「ウブロは全てにおいて他ブランドと差別化しなければなりません」。そう語ったのは、同社のCEOに就任した当時のジュリアン・トルナーレである。2025年、ウブロが発表した「ビッグ・バン メカ-10」42mmは、そんなトルナーレの姿勢を示すモデルとなった。搭載するのは、スイスの時計業界でも稀なスケルトン化された、約10日間のパワーリザーブを備える自社製ムーブメント「メカ-10」。基本設計は前作を受け継ぐが、抜け感を強調した設計がさらなる洗練をもたらした。

Photographs by Eiichi Okuyama
広田雅将(本誌):取材・文
Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2026年1月号掲載記事]
設計の全面的な見直しによって実現したスケルトン化
創業以来、創造性と革新性の最前線に立つウブロ。しかしそんな同社は、マニュファクチュールとしても高度な体制を整えた。もっとも大設計者であるマティアス・ビュッテを擁する同社の開発体制がそもそも凡庸であるはずはない、だろう。マニュファクチュールの深化に合わせて、やがてウブロはMP以外のコレクションにも自社製ムーブメントを与えるようになった。代表作は自動巻きクロノグラフムーブメントの「ウニコ」。そして、独創性から見ると「メカ-10」でも同じことが言える。その最新作を載せた「ビッグ・バン メカ-10」42mmは、マニュファクチュールとしての完成度の高さがいっそう際立っている。

2016年発表の「ビッグ・バン メカ-10」は、約10日間もの長い駆動時間を強調するため、駆動用のラック(くし歯)を含む、パワーリザーブ表示自体を誇張した試みだった。確かにその発想は際立ってユニークだったが、大きなダブルバレルに複雑なパワーリザーブ表示を重ねることでムーブメントは拡大し、ケースサイズも直径45mmとなった。対して25年の新作は、ケースの直径は42mmに留まった。可能にしたのは、全く新しいムーブメントのHUB1205である。
近年のウブロは、ムーブメントを自社製に置き換えるだけでなく、審美的な要素を加えようと試みてきた。その最も分かりやすい方向性が、より機能美と機構美を強調したスケルトン化だ。輪列などを小さくまとめることで、ムーブメントに余白を生む手法は、そもそも輪列の小さなトゥールビヨンにはうってつけだ。近年、ウブロを筆頭に、抜け感を強めたスケルトントゥールビヨンが増えている理由である。しかし、入力と出力の経路が異なるパワーリザーブ機構はメカニズム自体が大きいため、簡略化も小型化も難しい。対してウブロはムーブメントの余白を広げることで、視認性の高いパワーリザーブ表示を格納してみせた。

スケルトン化したロングパワーリザーブ機という、時計業界では唯一無二のコレクション。設計の見直しにより前作に比べてより機能美と機構美を強調したほか、実用的なサイズを得た。手巻き(Cal.HUB1205)。29石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約10日間。18Kキングゴールドケース(直径42mm、厚さ13.9mm)。100m防水。586万3000円(税込み)。
HUB1205がスペースを捻出できた理由は、前作より小さいふたつの香箱にある。前作ではムーブメントのセンターに寄っていたダブルバレルは、小型化の結果、右側にオフセットして置けるようになり、ムーブメント内に余白を作れるようになった。もっとも話は簡単ではない。というのも、香箱が小さくなると主ゼンマイのトルクと駆動時間が落ちてしまうからだ。対してウブロは、脱進機に軽量でトルクロスの小さなシリコンを使うことで、性能の低下を抑えた。
捻出したスペースの使い方も実に巧みだ。ムーブメントを支えるのは、前作に同じく、水平方向に伸びた3枚の地板。しかし12時位置の地板に据え付けられたパワーリザーブ機構は、前作と大きく異なる。理由は、より審美性を高めるためだ。前作では、大きな円を強調した「メカ-10」のデザインを崩さないよう、ウブロはパワーリザーブ機構に大きな歯車を合わせた。対して新作は、歯車を少し細かく分けることで、デザインのバランスを調整している。地板や受けには、手作業で面取りを加えることで、鏡面のテリを強調し、スケルトン化されたムーブメントにいっそうの奥行きを与えた。

手巻き(Cal.HUB1205)。29石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約10日間。右から、フロステッドカーボンケース、376万2000円(税込み)。Tiケース、315万7000円(税込み)。いずれも直径42mm、厚さ13.9mm。100m防水。
正直、パワーリザーブ機構は、クロノグラフほど見栄えのするものではない。各社が、できるだけ隠したがる理由だ。しかしそれを、ムーブメント全体を含めて見応えのある意匠に昇華させたウブロの力量は、非凡というほかない。しかも使えるサイズというだけでなく、用途に応じて、さまざまなケース素材を選ぶことができるのだ。複雑機構を載せた時計といえども、中身だけを見て欲しくはないという主張もまた、ウブロならではではないか。
ウブロは決して、マニュファクチュールとしての成熟を声高には主張しない。しかし「ビッグ・バン メカ-10」42mmの非凡な完成度は、目の肥えた時計好きならばきっと唸らされるに違いない。素材とデザインを打ち出してきたウブロとは、実のところ、中身さえも自在に操れる、骨太なマニュファクチュールなのである。



