ハカセこと時計専門誌『クロノス日本版』編集長の広田雅将が、傑作ムーブメントについて2024年に記したコラムを5回分、webChronosに掲載する。第4回は、トゥールビヨンの祖として知られるブレゲが手掛ける、「Cal.588N2」を取り上げる。
[ムーブメントブック2024 掲載記事]
トゥールビヨンの祖が作り上げた、古典的だが新しい「Cal.588N2」

ふたつの香箱とふたつのトゥールビヨンを載せた土台が、12時間で1回転するトゥールビヨンが、「クラシック ダブルトゥールビヨン 5347」である。2006年に発表された本作は、重い回転体を回すというトゥールビヨンが至った、ひとつの極北だった。
後にブレゲは、搭載するムーブメントCal.588Nをスケルトナイズ化し「クラシック ダブルトゥールビヨン 5345 ケ・ド・ロルロージュ」として発表した。重い回転体を回すには、できるだけ重量バランスを取る必要がある。対してブレゲはあえてバランスの崩れる肉抜きを加え、しかし機能を全く損ねなかったのである。ブレゲの担当者が、片重りの調整は極めて難しかった、と漏らしたのは当然だろう。
このモデルが搭載するCal.588N2のベースとなったのは、1980年代に発表されたCal.581Tである。ダニエル・ロートとブレゲ、そしてヌーヴェル・レマニアが完成させたこのムーブメントは、いわば近代型トゥールビヨンの祖であり、古典中の古典である。ブレゲはこのムーブメントをふたつ並べ、ディファレンシャルギアでつなぐことで、精度を改善しただけでなく、ムーブメント自体を12時間で1回転させられるだけの強いトルクを得た。機構こそユニークだが、このムーブメントは、極めて古典的なバックグラウンドを持っていたわけだ。その証拠に、ブレゲのモデルとしては例外的に、ヒゲゼンマイはシリコンではなく古典的なニヴァロックスなのである。そしてクラシックさを強調するため、ムーブメントの裏側にはかつてパリに存在していたブレゲのアトリエであるケ・ド・ロルロージュ39番の様子が彫り込まれている。
その一方で、ブレゲはこの全く新しいコンプリケーションを普段使いできるものに仕立てあげた。理論上、これほど大きく重い回転体は衝撃に極めて弱いが、ムーブメントを損ねないようブレゲはディファレンシャルギア回りに安全機構を加えたのである。また針合わせや巻き上げの感触も、シンプルなムーブメントにほぼ同じであり、極めてスムーズだ。これほど重い回転体を、これほどスムーズに回せるムーブメントは他にはなく、つまりはブレゲのノウハウが、このムーブメントに結実したと言える。







