ブランパン「オーシャンコミットメント」モデルの最新作、「フィフティ ファゾムス テック BOC IV」が発表された。この腕時計は、フィリピン・パラワン島のシャークフィン湾周辺で、海洋の再生に取り組む、スルバーイ環境財団を支援するものだ。同団体の環境保護支援と、「オーシャンコミットメント」シリーズの軌跡に迫る。

Text by Roger Ruegger
ブランパン:写真
Photographs by Blancpain
岡本美枝:翻訳
Translation by Yoshie Okamoto
Edited by Yousuke Ohashi (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2025年9月号掲載記事]
ブランパン「フィフティ ファゾムス テック BOC IV」
フレデリック・タルデュー氏と妻のクリスティアーネ氏は、まさに地上の楽園の守護者だ。フィリピン・パラワン島近くの小島、パンガタラン島。パラワン島とその周囲の島が、1990年にユネスコの生物保護区に指定され、この小島も含まれた。だが、2011年当時のパンガタラン島は理想郷とは程遠く、荒廃の一途をたどっていた。

フランス出身のタルデュー夫妻がスルバーイ環境財団を通じて約4.5ヘクタールのこの島を取得した当時、マングローブの林は木炭生産のために違法に焼き払われ、鳥類や昆虫類は絶滅寸前の状態だった。以前の所有者は、島南部のビーチの砂を売却し、ダイナマイトや罠、猛毒のシアン化合物を用いた違法かつ非常に有害な手法で、大量の観賞魚を捕獲していた。魚を一時的に麻痺させて捕らえるこの方法は、環境への負荷が極めて大きい。
さらに、この島では、それまで一度として廃棄物の処理が行われたことがなかった。タルデュー夫妻は、島の再生に取り組み始めた最初の数年間だけでも、砂浜から3000個を超える電池を回収した。夫妻は、持続可能な植生と土壌の再生を目指し、これまでにおよそ8万本の樹木を植樹してきた。その中には、約1万2000本に及ぶマングローブの苗木も含まれている。「私たちは、この見捨てられた島を、持続可能な開発のモデルへと生まれ変わらせたのです」と、フレデリック氏は語る。

パンガタラン島再生の軌跡
しかし、タルデュー夫妻の挑戦は、これで終わりではなかった。2016年には、スルバーイ環境財団の活動に海洋生態系の保護と再生が加わり、パンガタラン島周辺の海域は、近隣のタイタイ市、デプラ集落、シランガ集落との協議を経て、46ヘクタールが海洋保護区に指定された。スルバーイ環境財団では、15年にはすでに、損傷したサンゴ礁を復活させるためのスールー・リーフ・プロステーシスを開発した。この人工岩礁は設置が容易で、コストが低く、サンゴの定着性が安定している点が特徴的だ。

シャークフィン湾の海域における海洋保護区は、近年、5カ所にまで拡大された。「長年にわたる地域コミュニティーとの連携を通じて、私たちの取り組みに対する信頼が築かれ、共に行動したいと願う人々が増えていったのです」と、タルデュー氏は語る。地域コミュニティーと協力しながら管理する海洋保護区のネットワーク構築を目指し、シー・アカデミー・プログラムが創設された。具体的には、海洋保護区の整備、サンゴ生息地の再生、啓発と教育、広報活動を4つの行動上の柱としたプログラムだ。
現在、同財団が手掛ける多くの持続可能なプロジェクトは、エコツーリズムによって支えられている。持続可能なエコロッジ基準に合わせ、プール付きヴィラが建造された。飲料水に湧き水を用い、必要なエネルギーは太陽光でまかなう。このヴィラは観光客に提供されることもある。加えて、日々消費される食材は、敷地内の農園で有機栽培されており、リサイクルや輸送に関するインフラも整えられている。ヴィラの敷地は、島全体の面積中の5%程度だ。
タルデュー夫妻の環境再生への地道な努力のおかげで、パンガタラン島は、わずか数年で再び楽園のような島へとよみがえった。それだけではなく、近隣地域に雇用を生み出し、住民にとっての重要な収入源となった。従業員の98%は、この島の近隣の村々から船で通勤しており、これは地域経済に大きな恩恵をもたらすと同時に、将来のプロジェクトを支える、持続的な基盤ともなっている。
腕時計ブランドが挑む海洋保護
2019年、スイスの高級腕時計ブランド、ブランパンは、スルバーイ環境財団とのパートナーシップを締結した。ブランパンの社長兼CEOのマーク・A・ハイエック氏は次のように述べている。
「『フィフティ ファゾムス』が海洋探査に果たしてきた役割を継承し、ブランパンは海洋問題への意識を高める取り組みを支援しています。とりわけ、手付かずの自然が持つ、感動的な美しさを伝えようと、前向きなメッセージを発信する活動に尽力する人々を応援しています」

25年2月には、これを裏付ける前向きなステートメントとして、ブランパン×スルバーイ マリン リサーチ センターの開設が発表された。この新たな研究センターは、パンガタラン島からボートで約30分の距離にあるサンドバル集落北部に設置され、スルバーイ環境財団のシー・アカデミー・プログラムの一環として設立されたものである。この施設は地域コミュニティー、研究者、行政が海洋生態系とその保護に関する知識を共有する場となることを目的としており、ブランパンの資金提供によって実現したものだった。
科学的知見と地域社会との協働を通じて、パラワン島地域における海洋生態系および海洋資源の保護と管理の強化を図るとともに、地域住民が主体的に行動を起こすための意識付けにも取り組んでいる。また、このセンターは、生物多様性と海洋生態系の再生に向けたハブとしての機能も果たす。太陽光をはじめとする再生可能エネルギーの活用、有機農法、水源の確保など、持続可能性の観点から見て、模範的な取り組みを展開する施設だ。さらに、大学との連携により、研究者に現地での調査やフィールドワークの機会を提供。パラワン島の生態系および海洋保護区の長期的な保全を支援するため、地域の漁業関係者、教育関係者、環境保護団体を対象とした研修プログラムも実施している。
この意義深く、将来性のあるプロジェクトを、今よりもさらに前進させるべく、ブランパンは「BOC(ブランパン オーシャンコミットメント)」限定モデルの第4作となる、「フィフティファゾムス テック BOC Ⅳ」を、この地域での海洋保護活動にささげている。1本の販売につき1000ユーロがブランパン×スルバーイ マリン リサーチ センターに寄付され、総額で10万ユーロの基金が創設される予定になっている。
オーシャンコミットメントプログラムは、ブランパンが取り組むさまざまな海洋保護活動を統合することを目的に、14年に正式に発足した。初代モデルとして登場したのは「フィフティ ファゾムス バチスカーフ フライバックオーシャンコミットメント」である。その2年後には、ブルーのセラミックス製ケースを採用した「フィフティ ファゾムス バチスカーフ フライバックオーシャンコミットメントⅡ」が続き、18年にはケース径40.3mm、文字盤とベゼルがブルーカラーの「フィフティファゾムス オーシャンコミットメントⅢ」が発表された。そして、フィフティ ファゾムス テック BOC Ⅳが、ブランパンの海洋保護に対する揺るぎないコミットメントを示す時が来た。テクニカルダイビングのために開発された本作は、クラシカルなフィフティファゾムスの精神を継承しつつ、現代的に再解釈されたモデルである。



進化したダイバーズ、BOC Ⅳの実力
本作は2023年に発表されたやや大型の「フィフティ ファゾムス テック ゴンベッサ」と同じく、ケースの直径は45mmであり、一体型のラバーストラップが組み合わされたものだ。ブラックカラーの文字盤は、最大97%の光を吸収し、極めて高い視認性を実現。フィフティ ファゾムス テック ゴンベッサは、リブリーザーを用いた長時間潜水のために設計されている。他方、ベゼルにセラミックスを採用した本作は、最大60分の潜水時間を計測することができる、より伝統的なデザインの3針ダイバーズウォッチだ。

フィフティ ファゾムス テック BOCⅣは、100本限定のモデルである。内部で時を刻むのは、ブランパンの自社製ムーブメントであるキャリバー1315Aだ。3つの香箱により、約5日間のパワーリザーブを備える。ヒゲゼンマイはシリコン製のものを採用。サファイアクリスタル製のトランスパレント仕様の裏蓋を通して、控えめながらも精緻な仕上げが施された、このムーブメントを堪能することができる。肉抜き加工されたローターに施された、ブランパンのオーシャンコミットメントのロゴは特筆すべき出来栄えと言えるだろう。
ケースの設計、特に、中央の接続パーツで固定される、新しいラグ構造の恩恵により、ケースとブラックのラバーストラップがシームレスに一体化されている。人間工学に基づく洗練されたケースは、直径45mmという堂々としたケース径でありながら、そのサイズを感じさせず、装着感は快適だ。とはいえ、現時点では代替ストラップの選択肢は用意されてはいない。

30気圧防水の本作は、10時位置に飽和潜水用のヘリウムエスケープバルブを備え、3時位置のねじ込み式リュウズと同じく、ケースのアクセントとなっている。リュウズは精巧なリュウズガードで守られ、ストラップを固定するパーツと、視覚的な統一感を生み出している。逆回転防止ベゼルはグリップ性に優れ、リュウズの意匠とも調和しているが、サファイアクリスタル製インサートを採用した、他のフィフティ ファゾムスと比べると、やや無骨な印象を与える。
ブランパンはケースの素材にサテン仕上げを施したグレード23チタンを採用している。これは、一般的なグレード5チタンよりも酸素と鉄の含有量を抑えた高純度素材で、比重が低く、耐食性に優れている。

文字盤に配された「Tech」のロゴと、秒針を彩るブルーカラーは、ブランパンがオーシャンコミットメントプログラムにささげた限定モデルに共通するカラースキームだ。高度な複雑機構を備えた11年のXファゾムス、23年のフィフティ ファゾムス テック ゴンベッサ、そして、25年のフィフティ ファゾムス テック BOC Ⅳの登場により、ブランパンのフィフティ ファゾムスの「テック」と名付けられたシリーズは、一層充実したものとなった。
316万8000円(税込み)で発売された(現在は完売)本作は、664万4000円(税込み)のXファゾムスや438万9000円(税込み)のフィフティ ファゾムス テック ゴンベッサに比べると、価格を抑えたモデルである。だが、限定モデルではないチタン製「フィフティ ファゾムス オートマティック」の286万円(税込み)よりは高額だ。
ローラン・バレスタ氏とカブトガニ
フィフティ ファゾムスのうち、テックと名の付くシリーズは、2023年にテクニカルダイビングのための新たなシリーズとして導入された。ゴンベッサ・プロジェクトの創設者であるローラン・バレスタ氏と、マーク・A・ハイエック氏の共同開発によって誕生したものであり、プロフェッショナルダイバーの高度な要求に応えるべく設計され、現代的な意匠を備える。バレスタ氏はブランパンが信頼を寄せるパートナーであるだけでなく、パンガタラン島とも深いつながりを持つ人物だ。「ザ・ゴールデン・ホースシュー」と題した作品で、23年の「ワイルドライフ・フォトグラファー・オブ・ザ・イヤー」を受賞。60年の歴史を持つ本賞において、2度の受賞を果たしたのは史上ふたり目だ。

この賞の審査委員長を務めたキャシー・モラン氏は、この作品を次のように称賛している。
「カブトガニが自然の生息環境の中で、これほど生き生きと、そして、幻想的な雰囲気をもって写し出されている光景に圧倒された。私たちが目にしているのは、太古の昔から存在し、深刻な絶滅の危機に瀕している種であり、人類の健康にとっても極めて重要な生物だ。この事実に深く心を動かされた。彼の写真はまさに光を放っているようだ」

カブトガニは、約1億年以上にわたり、その姿をほとんど変えていない種だ。だが、現在では生息地の喪失に加え、食用や製薬目的で利用される青い血を狙った乱獲により、絶滅の危機に瀕している。しかし、フィリピン・パンガタラン島周辺の保護水域では、その生存に希望が見いだされている。
フィフティ ファゾムス テック BOCⅣを手にする100人のコレクターには、寄付証明書に加え、100部限定のオリジナル写真が提供される。この写真作品は、腕時計のシリアルナンバーに対応してナンバリングされており、ローラン・バレスタ氏の直筆サインが添えられている。それは、フィリピンのパンガタラン島で撮影されたカブトガニ(英語ではホースシュークラブと呼ばれる)の写真だ。





