永遠に語り継がれるタイムピース #19　ヴァン クリーフ&アーペル「レディ アーペル ポン デ ザムルー ウォッチ」

ヴァン クリーフ＆アーペルが掲げるのは、「ポエトリー オブ タイム（詩情が紡ぎだす時）」という独自のビジョンである。文字盤装飾の極みとも言えるメティエダールの一方で、複雑機構を用いることで詩情溢れる世界観を描いてきた。「ポエティック コンプリケーション」の象徴たる橋の上の恋人たちが、永遠なる愛の物語を紡ぎ出す。

ラブストーリーは終わらない 恋人たちの時間よ永遠に

　ジュエリーとウォッチの両分野においてヴァン クリーフ＆アーペルの根幹に据えられてきた理念が〝愛〞の物語だ。それは宝石商の娘エステル・アーペルと宝石細工職人の息子アルフレッド・ヴァン クリーフの結婚から始まるストーリーであり、永遠なる愛の創造をもって、メゾンは情感溢れる詩情という独自の世界観を築き上げてきた。

　ハイジュエラーにとって、クリエイションの革新は常に、稀少なジェムストーンとともにある。ヴァン クリーフ＆アーペルにおいても後世に名を遺す数々の伝説が語り継がれているが、その一方で、メゾンは夢の物語を構築するためのサヴォアフェールの継承にも力を注いできた。例えばメゾンが1933年に特許を取得した、表から石を留める金属の見えないミステリーセット技法は、貴石の魅力を最大限に導き出し、花や葉を滑らかにかたどることで自然への尽きぬ賛美を謳う。また1940年代に登場したフェアリーやバレリーナのクリップは、ワックスの原型から彫金に至るまで、各分野の専門家がミリ単位の誤差に妥協することなく首の傾げ方、そして微細な動きを思わせる手や足の芸術的なフォルムで夢のような世界を綴っている。そうした独自の表現を追求するハイジュエラーの技術は時計においても違わず、パリの工房で施されるハイジュエリーウォッチのジェムセッティングや文字盤上のフェアリーへと継承されている。

　ハイジュエラーの芸術に機械式時計の動きを組み込み、詩情溢れる世界を描く「ポエティック コンプリケーション」が登場したのは、2006年のことだ。文字盤の装飾は動きを伴うことで命が吹き込まれ、まるで舞台を眺めるようなイマジネーションが繰り広げられることとなった。同コレクションは、最新作となるオートマタの「レディ アーペル バル デ ザムルー」やフェアリーの魔法の杖が時を告げるレトログラードモデル、そして植物学者カール・フォン・リンネの花時計から発想した複雑技巧など、実に多彩なラインナップを展開してきたが、コレクションの象徴として圧倒的な存在感を誇るのが、2010年に登場した「レディ アーペル ポン デ ザムルー」である。

　描かれたのはセーヌ川のほとり。傘を差した女性とバラの花を隠した男性が、ダブルレトログラードの機構によって徐々に近づき、正午と深夜零時にキスを交わす。夜の闇に包まれたパリの街並みや、月や星が輝く夜空には、グリザイユ エナメルが用いられた。16世紀にフランスで誕生したとされるグリザイユ エナメルは、ダークカラーの背景にブラン ドリモージュと呼ばれる白のエナメルを重ねていく手法で、明暗異なるモノクロームの視覚的効果で光と影が織りなす、水彩画のような世界を完成させる。月明かりが照らす夜の情景を再現したグリザイユ エナメルは、この時計の象徴的なメティエダールと呼ばれてきたものだ。

　また、初代モデルにはなかったオンデマンドのシステムにより、現在はふたりの恋人が出会うアニメーションを好きな時に再現することができる。その際に加えられたのが、ストップモーションの仕組みだ。恋人たちはキスをする前に、ほんのひと時、立ち止まる。この静止の瞬間があってこそ、「時が物語を告げる」という「ポエティック コンプリケーション」の世界観は完成する。なぜならば、逢瀬を待ちわびたふたりが出会って見つめ合い、喜びを慈しむ心の機微までもが、この短い動きの中に秘められているのだから。

　ヴァン クリーフ＆アーペルにとって、複雑機構とは技術力を誇示するためのものではない。愛の物語を紡ぐために存在するのだと、「レディ アーペル ポン デ ザムルー」は語りかける。