ハカセこと時計専門誌『クロノス日本版』編集長の広田雅将が、傑作ムーブメントについて2024年に記したコラムを5回分、webChronosに掲載する。今回は、カルティエのマニュファクチュールが生み出した傑作、手巻きクロノグラフムーブメントの「Cal.1928 MC」をひもとく。
Photograph by Yu Mitamura
[ムーブメントブック2024 掲載記事]
マニュファクチュールとしての飛躍がもたらした「Cal.1928 MC」

2000年以降、マニュファクチュール化を進めてきたカルティエ。その集大成は、2010年に発表された自社製のCal.1904 MCだろう。直径26mmというサイズにふたつの香箱と、マジッククリック式の自動巻きを載せたこのムーブメントは、パワーリザーブこそやや短いものの、カルティエの基幹キャリバーにふさわしい完成度を備えていた。
しかし以降、カルティエは自社製ムーブメントの開発スピードを抑えた。理由は定かではないが、同社が外装に注力したことと、信頼性の向上に注力したためだと推測できる。既存のムーブメントを熟成させれば、不良品率は大きく下がる。生産体制を一新したにもかかわらず、カルティエは既存のムーブメントの手直しを続け、それは結果として、カルティエの評価を大きく高めたのである。
もっとも、体制が整ったからか、カルティエは自社製ムーブメントの開発に再び力を入れるようになった。まずはトノーケース向けのCal.1917 MC、そして2024年には、カルティエ プリヴェ「トーチュ」のモノプッシャークロノグラフ用に、新規で手巻きクロノグラフのCal.1928 MCを作り上げた。
以前、このモデルは旧THA製の手巻きムーブメントを搭載していた。しかし、トノーに合うムーブメントを模索した結果、一から作り直すことになった、とカルティエは説明する。興味深いのは、ムーブメントのレイアウトだ。香箱とテンプがシンメトリーに配置されているのは、薄さのため。しかし、左右対称の造形を貫くため、コラムホイールは6時位置に置かれたほか、レバー類も可能な限りシンメトリーに配置された。堅牢な自社製ムーブメントを作ってきたカルティエが、本作では一転して、審美性を強く打ち出したのである。
残念ながら、このムーブメントは限定版のトーチュに限られる。しかし、Cal.1928 MCの仕上がりを見るに、今後のカルティエがムーブメントにいっそう力を入れてくるのは間違いない。スイスの時計業界でも屈指と言われる信頼性に加えて、ユニークさを獲得したカルティエの今後が楽しみだ。






