斬新なギヨシェ彫りが古典的テーマを再解釈し、表現する。ヴァシュロン・コンスタンタンの新作「メティエ・ダール ─12星座へ想いを馳せて─ 」は、すべてトゥールビヨンが搭載され、12星座それぞれを掲げるコレクションである。

Photographs by Takeshi Hoshi (estlleras)
並木浩一:文
Text by Kouichi Namiki
Edited by Yuto Hosoda (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2025年11月号掲載記事]
ヴァシュロン・コンスタンタンから学ぶオートオルロジュリーの世界
星占いにも用いられる黄道12星座の起源には諸説あるが、古代メソポタミア文明のバビロニアというのが有力だ。紀元前にはすでに、星座線をつないだ具象を人類は描き出していた。それから千年紀を2回重ねてもまだ魅力的に映る形象をいま、どのように腕時計に落とし込むべきか。卓抜した美意識で織り出されたヴァシュロン・コンスタンタンの回答が「メティエ・ダール ̶ 12星座へ想いを馳せて ̶」である。
12星座のモチーフは想像上の存在も含め、古代の人間が空想で天空に像を結んでみせたものだ。宇宙空間の一隅を切り取ったキャンバスに、絵を夢想した。一方、ヴァシュロン・コンスタンタンは、メティエ・ダールの芸術技法を駆使して、その絵の空想世界を現実化してみせた。重要なテクニックは、極めて先鋭的に使われたギヨシェ彫りである。主題の輪郭に、ピッチを変えて彫る直線で埋めつくした三角形がさまざまな向きで交錯し、視覚上に立体像を結ぶ。
画題を幾何学的に分解したのちに再構成する技法といえば、ピカソやブラックのキュビスムが思い出される。対して、これら星座はピカソのように遠近法を否定するのではなく、逆にギヨシェの線だけで光彩と陰影、奥行きと立体感を表現する。平面化された星座図形は、宇宙空間に浮かぶ立体として再構築されるのである。その像を、星座線で結ばれたダイヤモンドの星に重ねた。実際には地上からの距離が何十光年、何百光年の単位で異なる星々の天文学的事実をブリリアントカットの光芒、空想の情景や事象として、無限空間のロマンの中に回収する。詩仙・李白の句を借りれば「疑是銀河落九天」=銀河が天から落ちてきたかのように、そのダイアルはつくられている。
サンバーストをバックにモチーフを覆うブルーは、ベゼル、リュウズ、ラグ、バックルにまで配されたバゲットカットのサファイアに視覚をつなげる。ジェムセッティングの超越的な連結は、時計全体が宇宙空間の写し絵となる完結した世界観を完成させた。そして星座と存在感で拮抗するのが、マルタ十字のキャリッジを掲げる美しいトゥールビヨンである。
トゥールビヨンの選択に迷った時の決定的な指標はないが、太陽がいた場所によって1年を分節する紀元前のルールで、我々の星座はもう決まっている。誰であっても12本のうちに、運命的に選ぶべきトゥールビヨンがある。メティエ・ダールの傑作は、全世界の人類すべてを、12通りの芸術的な方法で楽しませてくれるのである。

サンバーストサテン仕上げ文字盤に手作業で星座のギヨシェ彫りを施し、ダイヤモンドの星をセッティングしたトゥールビヨンコレクション。掲載モデルは射手座がモチーフである。自動巻き(Cal.2160)。30石。1万8000振動/時。パワーリザーブ約80時間。18KWGケース(直径39mm、厚さ10.7mm)。3気圧防水。限定生産モデル。3476万円(税込み)。
広田ハカセの「ココがスゴイ!」

高級時計にしばしば見られるのが、ギヨシェ仕上げの文字盤である。もっとも、得意とするモチーフには制限があり、シンメトリーや直線状の仕上げ以外には、適していないとされている。
しかしヴァシュロン・コンスタンタンは、ギヨシェを使って、かつてないモチーフを彫り込むことに成功した。その好例が本作だ。普通の彫金で良さそうなものだが、あえてギヨシェを選んだのには理由がある。
本作の文字盤を見ると、手彫りの彫金では実現が難しいほど、広い面が彫られているのだ。しかもそのニュアンスは、明らかにギヨシェのそれだ。技法ありきではなく、表現ありきでギヨシェを選んだヴァシュロン・コンスタンタン。その引き出しの多さは圧倒的だ。