてが“光ってしまう”印象がありました。そこで今回は、ポリッシュとヘアライン、サテンとマットなど、異なる仕上げを巧みに組み合わせ、輪郭の明確化と高級感を両立させました。

ケースサイズは直径39.5mmとし、ムーブメントのバランスと美観を最適化しました。実は最後の最後まで直径40mmがベストという声があったんです。でも、私としてはそこは譲れなくて、結果として直径39.5mmにしました。実は直径39mmまで縮小することも技術的には可能だと思います。しかし、それですとムーブメントとのバランスが悪くなります。そこで、直径39.5mmが最も良いサイズだと判断しました。
また、以前はブランドのアイコンでもあった「フルール・ド・リス」(百合のマークのロゴデザイン)ですが、文字盤からは省略したことで非常にシンプルかつスッキリとした印象になりました。個人的には良い判断だったと思います。パリやモルトージュネーブのペキニエのチームと綿密にやりとりを重ね、コンセプトは間違っていないと、何度もチェックしながら進行しました。
――今後の展開について教えてください
今回のリニューアルをきっかけに、「ロワイヤル パリ」を核としながら、今後はさらに派生モデルを展開していく予定です。たとえば、オートクチュール的な感覚や遊び心を取り入れる余地はまだまだあると思っています。
その中で大切にしているのが、感性を尊重しつつ、ブランドの過去をしっかりと受け継ぐことです。ブランドを再構築するうえで重要なのは、歴代のデザインへのリスペクトと未来への進化のバランスだと考えています。たとえば、針の形ひとつをとっても、いきなり大きく変えるようなことはしません。
過去にモデルを購入してくださったお客様が、新作を見て「これはまったく違うブランドみたいだ」と戸惑ってしまうようなことは避けたい。ですから、どこかに既存モデルとの共通点を残すようにしています。「あのモデルと似てるね」と感じてもらえるように、継続性を大切にしています。
一方で、「でも、前よりずっとモダンで洗練された印象だね」と言ってもらえるような進化や刷新も、しっかりと加えています。その両立こそが、私のデザインアプローチなんです。私は、時計づくりを「オートクチュール的な精神の表現」だと思っています。つまり、技術と感性の交差点に立ちながら、「時を装う」という芸術を追求していくこと。その姿勢は、これからのペキニエにも通じると信じています。