時計専門誌『クロノス日本版』編集部が取材した、時計業界の新作見本市ウォッチズ&ワンダーズ2025。「ジュネーブで輝いた新作時計 キーワードは“カラー”と“小径”」として特集した本誌でのこの取材記事を、webChronosに転載する。今回は、ハイブリスからモノフェイスまで、「レベルソ」一色の新作発表となったジャガー・ルクルトだ。

1998年に発表された「レベルソ・ジオグラフィーク」の現代版。第2ダイアルのワールドタイム表示は、オリジナルのデザインから全く離れて、読み取りやすい24時間ディスク表示となった。デザイン部門からの強い要望で、地球儀を象ったメダリオンは、ケースと同素材を採用。141カ所の凹面にラッカーを流し込んでポリッシュする。第1ダイアル側に加えられたビッグデイト表示は、2枚のディスクの噛み合いを利用した省トルク設計で、1の位のディスクが10の位を動かす。手巻き(Cal.834)。18石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約42時間。SSケース(縦49.4×横29.9mm、厚さ11.14mm)。3気圧防水。
Photographs by Yu Mitamura, Ryotaro Horiuchi
鈴木裕之、広田雅将(本誌):取材・文
Text by Hiroyuki Suzuki, Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Yuto Hosoda (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2025年7月号掲載記事]
ジャガー・ルクルトの2025年新作時計とは?
ハイブリス系まで含めても、すべてが「レベルソ」という思い切った新作展示を行ったジャガー・ルクルト。共通するテーマは、反転ケースを第2の表示スペースとして使い出した1990年代へのトリビュートだ。再びジェローム・ランベールをCEOとして迎え、R&Dに対してより意欲的になったとも聞くが、そうした裏事情がなかったとしても、今年の新作群は細部まで練りに練られた良作揃いだ。
“第2ダイアル”が生まれた1990年代へのトリビュート
ジャガー・ルクルトが、レベルソが持つ反転ケースの裏側を第2のダイアルとして使い出すのは、1994年に発表されたデュオフェイスから。サファイアガラスが普及したために、反転ケース本来の目的であった風防保護の必要性が薄れてきたためだ。今年はそんな時代性をトリビュートするような、レベルソの新作がW&WGの会場を賑わせた。

1931年のオリジナル・レベルソと同じ、SSケースとブラックダイアルを組み合わせたデュオフェイス。なぜこれが今までなかったのか? そう思わせる意外な新作である。第2ダイアル側はシルバー。カーサ・ファリアーノがデザインを手掛けたブラックレザーと、レザー×キャンバスのバイマテリアルストラップが付属。手巻き(Cal.854)。19石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約42時間。SSケース(縦47×横28.3mm、厚さ10.34mm)。3気圧防水。
まずは原点となった「レベルソ・トリビュート・デュオ・スモールセコンド」。SSケースでブラックとブルーの2色が発表されたが、実際のところ、ジャガー・ルクルトがSS×ブラックダイアルのレベルソをリリースするのは、かなり久しぶりの展開となる。あまり知られていないが、デュオの第2ダイアルは外周部分をセパレートした分割構造となっており、これはムーブメントの調整時に、第2ダイアル側の針を抜くことなく、テンプにアクセスできるようにするためだ。
一見しただけでは目立たないが、かなり複雑なケース構造を持つ新作が「レベルソ・トリビュート・ジオグラフィーク」だ。第2ダイアル側の機構はワールドタイマーで、中央部にはラッカーシャンルベで地球儀を描いたメダリオンが嵌め込まれている。細いサファイアガラスから覗く部分がワールドタイムの24時間表示となるのだが、このサファイアガラスがなかなかの難物だ。この部分はリング状のパーツではなく、強度を出すために裏側もきちんと作られている。しかしレベルソのケースは左右方向に緩やかなアールを描くため、それに沿わせるための曲面がサファイアガラスに設けられている。さらに中央部分にはメダリオンを載せるための窪みがあるというから、外から見える以上に形状は複雑なのだ。

今年の新作レベルソの中で唯一のモノフェイスモデル。約16mにも及ぶ金線から編み上げられたミラネーゼブレスレットには、圧着式のバックルを組み合わせているためフリーサイズとして使える。ケースとのフィッティングに専用のアタッチメントを設けただけでなく、ケース側も改設計が加えられた専用品となる。手巻き(Cal.822)。19石。2万1600振動/時。18KPGケース(縦45.6×横27.4mm、厚さ7.56mm)。3気圧防水。
モノフェイスで唯一の新作となった「レベルソ・トリビュート・モノフェイス・スモールセコンド」は、見事なミラネーゼブレスレットが関係者を驚かせた。ジャガー・ルクルトとの付き合いも深いこのブレスレットサプライヤーは、もともとミラネーゼを得意としてきたらしく、今回の新作は「待ってました」の展開。1セットのブレスレットを製造するために、約16mの金線を編み込んでいるという。通常の汎用ミラネーゼではケースとの完全固定が難しいが、レベルソ専用のフィッティングアタッチメントを用意することで、このミラネーゼは首を振らない。ケース側にも設計変更が加えられており、これも見た目以上に手の込んだ作品だ。

完全新規設計となるデュオフェイスのミニッツリピーター。角型のケースにゴングを沿わせるため、トレビュシェハンマーやゴング断面の形状を緻密に計算し、「角型でも響く」ゴングを完成させている。15分以前はクォーターの打鐘間隔を省略するサイレントカット機構も備える。手巻き(Cal.953)。72石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約48時間。18KPGケース(縦51.1×横31mm、厚さ12.6mm)。3気圧防水。世界限定30本。
ハイコンプリケーション系で注目すべきは「レベルソ・トリビュート・ミニッツリピーター」だ。トレビュシェハンマーとクリスタルゴングを採用するのは従来と同じだが、角型ムーブメントのため、均一にゴングが振動しない。ハンマーで叩いた一辺と、向かいの一辺は揺れるが、そこをつなぐ直交部分は振動しないのだ。そこで同じ力で強く打てるようにトレビュシェハンマーの形状を改め、ゴングの振動が均一化するように、場所によって断面積に変化を付けているという。
堅実なラインナップに見えて、驚くほど緻密な作り込みを盛り込んだ今年の新作群。燻し銀の良作揃いだ。

いわゆる「ジャイロトゥールビヨン4」をベースとしたアーティスティカバージョン。半円状のヒゲゼンマイなど基本構成は同じだが、受けにポリッシュラッカーを加えるため、ゴールドブリッジに変更されている。手巻き(Cal.179)。46石。2万1600振動/ 時。パワーリザーブ約40時間。18KWGケース(縦51.1×横31mm、厚さ13.63mm)。3気圧防水。世界限定10本。

2021年に発表された「ノナンティエム」のエナメル装飾バージョン。デジタル・セミジャンピングアワーとディスク式の分表示を備える第2ダイアル側に、グラン フーのシャンルヴェで夜空の情景を描く。手巻き(Cal.826)。19石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約42時間。18KPGケース(縦49.4×横29.9mm、厚さ11.72mm)。3気圧防水。世界限定90本。
ジェローム・ランベールをインタビュー
再びジャガー・ルクルトのCEOに返り咲いたジェローム・ランベール。故ギュンター・ブリュームラインの直系にして、ジャガー・ルクルトを飛躍させた彼の復帰は、多くの時計好きにとっては喜ばしいニュースだろう。
我々が常に目指すのは他ブランドを上回るのではなく自己超越です

1969年、スイス生まれ。ESG経営大学院卒業後、スイスの行政大学院で学ぶ。スイスの郵便事業会社を経て、1996年にジャガー・ルクルト入社、2002年よりCEOとなる。後にモンブランCEOやA.ランゲ&ゾーネ会長等を歴任し、2017年よりリシュモン グループ取締役。2018年から2024年はグループCEOを務めた。以降、グループのCOOに転じ、2025年1月からは再びジャガー・ルクルトのCEOに就任した。
「我々の目標は、ブランドを変えることではなく、ブランドを育てることなのです」とランベールは語る。「正確に言うと、グランディール、すなわち成長させるということですね。ジャガー・ルクルトは非常に創造性の高い時計製造メゾンであり、我々の野望は、その創造性と進化を中心にメゾンを成長させることなのです」。彼が基盤としてきたのは、同社の長い伝統だ。
「192年の伝統を誇る我々は、まさに巨人の肩の上に立っているようなものです。この長い歴史の中で、我々は最初のマニュファクチュールのひとつとして生まれました。そして今では、時計のAからZまでを自社で製造し続ける数少ないマニュファクチュールのひとつですね」。加えて彼が指摘するのは、ブリュームラインが定めたコードの重要性だ。「我々には、ブリュームラインの定めた厳格なルールがあります。その最たるものが、ひとつのケースにひとつのムーブメントというものです。これは多くの専用ムーブメントを用意する必要があるということ。結局は真のマニュファクチュールであり続けなくてはならないのです」。
そしてジャガー・ルクルトは、かつてよりもプロダクトにずっと凝った表現をもたらすようになった。
「情報が広まることで、人々の時計に対する理解は深まりましたね。ですから私たちも、より時計の本質をプロダクトで表現できるようになりました。その一方で、深い知識に触れる人々は減っていると感じます。我々には、知識を伝え、共有し、メゾンに対して情熱を持ってもらうという使命があるのです」
これこそが、彼がジャガー・ルクルトの宣伝塔に復帰した理由だろう。そんなランベールは、自らも育ててきたジャガー・ルクルトの物作りの姿勢に、絶対的な信頼を持っているようだ。
「私たちの設計思想は非常に厳格で、要求水準も高いのです。重要なのは他ブランドを上回ることではなく、日々、自分たち自身を超えていくこと。我々は常に自己超越を目指しているのです」。またランベールは、外装の質感改善も指摘した。
「時計は美的な存在であると同時に、時代を超えて身体とともに変化するものですね。例えば、ラッカー仕上げの金属ケースなどは、技術の進化を通して実現されたものです。そうしたディテールの進化が、時計製造におけるより純粋な創造性の表現を可能にするのです」
ランベールはインタビューの最後に、今後発表する予定のモデルをこっそりと見せてくれた。なるほど、彼の指揮の下、ジャガー・ルクルトはよりいっそう飛躍するに違いない。



