ショパール共同社長カール-フリードリッヒ・ショイフレ氏が40年以上にわたり築き上げた日本との交流をベースに生み出されたInspirations from Japan-Artistic Crafts in Time。それはひとつひとつが日本伝統の工芸や舞台芸術、武士道などの精神性と世界観が投影された限定製造のマスターピースだ。そこに秘められた「日本の粋」と高度な技術の融合を解き明かす。

本作は、安土桃山時代の書家兼画家の近衛信尹(このえのぶただ)による「瞑想する達磨」という日本画の作品をモチーフとしている。禅宗の開祖である達磨を、最小限の線で端正に描いたこの文字盤は、9年間も壁に向かって座禅を組んだという逸話を想起させ、静謐な美と不屈の精神を象徴的に表す。手巻き(Cal.L.U.C 98.06-L)。42石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約192時間。18KエシカルWGケース(直径40mm、厚さ10.3mm)。50m防水。世界限定8本。935万円(税込み)。
Photographs by Yu Mitamura
名畑政治:文
Text by Masaharu Nabata
Edited by Yousuke Ohashi (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2026年1月号掲載記事]
スイスの慧眼が見いだした日本の粋
日本を訪れた海外の方と話すと、いかに日本の文化や伝統工芸について無知か思い知らされることがある。たとえば大文字で「JAPAN」と書けば日本の国だが、小文字で「japan」は「漆器」のこと。ピアノが黒いのは、日本でピアノを作り始めたころ、欧米で主流の木目が見える塗装では、強い湿気に耐えられないため漆が塗られたからだという。後に、海外がその美しさと演奏者を引き立てる効果を高く評価し、「ピアノ=黒」がスタンダードになったという説もある。左様に、我々は日本文化に対して無知だ。

漆黒のグラン フー エナメルに、プラチナで一筆で力強く描いた「円相(えんそう)」。深く艶やかな黒が筆致の緊張感を際立たせ、このモチーフは禅の精神を象徴し、流れ続ける動きが執着から解放された心を表したものだ。手巻き(Cal.L.U.C 98.06-L)。42石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約192時間。18KエシカルWGケース(直径40mm、厚さ10.3mm)。50m防水。世界限定8本。935万円(税込み)。
先日発表されたショパール L.U.Cの限定エディションに対峙したとき、私はそれを改めて感じた。原点はショパール共同社長カール-フリードリッヒ・ショイフレ氏の日本文化や精神性への深い尊敬と洞察だ。ショイフレ氏は40年以上にわたり、定期的に日本を訪れ日本の伝統工芸品に触れたことから、日常の品々を芸術の域にまで高める日本の文化や精神性に魅了されたという。
たとえば「L.U.C クアトロ スピリット」の3作は、日本文化の象徴に基づき、ショイフレ氏が選んだモチーフを採用。そのひとつ“サムライ ラスト スタンド”は、高温焼成した漆黒のグラン フー エナメルの背景にゴールドで破れ扇を描く。「破れ扇」とは、たとえ破れても中心の要が決してはずれないことから、傷を負いながらも戦い続ける武士の決意を表現し、逆境に立ち向かう不撓不屈の精神を象徴する。

傷を負いながらも戦い続ける武士の決意を表す紋様「破れ扇」から着想を得て、黒のグラン フー エナメルにゴールドで表現されたモチーフが、鮮やかなコントラストを成す文字盤である。手巻き(Cal.L.U.C98.06-L)。42石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約192時間。18KエシカルRGケース(直径40mm、厚さ10.3mm)。50m防水。世界限定8本。935万円(税込み)。
この3作に搭載されるのは、ショパール・マニュファクチュールが開発した手巻きジャンピングアワーキャリバーL.U.C 98.06-L。一般にジャンピングアワー機構は時表示ディスクを瞬時に回転させるため、多くのエネルギーを要するが、4つの香箱を直列に積み重ねた独自のクアトロテクノロジーにより、約8日間の長いパワーリザーブを確保。しかもジャンピングアワーゆえ分針だけが文字盤上で稼働し、広いキャンバスを提供する構成も秀逸だ。
このような日本の精神性の象徴が日本刀である。「L.U.C XP 日本刀」は、刀鍛冶の伝統技術へのオマージュであり、文字盤は日本刀に使用される「玉鋼(たまはがね)」から生まれた「刃紋」に着想し、異なる金属を重ねて鍛えたダマスカス鋼を用いた。これはヌーシャテルのコルセル鍛冶工房にて数十年かけて日本の鍛造技術を習得した職人が手掛け、120〜160層の鋼板を重ねて研ぐことで「刃紋」や炎の揺らめきを思わせる模様が浮かび上がる。

日本刀の素材「玉鋼(たまはがね)」から着想を得た文字盤には、刃紋を思わせるダマスカス鋼が採用されている。搭載されている厚さ3.3mmの超薄型ムーブメント、Cal.L.U.C 96.41-Lは、ジュネーブ・シール認証を取得。自動巻き(Cal.L.U.C 96.41- L)。29石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約65時間。18KエシカルWGケース(直径40mm、厚さ8.28mm)。30m防水。世界限定25本。528万円(税込み)。
だが、ショイフレ氏の日本文化への深い洞察は、武士道だけにとどまらない。その証明が「L.U.C XP サクラ バイ ナイト」。これは1774年に創作された歌舞伎の演目「二人椀久(ににんわんきゅう)」で、遊女松山太夫がまとう着物に着想し、はかなき美の象徴である夜桜を愛でる日本の情景へオマージュを捧げた。背景に繊細なギヨシェ装飾を施し半透明のラッカーをコーティング。そこに彫刻を施した立体的なマザー・オブ・パールの桜と、ゴールドの透かし彫りによる桜をちりばめ、花芯にダイヤモンドをセットすることで立体感と奥行き感を演出するという構成だ。

本作は伝統的な日本の歌舞伎衣装から着想を得た、夜桜を表現した文字盤が特徴的。彫刻が施された淡いピンクのマザー・オブ・パールの桜に、背景に繊細なギヨシェ装飾が施されており、職人の高度な技巧が息づく。自動巻き(L.U.C 96.23- L)。29石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約65時間。18KエシカルYGケース(直径35mm、厚さ7.7mm)。30m防水。世界限定8本。2367万2000円(税込み)。
立体造形ではユニークピースである「L.U.C フル ストライク スピリット オブ ザ・ウォリアー」が凄まじい。文字盤には武士の顔を守る「面頬(めんぽう)」をかたどった仮面が浮かび、蝶が舞い、ベゼルに胴を守る「威(おどし)」を思わせる意匠が、ラグの間には武士を守護する鬼の姿を刻む。この造形美は搭載するミニッツリピーターのL.U.C 08.01-Lにも及び、ブリッジには波模様や狛犬がエングレーブされたものだ。
武士の世界観と道徳観からインスピレーションを得たユニークピース(単品製作品)の腕時計。モノブロックのサファイアクリスタルにゴングを一体化し、溶接やねじ、接着剤を使わずに構成されたミニッツリピーターが、澄んだ音色で時を告げる。手巻き(Cal.L.U.C 08.01-L)。63石。2万8800振動/ 時。パワーリザーブ約60時間。18KエシカルWGケース(直径42.5mm、厚さ11.55mm)。ユニークピース。完売。
そして今回のスペシャルエディションの白眉が、葛飾北斎描く「富嶽三十六景」のひとつ「東海道江尻田子の浦略図」を蒔絵で再現した「L.U.C XP 漆 浮世絵」である。文字盤は宮内庁御用達の老舗漆器店、山田平安堂とのコラボレーションにより、熟練漆職人の小泉三教氏が制作。ショイフレ氏が求める高い審美性と繊細なディテールから現出する、誠実で深い精神性が見事に表現された。このモデルに搭載されるのは、1996年にショパールが発表したメゾン初の自社製ムーブメントを継承した、キャリバーL.U.C 96.41-L。22Kエシカルゴールド製のマイクロローターで、ふたつの香箱に効率的に力を蓄えるこのムーブメントは、薄型ながら約65時間ものパワーリザーブを持ち、長時間にわたり安定した精度を実現する。
ショイフレ氏とショパールが長年にわたり築き上げてきた日本との強い絆。日本の精神性を色濃く反映するモチーフと、それを具現化する伝統の工芸技法、そしてショパール・マニュファクチュールの高度な時計製造技術が一体となってウォッチメイキングの神髄を体現することで、この素晴らしいコレクションが誕生したことは間違いない。

葛飾北斎による浮世絵「富嶽三十六景」中の、静岡県清水付近を描いたとされる「東海道江尻田子の浦略図」を蒔絵で文字盤に再現。搭載されるムーブメントは、積載式の二重香箱により、薄型ながら約65時間という長いパワーリザーブを備えた、ショパール自社製Cal.L.U.C 96.41-Lが採用されている。自動巻き(L.U.C 96.41-L)。29石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約65時間。18KエシカルYGケース(直径40mm、厚さ8.28mm)。30m防水。世界限定8本。594万円(税込み)。



