オープンコロナの頃からファッション界隈の話題に上るようになったクワイエットラグジュアリー。すでにピークは去ったと見る向きもあるが、ドレスウォッチの需要が伸び続けていることも一方の事実だろう。打ち出し方が明確だった“ラグスポ”に対し、一定のカタチを持たない“クワイエット”な手法。まずはそれを、時計製造の文脈に当てはめるところから解釈してみたい。

【クワイエットな時計概論】シーンで見る「クワイエットラグジュアリー」とは?

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星武志、三田村優:写真
安部毅:企画協力
鈴木裕之:編集・文
[クロノス日本版 2024年11月号掲載記事]


時計製造における“クワイエット”な文法とは?

 巷で話題の「クワイエットラグジュアリー」なるキーワードを、時計業界特有の文法で読み解いたらどうなるのか? そうした思い付きに端を発するこの企画は、我々が想い描く“クワイエットな時計”を洗い出すところからスタートした。まずは編集長のヒロタと企画担当の筆者で各20本ずつ。その大まかな顔ぶれは特集内に並んだラインナップを見ていただければ良いのだが、それは奇しくも1年ほど前に掲載した「ドレスウォッチ特集」(本誌2024年1月号)の内容とほぼクロスしてくる。

 では“クワイエットな時計”とは、要するにドレスウォッチの言い換えなのか? そう問われればやはり違うように思われる。例えば小径で超薄型の2針ドレスなどは、今回の選から外した。感覚的な話で恐縮だが、正調なフォーマルドレスは、やはり“クワイエット”という語感からは遠いように思われたからだ。ならばいっそのこと「クワイエットウォッチ」のような新しい造語でも勝手に作って、「これがクワイエットな時計です」と定義してしまえばよさそうなものだが、なかなかそうもいかない。

「ラグジュアリースポーツ」の次に来るトレンドワードを探している層には据わりが良くても、そもそもラグスポと違って、クワイエットにはカタチがないのだ。仮にラグスポを定義するならば、一定の防水性とケース一体型のブレスレットを持った、比較的薄型のスポーティーウォッチだと言えば、そう異論は出ないだろう。さらに言えば当のラグスポにだって、十分にクワイエットたり得る資格がありそうなのだ。

 では最初に選んだ40本の基準とは何だったのか? それを振り返ることが“クワイエットな文法”を読み解くひとつのヒントになりそうだ。

 まず話題に上ったのは「ノーロゴやノーネーム」だ。この分野の急先鋒は、ダイアル上から一切の表示要素を取り払ったH.モーザーの「コンセプト」ダイアルだろう。時分秒を判読するためのカウンター類はもとより、自身のブランドロゴさえ取り払った潔さは、H.モーザー特有の反骨精神から生まれたものだが、それによってもうひとつの個性であるフュメダイアルの美しさが、一層際立つことも事実だろう。ダイアルメイキングの主流が、再びガルバニックやPVDといったメッキ加工にシフトしている中で、ラッカー直吹きによるグラデーションの見事さは特筆だ。また同社のインデックス付きダイアルでは、ブランドロゴをクリアの厚盛りで表現する場合も多く見られる。古のシークレットサインへのオマージュなのかは知らないが、ブランドロゴが見えない=H.モーザーの時計という、逆説的な認知度が浸透していることも見逃せない。

H.モーザー「エンデバー・センターセコンド オートマティック」

H.モーザー「エンデバー・センターセコンド オートマティック」
ダイアルから一切の表示要素を取り去ったH.モーザーの「コンセプト」。時分のインデックスに加え、ブランドロゴまでオミットすることで、フュメのグラデーション効果を一層際立たせている。自動巻き(Cal.HMC 200)。27石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約72時間。SSケース(直径38.0mm、厚さ10.3mm)。3気圧防水。(問)エグゼス Tel.03-6274-6120

 同様にパルミジャーニ・フルリエでは、グイド・テレーニのCEO就任からフル表記のロゴを改め、アプライドによる「PF」のイニシャルのみに移行している。後者は純粋にミニマリズムを追求した結果だが、それがブランドの個性として確立しているところに大きな意味がありそうだ。

 クワイエットという言葉を質感の高さと置き換えるならば、「ダイアルの作り込み」は決して外せない。ケースの質感も重要だが、時計の顔であるダイアルはやはりそれに勝るのだ。この分野に関してはまさしく百花繚乱で、あらゆるブランドがダイアルの質感を高めるべく努力を重ねている。いわゆる“高級ダイアル”は枚挙に遑がないが、敢えてミドルレンジから選ぶならロンジンが一歩先をゆく。特に190周年モデルを初出とするブレゲ数字の「ロンジン マスターコレクション」は、その彫りを微細加工機で行っている。エンドミル切削に特有の丸みが切削の終点に残るため、エッジの鋭さはビュランによる手彫りに及ばないものの、切削面そのものの光沢感は手彫りの質感に肉薄している。当初は限定モデルのみに使われただけだが、現在ではレギュラーラインナップにまで波及。つまりロンジンではこれを、量産品のダイアルに用いているのだ。

ロンジン「ロンジン マスター コレクション」

ロンジン「ロンジン マスター コレクション」
創業190周年の記念モデルを初出とする機械彫りのブレゲ数字は、今やロンジンを象徴するディテールに。微細加工機を用いることで、ビュランで彫ったような光沢感のある切削面を得ている。自動巻き(Cal.L888.5)。21石。2万5200振動/時。パワーリザーブ約72時間。SS×18KRGキャップケース(直径34.0mm、厚さ9.20mm)。3気圧防水。(問)ロンジン Tel.03-6254-7350

 現代的なダイアルメイキングでもうひとつ注目したいのは「微妙な中間色の再現」だ。ガルバニックなどの湿式メッキの例では、サーモンピンクやアイスブルーなどがよく知られているが、パルミジャーニ・フルリエの「トリック」はさらに微妙な風合いだ。同社は「トンダ PF」以降、ル・コルビュジエの「建築的ポリクロミー」を参考にしたカラーアソートメントを構築しており、トリックには大地と自然を想起させる2色を採用。写真のプラチナケースにはセラドングリーン、18KPGケースにはサンドゴールドを採用し、サルトリアルステッチのストラップにはそれぞれ逆の色味を組み合わせている。CEOのグイド・テレーニに拠ればこの2色は、それ自体が主張し過ぎることなく、どんな色合いの服装にも馴染むことを第一義としている。時計を服飾の一部と捉えているからこそのカラーチョイスだ。

パルミジャーニ・フルリエ「トリック プティ・セコンド」

パルミジャーニ・フルリエ「トリック プティ・セコンド」
華美ではないラグジュアリー感を目指した新しい手巻きモデル。絞りの深い“シュヴェ”ダイアルは、従来と異なる手法のハンドグレインで仕上げられ、ル・コルビュジエのカラーパレットを参考に構築されたという実に微妙な中間色で彩られる。手巻き(Cal.PF780)。27石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約60時間。Ptケース(直径40.6mm、厚さ8.8mm)。3気圧防水。(問)パルミジャーニ・フルリエ pfd.japan@parmigiani.com

 一方ケースの設えに目を向けてみると、いわゆるラグスポ的な“アイコニックな造形”を持つ時計を、まったく選んでいないことに気付く。脱ラグスポ、ポストラグスポを意識したからではない。オタク時計専門誌の肌感覚で捉えた“クワイエット”には、やはりラグスポ的な造形は主張が強すぎるのだ。だからといって没個性では味気ない。格好のサンプルはルイ・ヴィトンの「エスカル」だ。この時計の基本は極めてシンプルなシリンダーケースなのだが、ラグから延びるプレートの部分をトランクに用いる金具に見立てている。たったこれだけで、簡潔なラウンドウォッチが表情豊かに生まれ変わる。この時計はダイアルも秀逸で、モノグラム・キャンバスの質感を模したセンターのエンボス加工が効いている。

ルイ・ヴィトン「エスカル オトマティック ローズゴールド ブルー」

ルイ・ヴィトン「エスカル オトマティック ローズゴールド ブルー」
極めてベーシックなシリンダーケースに、象徴的なディテールをちりばめたデザイン。ラグを支えるプレートは、トランクに用いる金具を模した造形。ダイアル中央のエンボス加工はモノグラム・キャンバスへのオマージュだ。自動巻き(Cal.LFT023)。32石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約50時間。18KRGケース(直径39mm、厚さ10.34mm)。50m防水。(問)ルイ・ヴィトン クライアントサービス Tel.0120-00-1854

 時計の造形的な純度を測るには「トラディショナルであるか」という尺度もあるが、むしろ今回の場合は「オーセンティックであるか」に力点を置きたい。モリッツ・グロスマンの時計作りは伝統的な手作業が背景にあるが、デザイン的な意味では、むしろミニマルな本格派を指向している。「37 アラビック」の日本限定モデルは、初代ベヌーを基本としながらスモールセコンドから数字を取り去り、抜け感を強調してみせた。こうした引き算はなかなかプロデュースできるものではない。

 改めてここに挙げた時計を俯瞰してみると、“普通の設え”が圧倒的に多いことに気付く。「オヤジ時計はラグジュアリーの夢を見るか?」。これが時計のクワイエットラグジュアリーを考えるうえで、重要なテーマとなってくるだろう。

モリッツ・グロスマン「37 アラビック ジャパンリミテッド」

モリッツ・グロスマン「37 アラビック ジャパンリミテッド」
世界で唯一となるブティックオープン10周年を祝う日本限定モデル。小振りな37mmケースに、初代ベヌーを彷彿とさせるダイアルを載せる。スモールセコンドの表示からクォーターの数字を取り去ってレイルウェイトラックのみとしたことで、抜け感の強いシンプルな印象が際立った。手巻き(Cal.102.1)。22石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約48時間。18KRGケース(直径37mm、厚さ8.32mm)。日常生活防水。日本限定15本。(問)モリッツ・グロスマン ブティック Tel.03-5615-8185


ロゴを印さないという自信。H.モーザーは品質を腕時計そのもので語る

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パルミジャーニ・フルリエ「トリック」で再定義する新時代のエレガンス

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一度着けたら首ったけ!「ロンジン マスターコレクション」のサーモンピンク文字盤は〝肴〟になる傑作時計だ

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