グランドセイコー「エボリューション9 コレクション」Ref.SLGW007を深掘り。見よ、最新作の〝GSクォリティ〟を!

2025.12.21

2020年、新たなグランドセイコーのデザイン文法を落とし込んで誕生した、「エボリューション9 コレクション」。このシリーズの最新作は、ネイビーの文字盤で月明かりに照らされた白樺の樹皮のイメージを表現した、手巻きハイビートムーブメント搭載モデル。本作を、時計愛好家であり、ライターでもある堀内俊が深掘りする。

Photograph by Masahiro Okamura (CROSSOVER)
堀内俊:写真・文
Photographs & Text by Shun Horiuchi
[2025年12月21日公開記事]


「エボリューション9 コレクション」のデザインコードとは?

「エボリューション9 コレクション」は2020年に登場したシリーズだ。特徴的なのが、「エボリューション9スタイル」にのっとったデザインを持つことである。このスタイルは、同ブランドの系譜の中の「44GS」で確立された「グランドセイコースタイル」を、さらに発展させたものだ。

 おもな特徴は、以下の通り。

  • ケースサイドからラグまでを比較的ストレートな形状とし、ラグの先端下側を斜めにカット(セイコーでは逆斜面と表現)
  • 文字盤上のインデックスは力強い印象を与えるマッシブなものに
  • 併せて針の太さもインデックスと釣り合うものに。また時針の先端を尖らせずカット
  • 時針・分針の太さのバランスをリファイン
  • ブレスレットのデザインコードをリファイン(ただし本モデルはストラップタイプ)

グランドセイコー エボリューション9 コレクション SLGW007

ケースサイドからラグへの形状が特徴的な、エボリューション9スタイルのライン。ラグ単体ではあまり下がっておらず、ケースサイドから連続的な造形である。まさにエボリューション9 コレクションのデザインコードだ。


SLGW007の外装のディテール

 今回深掘りする「エボリューション9 コレクション」Ref.SLGW007は、まさにそのエボリューション9スタイルのデザインコードをまとった新作であり、かつ、今やグランドセイコーを代表すると言っても過言ではない“白樺”テクスチャーの文字盤を持つ1本だ(編集部注:岩手県または長野県に位置するグランドセイコーの工房の程近くに白樺林が群生していることから、この木の樹皮をモチーフにした型打ち模様を銀白色で彩った文字盤のモデルが、同ブランドより展開されている)。

SLGW007

グランドセイコー「エボリューション9 コレクション」Ref.SLGW007
Cal.9SA4を搭載して2025年に発表された、グランドセイコーの新作モデル。特徴的な型打ち模様を持った文字盤はネイビーに彩られており、月明かりに照らされた白樺の樹皮がイメージされている。手巻き(Cal.9SA4)。47石。3万6000振動/時。パワーリザーブ約80時間。SSケース(直径38.6mm、厚さ9.95mm)。日常生活用防水。134万2000円(税込み)。(問)セイコーウオッチお客様相談室(グランドセイコー) Tel.0120-302-617

 文字盤上にはシルバーの金属色がきらりと光るインデックと針、GSロゴがネイビー文字盤上に程よい対比をもたらし、同時に優れた視認性を実現している。

 時計本体の厚さは風防込みで9.95mmとギリギリではあるが10mmを切っており、ドレスウォッチのような雰囲気も持つため、フォーマルなシチュエーションでも違和感なく使えるだろう。グランドセイコースタイルの原型となった1967年発表の44GSはそもそも手巻きであり、新型手巻きムーブメントであるCal.9SA4を搭載した本機は、最初にデビューし、Cal.9SA4のベースとなった自動巻きCal.9SA5搭載モデルのどの作品よりも、オリジナルの44GSに近い存在と言えそうだ。

 ケースはステンレススティール製ケースである。JIS規格の何、という材料ではなく、配合や製法は非公表のグランドセイコー専用SSと聞く。仕上がりはまさに“GSクォリティ”であり、平面・曲面問わず、ケースのどの面の精度も高く、エッジはパキパキだ。また、サテン面とポリッシュ面の対比が素晴らしい。高精度なCNCによる賜物であろう。

 ラグ裏は一転ダルな形状であるが、これは手首へのあたりを考慮されているそうで、良い判断だと思う。もし表面と同様のエッジがラグ裏にも立っていたとしたら、手首へいくばくかのダメージを与えるかもしれない。

 筆者はケースを見る際に、特にラグ間のケースサイドとラグの内側を見る。なぜならここはとても加工しにくいポイントであるうえ、レザーストラップの時計では、とりわけ6時側のこの部分はよく目に入るためだ。本モデルのケースに関しては、全く問題なくよく磨かれており、税込み134万2000円のプライスにかなうものだと感じた。

グランドセイコー エボリューション9 コレクション SLGW007

ラグ間のケースサイドもよく磨かれており、価格に見合った仕上げがなされている。エボリューション9 コレクションはラグ間が従来シリーズよりもやや広いため、特にこの面は目に入ることとなる。

 内面無反射コーティングがなされたサファイアクリスタル風防は、本モデルのキャラクターによく合ったボックス形状である。風防が立ち上がるベゼルには12時~6時方向のヘアラインが入っており、ポリッシュされたベゼルの斜面とコントラストがあって、立体感を強調する。

 ラグの形状はケースサイドから大きなアールを描き、あまり裏蓋方向へ下がらずにラグ端に至る。ラグ穴は貫通で、高価格帯では比較的珍しいが、ストラップの交換などでは重宝する。ただし昨今ではワンタッチで交換できるストラップが採用されている例も多く、その場合は袋穴でも問題ない。グランドセイコーのモデルの多くは貫通穴のようで、これは一種のアイデンティティーかとも思ったが、例外も存在する。

グランドセイコー エボリューション9 コレクション SLGW007

Photograph by Masahiro Okamura (CROSSOVER)
特徴的なエボリューション9 コレクションのケース。繊細な縦方向のヘアラインが目を引く。

 エボリューション9 コレクションの特徴として、ラグの内側にもう一面ファセットが取られていることが挙げられ、全体的に質実剛健なケースデザインに一部繊細さとアクセントが加えられている。

 ネイビーの文字盤には、水平方向を基調とした白樺の樹皮をイメージしたテクスチャーがプレスで表現されている。これらの凹凸の面の上に、比較的大きめなインデックスが載っており、何も考えずに配置するとその上面がツライチにはなりにくいと感じるが、ラッカーが塗布され平滑に仕上げられたうえでインデックスが取り付けられているため、取り付け精度の高さを感じた。インデックスは貼り付けではなく、どれも足があり、文字盤を貫通している。

 インデックスも当然GSクォリティだ。パキパキの形状で、12時位置が特に大きく目立つ。これらのマッシブなインデックスとバランスを取ってデザインされた時分針も力強い意匠であり、表面はサテン、側面はポリッシュに仕上げられている。時針のセンターにはラインが彫られ、これがエボリューション9スタイルの特徴となっている。秒針はカウンターウェイト部分も含め一様にポリッシュ仕上げで、立体的な造形だ。

 センターから伸びる3本の針間のクリアランスが詰められ、文字盤と風防内側の間隔が最適化された結果、高級感が演出されていることも特筆すべき点だ。

グランドセイコー エボリューション9 コレクション SLGW007

先端がカットされた時針とパキパキのインデックス、さらにはネイビーの文字盤の立体的なテクスチャーが分かるショット。もちろん、各部分の仕上げは申し分ない。

 ストラップは文字盤に合わせたネイビーカラーで、素材は独特のシボを持つ国産のカーフ。つくりはしなやかだ。バックルはいわゆるフォールディングバックルで、これもGSクォリティで、さすがの出来栄えである。

バックルはフォールディング式で、ヘアラインと鏡面のコントラストも目を引く。剛性感、仕上げともに、まさにGSクォリティと言える。


現代において新設計された大型の手巻きムーブメントCal.9SA4

 さて、この時計のキャラクターを形作る大きな因子は、昨年グランドセイコーから発表された、手巻きムーブメントのCal.9SA4が搭載されていることだ。

Cal.9SA4

2024年、ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブでグランドセイコーが発表した、新型の毎秒10振動の手巻きムーブメント。自動巻きではないため、ローターがないことで、前述のケースの薄さに寄与している。直径31.0mm、厚さ4.15mm。47石。3万6000振動/時。パワーリザーブ約80時間。

 Cal.9SA4は直径31mmであり、一昔前では時計業界全体を見渡してもほとんど作られていなかった、13リーニュ前後のサイズを持つ「手巻き3針」のムーブメントである。精度向上に寄与すると言われる毎時3万6000振動のハイビート機で、テンプを保持するバランスコック(テンプ受け)は両持ちのガッチリしたものだ。バランスコックの両端に大きめのビスが固定され、さらにその左右には小さな金色のネジが確認できる。このネジはバランスコックのアガキ調整に使うもの。穴石の押し込み位置によるアガキ調整ではなく、バランスコック全体を上下することで容易にアガキが調整できるはずであり、時計師にとってはありがたい設計だ。

 香箱の角穴車から続く歯車の固定ネジには3本のスリットがあり、これは逆ネジであることを示すなど、これまた実際にこのムーブメントを整備する時計師にとって優しい設計と言えよう(編集部注:ネジを緩めたり締めたりする方向が一般的なものと異なる逆ネジは、歯車の回転で緩んでしまうことを防ぐために、時計のムーブメントに使われてきた。逆ネジであることの判別のため、天面に3本のスリットを入れる場合がある)。

 一方でムーブメントの受けは大きく、多数の穴石が存在する。実際にこれらの穴石に対して全ての軸を合わせつつ、受けを置くことは難易度が高いと思われ、オーバーホールの際には苦労するかもしれない。なお、受けには実に47石も使われている表記がある。パワーリザーブ表示に向けた輪列に多くの受け石が使われているように見える。

グランドセイコースタジオ 雫石の敷地内でも見られるという、セキレイがモチーフとなったコハゼ。モチーフの愛らしさもさることながら、このコハゼがグランドセイコーが追求した、巻き心地のよさを本ムーブメントにもたらした。

 このムーブメントは以前から話題になったように、コハゼに特徴がある。コハゼとは主ゼンマイを巻いた時に、それがほどけないように歯車を抑えるラチェット機構を指す。本機のコハゼは、モチーフにしたというセキレイが、くちばしを歯車に差し込んでいるようにも見える。いずれもグランドセイコースタジオ 雫石の周辺で見ることのできる、白樺文字盤とセキレイは関係性があるように感じられ、これはオーナーにとってうれしいだろう。なお、コハゼを歯車(角穴車)に押し付けるバネについても、簡易な線バネではなく板バネを用いており、その意匠は懐中時計に使われたものの一種に近い。手巻きの機械が好きなユーザーはコハゼ周りにこだわる人が多く、Cal.9SA4のそれは満足度が高いだろう。

グランドセイコー エボリューション9 コレクション SLGW007

この現代において自動巻きではなく、大きなサイズで新設計された手巻きハイビートムーブメントのCal.9SA4が搭載される本モデル。パワーリザーブ表示を裏面に持ち、その表示への輪列のための穴石が多い印象だ。ほぼ機械仕上げではあるものの、光の当たる角度によって表情が異なるため、審美性も高い。

 このようにCal.9SA4は懐中時代の名残も感じる設計であるが、今まさに作られている最新のムーブメントである。パーツはCNCで削り出され、マシンによる装飾が主体と思われる。そのため受けの面取り部分なども極めて正確にCが取られており、かつシャープな工具で削られたであろうことがよく分かる光を放っている。

 うまいと思ったのは、ぱっと見コート・ド・ジュネーブに見えるストライプ模様だ。ツールマークの送りが完全に一定なのでCNC仕上げと思われるが、ストライプの幅が比較的狭く、肉眼で見るレベルだと柔らかい光を反射して趣がある。

 本機は毎時3万6000振動のハイビート機であり、かつ約80時間のパワーリザーブを誇るため、一度フルに主ゼンマイを巻いておけば3日以上動き続け、さらにはGS規格の高精度を期待できる。とはいえコハゼのクリック感は心地よく、毎日巻きたくなるかもしれない。

デュアルインパルス脱進機について

 パワーリザーブ約80時間を達成するためのひとつの技術として、Cal.9SA4にはデュアルインパルス脱進機が用いられていることが挙げられる。本機は一般的なクラブトゥースレバー(スイスレバー)脱進機ではないのだ。詳細はグランドセイコーの公式サイトに動画もあるので、ぜひご覧いただきたい(参考:9Sメカニカル 25周年 | ~25年間の進化と革新~Vol.13 革新のデュアルインパルス脱進機)。

 一般的なクラブトゥースレバー脱進器の天真には振り石のみが付くが、本機は加えて爪石も存在する。アンクルは一見するとイングリッシュレバーのようにも見えるが、この脱進器は天真に2石付いていることが決定的に異なる。すなわちガンギ車からの衝撃は、天真に直接伝えるものと、アンクルを介して伝えるものの2種類が存在し、これを「デュアルインパルス」と表現している。話を広げるとオメガのコーアクシャル脱進機の延長線上にも見えるし、見ようによってはデテントに安全機能と主ゼンマイを巻き上げた際の自動スタート機能を持たせたもの、とも言えそうだ。複雑かつ高精度なガンギ車およびアンクルをMEMS技術で得られるようになったことの賜物だろう。2020年、本脱進機がデビューした際、世界の機械式時計業界に与えた影響は、相当に大きいと筆者は思っている。


どんなシーンでこの腕時計を使うべきか

 最後に、この腕時計を使うシーンを考えよう。薄い手巻き腕時計でケース径も38.6mmと小ぶりであることから、比較的タイトなカフにも収まるはずだ。もちろんビジネスにもオフにも使えるデイリーウォッチであり、フォーマルなシーンでも全く問題ない。メーカーが想定するユーザ像を勝手に想像してみると、やはりそれなりの経験を持つ、機械式時計を複数所有するマニア層ではないか。多くの時計を日常的に使っているマニアにとっては、デイトなしも好まれる要素である。

 そのような観点で、本機は目の肥えたマニアでも購入検討の対象とするにふさわしい。特にこれまで国産時計にあまり興味を持っていなかった層にこそ注目してほしい、最新のグランドセイコーが「エボリューション9 コレクション」Ref.SLGW007である。



Contact info:セイコーウオッチお客様相談室(グランドセイコー) Tel.0120-302-617


グランドセイコーが〝感触〟を追求した手巻き「Cal.9SA4」【傑作ムーブメント列伝】

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