時計専門誌『クロノス日本版』の編集長であり、“ハカセ”の愛称でも知られる広田雅将が、ボール ウォッチの2025年新作「エンジニアハイドロカーボン ネドゥ G5 ジャパン リミテッド」を着用レビューする。高性能であることは言わずもがな、想像以上に優れた装着感、そして高級感の理由を、広田が撮影したディテールカットとともに、ひもといていく。
Photographs & Text by Masayuki Hirota(Chronos-Japan)
[2025年8月26日公開記事]
“600m防水のダイバークロノグラフ”をまとめ上げた手腕
ボール ウォッチの新作をテストすると聞いて、筆者は過去に着用してきたモデルに、いまいち納得できないものがあったことを思い出した。大昔の個体はブレスレットが緩くてヘッド(つまり時計部分)ヘビーであったり、外装の質感を高めたモデルはエッジが立ちすぎていたり、ハイスペックモデルはヘッドが重かったりしたためだ。600m防水のダイバークロノグラフです、と聞いても期待しなかった。しかしこれが、想像以上に良かったのだ。

自動巻き(Cal.RR1402-C)。25石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約48時間。Tiケース(直径42mm、厚さ17.3mm)。600m防水。日本限定50本。69万3000円(税込み)。
真面目に装着感を考えた構成
600m防水の、しかもクロノグラフとなればケースは大きく重くなる。エンジニアハイドロカーボン ネドゥ G5 ジャパン リミテッドの直径は44mm、厚さ17.3mm、そしてフルコマの状態での重量は209g(テスト機の実測は189g)。多くのメーカーが軽くて小さな時計を作ろうとする中、この打ち出しは真逆だ。
しかし本作の装着感は想像以上に良かった。最大の理由は、ヘッドとテール(つまりブレスレット部分)の重さのバランスを、素材で調整したこと。ヘッドは軽いグレード5チタン、ブレスレットとバックルにはグレード2チタンとステンレススティールを併用することで、重すぎるヘッドを軽くし、一方でブレスレットに重さを加えてみせた。決して軽い時計ではないが、着用時に手首の上でぐらぐらすることがないのだ。
装着感への配慮は、ケースの造型にも見て取れる。厚いケースにもかかわらずラグを下側に大きく湾曲させ、腕との接触面積を広げている。そして、ラグおよび裏蓋側のエッジも、丹念に落とされるようになった。今の基準からすると若干甘いが、これはツールウォッチだから、妥当な味付けだろう。また、弓管とひとコマ目のブレスレットをつなぐ中コマは、わずかに動くようになっている。稼働量はごく小さいが、これがあることで、細腕でもブレスレットはよく馴染むようになった。正直、ボール ウォッチがこれだけ時計作りに長けるようになるとは、予想外だ。
ケース側からバックル側にかけての絞りを押さえたブレスレットは、このモデルがガチのスポーツウォッチであることを示すポイントだ。なんと約140kgの引っ張り力に耐えるとのこと。スイスの一般的な基準である約25Kgに比べると過剰だが、少なくともこれは、見た目だけのブレスレットでは決してない。削り出しのフォールディングバックルも頑強で、時計の重さを支えるには十分な幅と厚みを持つ。個人的には微調整機構を加えてほしかったが、ボール ウォッチはあくまでも頑強さを重視したのだろう。仮にバックルに微調整を加えると、140kgの負荷には耐えられなかったはずだ。その証拠に、弓管を支えるバネ棒は、なんと1本ではなく2本に増やされていいる。また、ブレスレットのテーパーも控えめで、腕に巻いた印象を言うと、時計の重さをうまく腕全体に散らすことに成功した。バックルの厚みを考えるとどう考えてもデスクワークには向かないが、思い切った割り切りにはむしろ好感が持てる。ボール ウォッチが、オメガである必要はないのだ。
この時計、外装の質も良好だ。ヘッド部分には仕上げを加えやすいグレード5を採用することで、鏡面と筋目をうまく盛り込んだ。一方のブレスレットは純チタンのグレード2とステンレススティールだが、見た限り、仕上げのレベルはケースに遜色ない。外装の質のレベルを示すのが、裏蓋の深い刻印だ。グレード5の裏蓋にはかなり深く、アメリカ海軍特殊部隊である「NEDU」のロゴが施されている。触った感じ、ロゴは切削ではなくプレス。普通、こういったダイバーズウォッチには刻印を深く施さないのが定石だが、同社はケースの加工技術を見せたかったのかもしれない。また、ロゴを含むエッジは入念に落とされており、素肌を痛める心配も少ない。
ヘリウム排出バルブを内蔵した、ユニークなリュウズ
この時計のハイライトは、リュウズに組み込まれた「リュウズビルトイン型自動減圧バルブ」(特許取得済み)である。普通、こういったプロフェッショナル向けのダイバーズウォッチは、ケースサイドにヘリウム排出バルブを設ける。対してボールウォッチは、リュウズと一体化したヘリウム排出バルブを開発。リュウズの中心部が飛び出して、ヘリウムガスを排出するという仕組みは類を見ないものだ。ダイバーズウォッチはリュウズ周りをいじらない、というのは常識だが、ボールウォッチはよほど、ケースの堅牢性に自信があるのだろう。実際試す機会はなかったが、内側にヘリウム排出バルブを内蔵するにもかかわらず、リュウズのガタはうまく押さえられていた。加えて、リュウズをカバーする「セーフティロック・クラウンシステム」により、不用意にぶつけても巻き芯が歪む心配はなさそうだ。もちろんここの部品も、かつてのボールウォッチと異なり、丁寧に角が落とされている。

高級感と機能性の両立
意外だったのは、本作が放つ高級感だ。回転ベゼルのリングには、スーパールミノバを埋め込んだセラミックスを、そして文字盤にMOP(マザー・オブ・パール)を採用することで、ハイスペックのダイバーズウォッチとは大きく異なる見た目を持った。加えて、ボール ウォッチではおなじみの、幅の広い、そして表面をダイヤモンドカッターで剥いた時分針およびインダイアルに置かれた3つの針は、この時計をいっそう高級に見せる。ケースの作りが甘ければアンバランスだが、あえて採用できたのは、外装の出来に自信があればこそだろう。正直、全体の仕上げは、一昔前のIWC「アクアタイマー」と同じか、わずかに勝っている。
回転ベゼルと針、そしてインデックスに配された自発光マイクロ・ガスライトにより、暗所の視認性も良好だ。ただし、暗所ではスーパールミノバを配した回転ベゼルの方が目立つし、個人的な意見を言うと、時分針をもう少し細くして、代わりに太いマイクロ・ガスライトを載せた方が、視認性は改善されるはずだ。

結論
600m防水を持つクロノグラフを、使えるパッケージにまとめた「エンジニアハイドロカーボン ネドゥ G5 ジャパン リミテッド」。しかしそれを可能にしたのは、力業ではなく、細かいディテールに見られる配慮だ。
装着感が良いからと言って、さすがにこの時計を万人に勧めるのは難しい。しかし、タフで上質なダイバーズウォッチを探す人にとって、これは大穴に思える。正直、ボール ウォッチがこれほどいい時計を作るとはなぁ。ほぼ手放しで褒めているが、本作には、それだけの価値がある。
https://www.ballwatch.co.jp