ブランパンの「フィフティ ファゾムス バチスカーフ コンプリートカレンダー ムーンフェイズ」にセラミックケース&ブレスレットを備えた新作が加わった。同作のケースに施された精緻な仕上げや、ブレスレットコマの可動域を抑えることで実現した高級機然とした装着感が、ブランパンの知見とスウォッチ グループの底力を感じさせる。そんな1本だ。
細田雄人(クロノス日本版):文 Text by Yuto Hosoda (Chronos-Japan)
[2024年8月21日公開記事]
ブランパンの凄みを知らせるセラミックス
高級時計ブランドとひとくちで言ってもさまざまだ。
小規模ながら、創業者やブランドの色を濃く打ち出すことで成功を収めるマイクロメゾン。ファミリービジネスによる、一貫したものづくりと伝統を強みとしたごく一部のオーナー企業。グループ企業のしがらみを持たず、ユニークな時計作りを可能とする独立系ブランド。そして複数の時計グループがひとつの資本の下に集まって形成されるコングロマリット。ひとり、もしくは数人の協力者で全てを賄う独立時計師を除けば、大半はこのいずれかに分類されるはずだ。
各形態によって当然メリット・デメリットが存在するため、高級時計のビジネスとして何が優れているかというのは断言できない。しかし、ブランパンの新しい「フィフティ ファゾムス バチスカーフ コンプリートカレンダー ムーンフェイズ」を見ると、ブランパンの技術力を知ると同時に、やはり大グループに所属することのメリットも感じざるを得なかった。
(左)Ref.5054 0153 01S(右)Ref.5054 0140 01S
自動巻き(Cal.6654.P.4)。28石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約72時間。セラミックケース+セラミックブレスレット(直径43.6mm、厚さ14.1mm)。300m防水。386万1000円(税込み)。
https://www.blancpain.com/ja/bathyscaphe-beyond-black
なぜ新しいバチスカーフはスウォッチ グループ、そしてブランパンの凄みを感じさせる時計なのか。理由はセラミックスの外装、特にブレスレットにある。
セラミックケース製造の鍵を握るサプライヤー
優れたダイバーズウォッチの開発とは、言い換えるなら、優れた外装の開発に他ならない。高い防水性能を得るためにはケースの噛み合わせを精緻にしなければならないし、パッキンも用途によって適切なものを使用しなければならないからだ。
そんな分野で長年にわたってプロダクトを作り続けてきたブランパンは、優れた外装を生み出す見識を多く所有している。代表的なのは熱間鍛造だろう。プレスによる型打ちの後、窯でケースを熱し、さらに鍛造&切削を繰り返す熱間鍛造は大掛かりな設備とノウハウが必要とされるが、その半面、素材の密度を高めることで強度と靱性を同時に高めることができる。
この熱間鍛造があったからこそ、「フィフティ ファゾムス オートマティック」は歪みない鏡面を持つステンレススティール製ケースを実現させ、高級ダイバーズウォッチという唯一無二のブランディングを手にすることができたし、ケース素材として理想的な特性を多く持ちながらも、耐久性にのみ弱点があったグレード23チタンを他社に先駆けて採用できたのだ。
これらブランパンの金属系ケースは、ケースサプライヤー旧シモン・エ・メンブレの流れを汲むブランパンの外装部門が手掛けており、文字通り自社製ということになる。しかし、今回発表されたフィフティ ファゾムス バチスカーフ コンプリートカレンダー ムーンフェイズではセラミックス、つまり非金属素材が外装に用いられた。
粉末状の酸化ジルコニウムに顔料を混ぜ、射出成型の後に焼成するセラミックケースは、鍛造や鋳造・切削で成形する金属系素材のケースとは全く異なる設備・ノウハウが必要となる。そこで鍵となるのがコマデュールというサプライヤーである。
https://www.blancpain.com/ja/bathyscaphe-beyond-black
同じスウォッチ グループ傘下のコマデュールはセラミックスのスペシャリストだ。同じスウォッチ グループのブランドのみならず、他社も含め幅広いメーカーにセラミックス製の外装を卸しており、そのクオリティの高さは業界でも折り紙付きだ。
そのためフィフティ ファゾムス バチスカーフ コンプリートカレンダー ムーンフェイズのセラミックケースも当然、コマデュールが製作を担っている。グループのトップブランドであるブランパンの品質基準で、コマデュールがセラミックケースを作る。この事実に思わず気持ちが昂ってしまう時計愛好家は、決して少なくないはずだ。
繊細で精緻な作りが目立つセラミックケース
それでは実際に、フィフティ ファゾムス バチスカーフ コンプリートカレンダー ムーンフェイズのセラミックケースを見ていこう。
まず目を引くのは、全面に入れられたサテン仕上げだ。各面に対してそれぞれ入れられる筋はひとつひとつが非常に細かく、その微細な仕上がりに驚かされる。そんな繊細なイメージとは対照的に、面と面が交差する角はしっかりと立っており、バチスカーフのシャキッとしたケースの造形美はセラミックスでも守られている。ブレスレットとラグの弓間も詰まっており、いかに工作精度が高いのかが良く分かる。
注目すべきはカレンダーを調整するためにケースサイドに開けられた4つのコレクターだ。当然、コンプリートカレンダーを搭載する同作であっても、フィフティ ファゾムスを名乗る以上、300mの防水性能は必須。ケースの穴と稼働パーツのクリアランスを最小限に留め、パッキンを噛ませることで高耐圧ケースを作るという行為は、精緻なケースの製造技術を持つブランパンであれば当然のことかもしれない。しかし、焼成によって縮小するセラミックスでそれをやってのけてしまったコマデュールには脱帽だ。
またケースバックには、オメガのダイバーズウォッチで採用されるナイアードロックと同様の手法を用いることで、裏蓋のブランドロゴが正位置(12時位置上)にくるようにねじ込まれている。通常セラミックスはネジを切れないが、ミドルケースと裏蓋の間に中間リングを噛ませ、47度の角度でねじ込ませる同手法ならば見た目がいいだけではなく、セラミックケースで高い防水性能も両立できる。
コマの可動域を抑えることで得た、高級毅然とした装着感
優れたサプライヤーや独自技術のグループ内共有は、冒頭でも書いたように、ブランパンならびにスウォッチ グループの大きな“強み”である。
しかし勘違いしてはいけないのは優れたサプライヤーと仕事をすれば、苦労せずとも良質なパーツが得られるわけではないということだ。メーカーはサプライヤーの技術を見極め、彼らが実力を発揮できるような高い要求をしなければならない。しかし、サプライヤーの技術を見誤れば満足するクオリティのものを作れないかもしれないし、なんとか基準の達したものを作れたとしても、生産を続けるにつれ、納期の遅延や品質の低下を招くかもしれない。高い要求は、発注者の見識なしには成し得ないものだ。
フィフティ ファゾムス バチスカーフ コンプリートカレンダー ムーンフェイズのブレスレットは、そのことを象徴する最良のサンプルである。当然、製作したのはコマデュール。しかし、このブレスレットはブランパンの高い見識が作り上げた傑作と言っても過言ではない。
このセラミックブレスレット最大のポイントは、詰められたクリアランスにある。本来、セラミックスというのは傷が付きづらい半面、衝撃には強くない。ダイヤモンドの次に“硬い”が、決して“固い”素材ではないのだ。そのため多くの時計メーカーがセラミックスでブレスレットを作る際はコマとコマの遊びを大きく取ることで、コマ同士の接触による破損を防ぐようにしている。もちろんこれは、コマデュールも例外ではない。
しかしブランパンはステンレススティールやチタン同様に、コマ間のクリアランスを詰め、遊びを抑えた高級機然の感触をセラミックブレスレットにも求めた。「革新こそ伝統」を社是に掲げるブランパンとしては、素材の特性を理由に妥協することはあり得ないことなのだ。
この要求に対して、コマデュールは全く新しいアプローチでブランパンの理想を具現化した。つまりコマ同士がぶつからないように空間を開けるのではなく、コマ同士が遊ばないように可動域を制限しようという発想だ。
その腕にかっちりと収まる装着感はこれまでのセラミックブレスレットとは一線を画す。従来品が、肌触りと軽さという素材そのものの特性に頼り切った装着感の良さだとすれば、同作のそれは設計によってしっかりと考え抜かれた末のものだ。おそらくこのブレスレットであれば、もっとヘッドヘビーな時計であっても、軽快に装着することができるのではないか。
スウォッチ グループの知見が活かされたセラミック外装
長年にわたるダイバーズウォッチ製造で培った外装に対するノウハウを持つブランパンと、業界随一のハイテクセラミックスメーカーが同じグループに属し、その知見をフルに活用してモノづくりに活かせる。そのアドバンテージは正直、計り知れないものがある。フィフティ ファゾムス バチスカーフ コンプリートカレンダー ムーンフェイズが見せた優れた外装は、その片鱗に過ぎないのかもしれない。
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