ハカセこと時計専門誌『クロノス日本版』編集長の広田雅将が、傑作ムーブメントについて2024年に記したコラムを5回分、webChronosに掲載する。第5回は、フランソワ-ポール・ジュルヌが理想のクォーツウォッチを目指して製造したCal.1210だ。
[ムーブメントブック2024 掲載記事]
ジュルヌがクォーツ? 名手の手腕が光る「Cal.1210」

フランソワ-ポール・ジュルヌと言えば「21世紀のブレゲ」と称される大設計者だ。18、19世紀の古典に範を取りつつ、独自性を加える彼の時計は、類を見ない存在感を放っている。しかしそんなジュルヌの創作欲は、必ずしも機械式時計に限られてはいなかった。
2014年にF.P.ジュルヌが発表した「エレガント」は、なんとクォーツのムーブメントを搭載したモデル。大メーカーでさえ新規のクォーツを手掛けない時代に、ジュルヌはあえて自社製のクォーツムーブメントを開発したのである。女性にはクォーツウォッチが好まれることを喝破した彼は、今までにはない特徴を盛り込んだ。それが長い電池寿命だ。可能な限り大きなバッテリーを採用するだけでなく、電池の寿命を延ばすため、約30~40分使わないと時計はスタンバイモードに入るようになっている。また、時計が止まっても、再び着用すれば今の時刻が表示されるようになっている。こういった機構により、バッテリーの寿命は理論値では約18年まで延びた(実際の電池交換は約8~10年程度が推奨されている)。
その一方で、エレガントは機械式時計並みの太くて長い針を載せている。普通、クォーツムーブメントのトルクは機械式の約半分しかないと言われるが、モーターをふたつ載せて重い針を回せるようにした、とジュルヌは説明する。普通の3針としてはかなり贅沢な設計だ。加えて、電池交換の時までメンテナンスの必要がないよう、輪列は油が切れても回るようになっている。さらに、カナなどに非磁性の素材を使うことで、耐磁性を改善したとのこと。
「周囲の声をあまり気にせず、自分の欲しい時計を作ってしまおうと思った」と語るジュルヌ。正直、発表当時の評価は高くなかったが、今やエレガントは、F.P.ジュルヌの中で最も手に入れにくいモデルとなった。
天才ジュルヌが理想のクォーツウォッチを目指して作り上げたCal.1210。機械式ムーブメントほどの面白みはないにせよ、名手の手腕が冴える、傑作クォーツウォッチのひとつと言っていいだろう。








