ブランドの二極化強まる。「2025年スイス時計年次報告」に見る高級時計市場

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2026.04.10

モルガン・スタンレーとリュクスコンサルトによって発表された、2025年スイス時計年次報告。昨年は各国市場で翳りを見せた高級時計市場に、どのような変化が起きているのか? この報告を、気鋭の経済ジャーナリスト、磯山友幸氏が分析する。

Photograph by Yu Mitamura
磯山友幸:文
Text by Tomoyuki Isoyama
安堂ミキオ:イラスト
Illustration by Mikio Ando
[2026年4月10日公開記事]


モルガン・スタンレーが発表した2025年スイス時計年次報告

 米国の金融大手モルガン・スタンレーがこのほど、2025年のスイス時計市場に関する年次報告を公表した。モルガン・スタンレーとスイスのコンサルティング会社リュクスコンサルトが共同で毎年公表しているもので、今回で9回目になる。ブランドごとのシェアを推計(メーカーの公式数値ではない)している点に特徴がある。2025年の年次報告では、スイス時計の輸出が2年連続で減少するなど、市場全体の成長が鈍化する中で、ブランドごとの市場シェアに変化が表れており、ブランドの優劣が鮮明になってきたと分析している。

2025年の高級時計市場を分析

スイス時計協会FHによる、2025年のスイス時計の総輸出額ランキングトップ15カ国。

 スイス時計協会FHが集計した2025年のスイス時計輸出額は、255億5240万スイスフラン(約5兆1054億円)と、2024年に比べて1.7%減少した。ピークだった2023年の267億4830万スイスフラン(約5兆3479億円)に比べると4.5%低い水準になった。この理由として、モルガン・スタンレーの報告書では「スイスの時計産業は、歴史的に中国人顧客に依存してきたが、中国大陸向けの輸出減を米国向けの増加が補うことができなかった」ことが大きいと分析している。この20年間、スイス時計市場が大きく伸びてきた最大の要因が中国の需要増加だったわけで、中国経済が大幅に減速したことによって高級時計需要に急ブレーキがかかっている。

 スイス時計協会FHの統計では2025年の最大マーケットは米国だったが、輸出額は前年比で0.5%減少、2024年まで2位だった中国本土向けが12.1%も減少したことで日本を下回り、3位に転落した。日本向けは2位だったが、それも前年比で5.8%減少しており、相対的に中国を上回ったに過ぎない。かつての最大輸出先だった香港は前年比で6.5%減少して4位にとどまり、かつて自由都市として貿易の拠点になっていた頃の高級時計市場としての面影はほとんどなくなっている。

ブランドごとの傾向

モルガン・スタンレー スイス時計市場

モルガン・スタンレーが発表した「Ninth Annual Swiss Watcher」より、2025年のブランド別の市場シェアを予測したグラフ。

 そんな中で、モルガン・スタンレーの報告書では、ブランドごとの傾向に変化が出てきたことに着目している。

「2025年のスイス時計産業は二極化が強まる傾向をはっきり示した。大型ブランドが徐々に市場シェアを増やしており、トップの4ブランドで市場全体の50%を超えた」

 市場シェアの上位は、トップがロレックスの32.9%、次いでカルティエの8.7%、パテック フィリップが3位(7.0%)、オメガが4位(6.4%)に入り、この4ブランドだけで55%を占める。モルガン・スタンレーによると前の年の2024年は4ブランドで52.4%だったといい、上位4ブランドのシェアは2025年に高まっている。高級ブランドのシェアが高まったことで、小売価格5万スイスフラン(約1000万円)以上の輸出品の割合は、2024年の33.5%から37%に上昇している。つまり、価格の高い高級ブランドが勝ち組となってシェアを伸ばし、二極化が鮮明になったというわけだ。

 モルガン・スタンレーの報告書は、2025年にシェアを高めた“勝者”として、オーナーが所有する非公開企業ブランドを上げ、上場企業ブランドは苦戦したとしている。オーナー企業のブランド、いわゆる独立系ブランドとして、ロレックスやパテック フィリップ、オーデマ ピゲ、リシャール・ミルを上げている。一方、オメガを持つスウォッチ グループなど上場企業が厳しいという評価だ。2025年の売上高の順位の大きな変化は、長年、3位を維持し続けてきたオメガが、5位に転落したこと。ムーブメントや物流網の共通化などで効率化を進める一方、知名度向上などの広報で業界上位に食い込んできたスウォッチ グループの戦略に変化が出るのか大いに注目される。なお、スウォッチも売上高は、前年の12位から15位に転落している。

オーデマ ピゲ ネオ フレーム ジャンピングアワー

オーデマ ピゲ「ネオ フレーム ジャンピングアワー」Ref.15245OR.OO.D206VE.01
オーデマ ピゲが2026年に発表した新作モデル。自動巻き(Cal.7122)。43石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約52時間。18KPG×サファイアケース(縦47.1×横34mm、厚さ8.8mm)。2気圧防水。979万円(税込み)。

 売上高において、3位に浮上してオメガを凌駕したオーデマ ピゲは、販売本数がわずか5万数千本にもかかわらず、平均単価は5万スイスフランを超える超高級路線を走る。市場全体が二極化している中で、象徴的な存在とも言える。

 ランキングの中で、躍進を遂げて注目されているのが、ジェイコブ&コー。販売本数が24%も伸びて売上高も14%増となり、成長率トップを記録した。創業者であり現会長のジェイコブ・アラボは、「2025年に成長したスイス時計ブランドに選ばれたことを、非常に誇りに思う」としたうえで、「常に挑戦を続け、創造を止めることなく、そして自分たちのビジョンを信じ続けてきたからだ」というコメントを発表した。

磯山友幸

磯山友幸
経済ジャーナリスト/千葉商科大学教授。1962年、東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞社で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、『日経ビジネス』副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。政官財を幅広く取材している。著書に『国際会計基準戦争 完結編』『ブランド王国スイスの秘密』(いずれも日経BP社)など。
【磯山友幸 公式ウェブサイト】http://www.isoyamatomoyuki.com/


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