時計ハカセこと『クロノス日本版』編集長の広田雅将が、傑作ムーブメントについて2024年に記したコラムを5回分、webChronosに掲載する。第1回は、同年グランドセイコーから打ち出された、新型の手巻きムーブメント「Cal.9SA4」だ。
[ムーブメントブック2024 掲載記事]
高性能なだけではない、感性価値を打ち出した「Cal.9SA4」

グランドセイコーの水準を一段引き上げたCal.9SA5自動巻き。3万6000振動/時という高い振動数と、約80時間もの長いパワーリザーブを両立した機械式ムーブメントは他にない。加えてこのムーブメントは、精度を向上させるべく、さまざまな新機構が盛り込まれていた。例えば、緩急針を持たないグランドセイコーフリースプラング。テンワに設けられたネジで遅れ/進みを調整するのは他社に同じだが、巻き上げヒゲゼンマイの外端を変形させることで、精度を変えることが可能になった。巻き上げヒゲゼンマイはいじれないという時計業界の常識を覆すものだ。また、脱進機には、スイスレバーとは全く異なるデュアルインパルス脱進機が採用された。これはコーアクシャル脱進機に似たものだが、ヒゲゼンマイの自由振動を優先するコーアクシャルに対して、脱進機全体の効率を追求した点が異なっていた。量産機らしからぬスペックを持つCal.9SA5が、世界的な評価を得たのは当然だろう。
このムーブメントをベースに作られたのが、手巻きのCal.9SA4である。優れた自動巻きをベースに手巻きムーブメントを作るのは時計業界の定石だが、グランドセイコーは部品の約40%を新造したという。その狙いは、単に薄いムーブメントを作るのではなく、優れた感触を与えるため。感触を与える要となるコハゼは、かなり頑強なものに改められたほか、軽い力でも回せるよう、水平方向にも移動するようになった。

また、リュウズの感触をよくするため、リュウズのパッキンをチューニングしたほか、リュウズの大きさ自体も見直したという。こういった細かな見直しは、Cal.9SA4の巻き上げる感触を、量産機らしからぬものとしたのである。感触の追求は他にもある。例えば針合わせの重さ。高級機らしく感触はスムーズで、反時計回りでも抜けは全くない。
正直、こういった感触の追求がどこまで消費者に届くかは分からない。しかし、目の肥えた時計好きならば、その高い性能はもちろん、現行機らしからぬリュウズの巻き心地や、滑らかな針合わせには驚くに違いない。Cal.9SA5譲りの高性能に加えて、触り心地という感性価値を打ち出したCal.9SA4。一見地味だが、これは今の高級機を代表する傑作だ。



