今回インプレッションするのは、深海へと挑む潜水艇のドーム型レンズから着想を得て、大きく張り出すバブルレンズ風防が与えられたスピニカーの「チャレンジャー」である。スピニカーからは、同様のコンセプトでデザインされたケース径45mmの「ピカール」がリリースされており、これが非常に大型であったため、“ジュニアピカール”としてケース径42mmにサイズダウンした新作がこのモデルとなる。インプレッションでは、丸く張り出した風防と、チャレンジャーに新たに加えられた文字盤の凹凸が生み出す魅力や、全体の完成度について述べてゆきたい。
自動巻き(Cal.NH35)。24石。2万1600 振動/時。パワーリザーブ約41時間。SSケース(直径42mm、厚さ18.5mm)。30気圧防水。7万4800円(税込み)。
マリンスポーツを行う人々のための時計をリリースするスピニカー
スピニカーはイタリア発の時計ブランドで、2019年に日本上陸を果たしている。ブランドの基軸となるのは、ヨットやフリーダイビングなどのマリンスポーツを行う人々のためのデザインである。以前は、ヴィンテージテイストを備えたダイバーズウォッチのつくり手として注目を集めたが、近年はモダンテイストやポップさのあるモデルなど、デザインの幅を広げている。
主なラインナップは、1970年代のテイストを取り入れた「デュマ」、コンプレッサーケースへのオマージュである「ブランダー」、バブルレンズ風防を備えた55気圧防水モデルの「ピカール」といった、ヴィンテージテイストがありながらもひとひねりの効いたモデルの他、モダンな「ハス」、スピニカーのハイエンドシリーズに位置付けられる「テセイ」などが並ぶ。
筆者の経験から語るスピニカーの特徴と魅力
筆者は、フォージドカーボンをベゼルインサートや文字盤に用いたテセイと、驚くほど大きく飛び出したバブルレンズ風防のピカールをインプレッションした経験がある。いずれのモデルもキーワードとなるような独自性を備え、それがデザインの重要なポイントとしてうまく作用していたし、トーンのバランスやディティールの見栄えは良好で、好印象を持っていた。このことから筆者の考えるスピニカーの特徴は、コンセプトの立案と、それを上手に表現しつつ良い着地点に落ち着かせるバランス感覚に優れる点であると考えている。そのほか、ケースシェイプやブレスレットのデザインが巧みで、着用感が良好であり、手堅いつくりをしている点を高く評価している。
“ジュニアピカール”に位置付けられる「チャレンジャー」がデビュー
ピカールは、マリアナ海溝最深部の1万916mまで潜水して探検したジャック・ピカールをたたえたモデルで、深海用潜水艇が猛烈な水圧に耐える厚いドーム型レンズを備えていることから着想を得て、大きく張り出したバブルレンズ風防を採用した点が特徴であった。
ピカールは、その風防やインパクトのあるサイズ感こそが魅力であるものの、ケース径45mm、風防を含め時計の仕上がり厚さは21.5mm(厚さは筆者実測)であり、とにかく大きいモデルだ。筆者個人は、大きさに由来するインパクトに面白さを感じてピカールが好きであるが、ライターとしての立場からは“広くおすすめするモデル”とは言い難かった。
ここに追加されたのが、今回インプレッションする「チャレンジャー」である。モデル名は、ジャック・ピカールが探検したマリアナ海溝最深部の通称が「チャレンジャー海淵」であることにちなんでいる。ケース径を42mm、時計仕上がり厚さ18.5mmとしたモデルで、スピニカー公式も本作を“ジュニアピカール”と位置付けている。
ピカールよりも小型とはいえ、大きさ、特に厚さのある本作について、実用性の有無や、ピカールにあった楽しさが残っているか? などについてレビューしてゆこう。
ヴィンテージテイストに根差しつつ特有の魅力を持つチャレンジャー
チャレンジャーは、ケースシェイプや回転ベゼル、ブレスレットといった構成がヴィンテージテイストに根差しており、コンサバティブなダイバーズウォッチにカテゴライズできそうだ。イエロー系の蓄光塗料や、リュウズガードを持たない点からもヴィンテージテイストを感じさせる。そして、最も大きな特徴が、大きく張り出したバブルレンズ風防であり、曲線で構成されたケースシェイプや丸形のインデックスとも相まって、柔らかく、カワイイ雰囲気に仕上がっている。
文字盤は、針の回転軸を中心とした円状のヘアライン仕上げと、シルバーアクセサリーなどで“ハンマード(槌目仕上げ)”と呼ばれるような凹凸がつけられ、砂地の海底で見られる海流による砂紋を表現している。その上に塗装を施すことで、ヘアラインと槌目の凹凸で濃淡が生まれているのが本作の特徴だ。ヘアライン仕上げの文字盤を叩いて凹凸を設ければヘアラインが潰れてしまいそうなものだが、本作ではくっきりと残っている点が面白かった。槌目とヘアラインの両方を一度の型打ちで成型しているのかもしれない。
屋外で本作の文字盤をのぞき込むと、風防に周囲の風景が映り込み、光源がキラキラと反射する。それと同時に、文字盤の槌目も濃淡のある光の反射を生み出している。これらが幻想的で、水面の反射や水中の光景を想起させるものであり、本作特有の魅力と言えるだろう。
スピニカーの“時計巧者”を感じさせる、良好な着用感
着用すると、手首周長約18cmの筆者にはフィット感が良好である。これには、ケースバックの飛び出しを抑え、ラグを曲げて手首に沿うフォルムとしている点が効いている。また、ケースサイドを裏蓋側に向けて削って傾斜をつけることで手首の可動範囲を確保しつつ軽量化を図ったことや、ピカールよりも薄手のブレスレットを組み合わせて、ここでも軽量化していることの効果によるものであろう。ただし、ブレスレットはタイトフィットに調整することは必須である。風防が大きく飛び出していることを除けば、着用感は引き締まったケースシルエットを持つダイバーズウォッチと変わらないものであった。サイズとラグ形状から、もう少し手首の細い方にもフィットしそうだ。
かなり癖のある視認性を欠点と評価するか否かは個人の判断に委ねられる
先にも書いた通り、夏場の強い光が文字盤に射し込むと、バブルレンズ風防と文字盤の凹凸で派手に反射して幻想的であるのだが、針とインデックスの位置関係が分かりにくくなる。さらに、少しでも斜めから文字盤を見ると、風防の曲面で盛大に歪み、手前のインデックスは見えず、どこを指し示しているか読み取りづらく、視認性が低い仕上がりだ。
厳しく評価したが、そんなことはスピニカーも分かってデザインしているはずで、ストイックなツールウォッチを求めるユーザー向けに、同社はテセイをはじめとした幅広いラインナップを用意している。丸く大きな風防のインパクトや、光の反射が生み出す表情に魅力を感じるか否かが本作を検討する際の重要なポイントとなる。
シックなトーンのバランスや作り込みの良さを感じる仕上がり
インプレッションしたグレー文字盤モデルは、インデックスのイエローにライトブルーの挿し色を効かせつつ、全体的に彩度を抑えている。ツールウォッチを見渡すと、ブラックとホワイトのワントーンカラーや、ビビッドな配色が多い中で、本作のようなシックなトーンのバランスは、ダイバーズウォッチが映える夏場だけでなく、幅広いシーズンにマッチしそうで好印象だった。本作以外に、ブルー文字盤モデルとグリーン文字盤モデルが現在ラインナップされている。
そのほかのデザイン面では、文字盤の凹凸とインデックスが生み出す立体感や、全体に施したサテン仕上げとエッジ部のポリッシュのコントラスト、ラグとエンドリンクの隙間の小ささなど、質感を高める作り込みの良さを感じさせる仕上がりであった。
また、本作の良好な着用感を生むラグ形状をはじめとしたバランス取りの上手さや、ブレスレット裏にクイックチェンジ機構を採用して付属するラバーストラップとの交換を容易にしたところなど、使い勝手を高める配慮が盛り込まれている。注文をつけたい点として残るのはベゼルの操作感の改善で、剛性があるのは良いのだが回転が渋くて操作しづらかった。しばらく使って馴染ませれば評価が変わるのかもしれない。
以上から、筆者がスピニカーの魅力と考えるデザインのバランス感覚と、堅実な作り込みはチャレンジャーでも健在であり、スピニカーらしさを楽しむことができる1本と言えるだろう。
驚きが楽しさに変わってゆくスピニカー チャレンジャー
本作を初めて手に取ったユーザーは、(ピカール程ではないにしても)バブルレンズ風防の大きな飛び出しに驚くのではないだろうか。その驚きこそがチャレンジャーやピカールの魅力であり、風防が生み出す歪みや周囲の風景の映り込み、光の反射が、本作を手にした時の驚きを呼び起こしてくれる。さらにチャレンジャーでは、文字盤に凹凸を設けてランダムに光を反射させ、キラキラとした幻想的な風景を生み出し、驚きに変化を加えるものとなっている。
チャレンジャーの魅力はこの“驚き”であり、そこに魅力を感じるか否かが、本作を楽しめるか否かの重要なポイントとなる。スピニカーは、この驚きを楽しむためにユーザーに我慢を強いることがないよう、着用感や使い勝手を向上させてバランスを取っており、筆者は本作に高評価を与えたい。
最後に、筆者の極めて個人的な感想を述べておこう。日差しの強い屋外では風防に盛大な反射が生じ、文字盤がキラキラして視認性を邪魔してくる中、手首を少し動かしてはキラキラの変化を楽しんでいた。ストイックなツールウォッチでは、見え方の変化のような偶発性を排除する方向に設計されるものだが、チャレンジャーはその逆を進み、本作特有の楽しさを生み出している。本インプレッションを通して“なんだか楽しそう”と思った人は、一度手に取ってみて欲しい1本である。