時計経済観測所/参院選与党敗北で円安加速? トランプ関税もあり消費減退か

2025.11.02

2025年7月20日に行われた第27回参議院議員通常選挙。結果、与党である自民党・公明党は122議席と過半数割れとなり、代わって国民民主党や参政党が伸びを見せた。財政政策が一転して政治が混乱すれば、再び円安が強まることが懸念される。今回の参院選での与党大敗は、景気の先行き、そして高級時計市場にどのような影響を及ぼすのか? 気鋭の経済ジャーナリスト、磯山友幸氏が分析する。

磯山友幸

磯山友幸
経済ジャーナリスト/千葉商科大学教授。1962年、東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞社で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、『日経ビジネス』副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。政官財を幅広く取材している。著書に『国際会計基準戦争 完結編』『ブランド王国スイスの秘密』(いずれも日経BP社)など。
【磯山友幸 公式ウェブサイト】http://www.isoyamatomoyuki.com/
磯山友幸:取材・文
Text by Tomoyuki Isoyama
安堂ミキオ:イラスト
Illustration by Mikio Ando
[クロノス日本版 2025年9月号掲載記事]


参院選与党敗北で円安加速? トランプ関税もあり消費減退か

 参議院議員選挙で自民党・公明党の与党が大敗を喫し、過半数を割り込んだ。衆議院と並んで参議院でも少数与党となったことで、政局は一段と混迷していく見込みだ。石破茂首相は続投を宣言したものの求心力の低下は否めない。

 参院選では国民民主党と参政党が大きく躍進した。働く世代の手取りを増やすことや消費税減税などを訴えており、他の野党とともに今後、物価高対策としての減税などに突き進む可能性が出てきた。財政のさらなる悪化が懸念されれば、日本の財政に対する世界の信頼が失われることにつながりかねず、そうなれば、再び円安基調が強まることも予想される。

財政悪化でさらに円安に?

 日本銀行が毎月発表している「実質実効為替レート」は他の通貨に対する円の強弱を示すが、2025年5月時点では74.55(2020年を100とする)になった。直近で最も円が弱くなったのは2024年7月の68.27で、その時に比べれば円高方向に振れていることになるが、水準としては1970年1月の75.09よりも円安ということになる。当時の円ドル為替レートは1米ドル=360円だから、当時よりも円の実効レートは円安になっているというわけだ。日本が貧しくなったと感じるのは無理もない。

 今回の選挙の結果、給付金の支給や減税といった財政悪化をもたらす政策が次々と打ち出されるようなことになれば、実質実効為替レートは去年7月の68.27に向けて再び下落を始める可能性が高い。米ドル自体も為替としては弱くなる政策が取られていて、円ドルレートがどうなるかは読みにくいが、さらに円安が進む可能性もある。

 そうなると、ますます輸入品の価格は上昇することになりかねない。物価高対策で財政支出をした結果、さらに円安になって、輸入物価の上昇をもたらすという、悪循環に陥るわけだ。

 これまで円安による訪日外客数の増加や、インバウンド消費の増加で、日本経済に追い風が吹いていたが、物価上昇がさらに進めば、国内消費に悪影響を及ぼす可能性が強まる。国内景気が本格的に悪化してくることになりかねない。

スイス時計の日本向け輸出に急ブレーキ

 ここへきて、スイス時計の日本向け輸出に、急ブレーキがかかっているのも、そうした景気悪化を先取りしているのかもしれない。スイス時計協会FHの統計によれば、2025年6月の日本向け輸出は1億5560万スイスフラン(約287億円)と前年同月比11%の減少となった。1-6月の累計では9億3150万スイスフラン(約1720億円)と、中国本土や香港向けの累計額を上回って、米国に次ぐ2位になった。もっとも、これは中国本土向けが18.7%減、香港向けが13.3%減と大きく落ち込んでいるのが原因で、日本向け自体も3.2%のマイナスになっている。米国向けは累計で20.4%増となっており、世界の消費を牽引している格好だが、スイス時計の全世界向け輸出合計では前年同期比0.1%のマイナスに転じており、世界経済が急速に減速していることを示している。

 もちろん、これはトランプ関税の影響が大きいことは言うまでもない。日本に対しては8月1日を期日に15%の関税を課すことで7月23日に合意したとトランプ米大統領がSNSで発表した。当初言われていた25%より低くなったことで、日経平均株価が大幅に上昇するなど、市場は歓迎している。だが、自動車にしてもその他の輸出品目にしても15%という高率の関税がかかるわけで、日本の米国向け輸出は当然ながら、世界経済にも大きな影響を及ぼすことは間違いない。

 日本の為替が当面、円安方向に動くとして、楽観的なシナリオでは、それがインバウンド客のさらなる増加に結びつき、消費を押し上げることになると読むこともできる。一方、悲観的な見方では、円安による物価上昇で、国内景気を一気に冷やし、結果、消費も落ち込んでいくと考えることもできる。いずれにせよ、状況は読みにくい。訪日外国人による高級時計などの高額品消費がさらに伸びるのか、あるいは頭打ちになるのか。ここ数カ月が分岐点になる可能性が大きい。


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