IWC「インヂュニアSL」を、そして「インヂュニア」を改めて振り返る

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2026.04.21

スイスの名門ブランドであるIWCの「インヂュニア」は、耐磁性能を軸に発展してきた人気コレクションだ。中でも、1976年に登場した「インヂュニア SL」は、外装デザインを大きく転換したという点で、本コレクションにとって画期的なモデルである。

IWC インヂュニアSL


「インヂュニア SL」とは? 現行モデルのルーツを探る

 インヂュニア SL(Ref.1832)は、それまでのインヂュニアとは異なる外装を採用したモデルである。1955年に誕生した初代インヂュニアは、耐磁性能を重視したツールウォッチとして設計されていた。インヂュニア SLはその設計思想を維持しつつ、外観に大きな変化を施したモデルだ。

 デザインを手掛けたのは、当時フリーランスのデザイナーとして活動していたジェラルド・ジェンタである。IWCは、1960年代末から新しいスティール製インヂュニアの開発を構想し、その過程でジェンタに再設計を依頼した。そして、1974年にジェンタがIWCに渡していたデザインをもとに完成したのが、インヂュニア SLである。

 本作の特徴は、5つのビス穴が印象的なベゼルと、ケースとブレスレットに一体感を持たせたデザインにある。ベゼルはビスによって固定され、視覚的なアクセントとなると同時に、技術的要素を強調する役割も担う。また、H型リンクで構成されたブレスレットは見た目にもスマートで、全体として一体感のある外観を形成している。こうした構成は、従来のラウンドケース中心の時計とは異なる造形であった。

 内部構造には従来のインヂュニアと同様に、軟鉄製インナーケースが採用されている。これはムーブメントを磁場から保護するためのものだ。エンジニアや科学者といった専門職を想定した設計思想を継承した、いかにも「インヂュニアらしい」要素である。外装が刷新された一方で、機能面の核は維持されている点がポイントだ。

 また、インヂュニア SLは当時のSLコレクションの一員として展開された。ステンレススティール製のケースとブレスレットを備えた高級スポーツウォッチ群の中核モデルであり、この時点ですでにラグジュアリースポーツウォッチに通じる特徴を備えていたと解釈できる(当時はまだ“ラグスポ”の概念が存在しなかった)。

 なお、本作は革新的なデザインを備えていたものの、生産数は多くなく、商業的に大きな成功を収めたモデルとは言い難い。発表から数年間の生産は約1000本程度にとどまったとされる。しかし現在では、その独自性と歴史的背景からコレクターズピースとして高く評価されている。

 現行のインヂュニアは、インヂュニア SLのデザインに着想を得ている。5つのビス穴を持つベゼルや一体型ブレスレットといった構成要素が、現代的に再解釈されて伝承されているのだ。したがって、現行モデルの外装や思想を理解するためには、インヂュニア SLのドラマや背景を理解しておく必要がある。

ジェラルド ジェンタ

インヂュニアSL(Ref.1832)のデザインを手掛けたのが、ジェラルド・ジェンタ(1931-2011)。オーデマ ピゲの「ロイヤル オーク」やパテック フィリップの「ノーチラス」も担当した、伝説的ウォッチデザイナーである。


“ラグスポ”としての外装品質

 インヂュニア SLが現在再評価されている理由のひとつが、外装設計の完成度にある。本作は耐磁時計としての機能を維持しながら、ケースとブレスレットを一体として設計することで、当時としては新しい外観と機能性を提示した。

 特に注目したいのが、ケースとブレスレットの連続性である。ラグを独立させる従来の構造とは異なり、ケースからそのままブレスレットへとつながる構造を採用することで、時計全体に一体感が生まれた。ブレスレットはH型リンクで構成され、各コマの面取りや仕上げによって立体的な視覚効果をもたらしている。装着時のフィット感にも寄与するデザインであり、重量を分散させる役割をも果たす。

 ケースデザインも重要な要素である。ラウンド型をベースに、ビスによってベゼルが固定されたアイコニックな意匠だが、これらのビスは単なる装飾ではなく、内部構造と連動する技術的要素でもある。ベゼルからケース側面にかけては滑らかなフォルムとなっており、液体金属を彷彿とさせるような滑らかさが印象的だ。艶やかなその存在感は、現在のラグジュアリースポーツウォッチにも通じるいで立ちである。

 とはいえ、インヂュニア SLは極端な薄型化を志向したモデルではない。軟鉄製インナーケースを内包する構造上、一定の厚みを伴う必要があるためだ。しかし、ケース全体のプロポーションはバランス良くまとめられている。視覚的なボリュームだけでなく、装着時の安定感まで考慮された見事な設計だ。

 このようにインヂュニア SLは、外装の構造、仕上げ、装着感といった要素を統合し、高い完成度を実現した。ラグジュアリースポーツウォッチという概念が明確化される以前のモデルではあるが、現在の視点から見れば“ラグスポ”に通じるものがある。コレクターズピースとしての再評価が、この革新的なモデルの価値を何よりも物語っているだろう。

IWC インヂュニアSL

1976年に発表されたインヂュニアSL。8万A/mの優れた耐磁性能と120mの防水性能は踏襲しつつ、5本のビスでベゼルを固定する構造や、ケースとブレスレットに一体感を持たせるデザインを採用。それまでのインヂュニアから外装デザインを一新させている。


現行「インヂュニア」にはどんな種類があるの?

 現行のインヂュニアは、2023年に発表された「インヂュニア・オートマティック 40」を軸に構成されたコレクションである。「インヂュニア SL」のデザインコードを再解釈しつつ、サイズや素材、機構の違いによって複数のバリエーションが用意されている。外装デザインを共通項としながら、用途や好みに応じて選択できるラインナップが特徴だ。

中核となる「インヂュニア・オートマティック 40」

 中心となるのは「インヂュニア・オートマティック 40」である。ケース径40mmのサイズに、より洗練されたデザインの5つのビス穴を持つベゼル、一体型ブレスレットといった意匠を組み合わせたモデルだ。ダイアルには格子状(いわゆるグリッド)のパターンを採用し、光の当たり方によってさまざまな表情を楽しめる。

 このモデルは、単なる復刻ではなく、人間工学に基づいた装着感や仕上げ水準に合わせて再設計されている。ベゼルは職人の手作業によるポリッシュとサテンで仕上げられており、日常での使用を前提とした堅牢性も確保されている。現行のインヂュニアを理解するうえで基準となる存在だ。

IWC インヂュニア オートマティック 40

IWC「インヂュニア・オートマティック 40」Ref.IW328901
インヂュニア SLのデザインを継承した、直径40mmサイズの基幹モデル。搭載するCal.32111を軟鉄製のインナーケースで覆うことで耐磁性能も確保されている。自動巻き(Cal.32111)。21石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約120時間。SSケース(直径40mm、厚さ10.7mm)。10気圧防水。192万1700円(税込み)。

豊富なサイズバリエーション

 現行コレクションでは、40mmに加えて42mmや35.1mmといったサイズも展開されている。35.1mmモデルは外装デザインを維持したまま全体をコンパクトにまとめた、装着時の収まりを重視した構成だ。一方で42mmモデルは、素材や構造の違いを伴いながら、より存在感のある外観を備えている。

 一体型ブレスレット構造の時計は、実際のサイズ以上に大きく見える傾向がある。そのためサイズバリエーションの展開は、ユーザーの選択肢を広げる上でも重要だ。現行のインヂュニアは、サイズ面においてもこれまでより懐の深いコレクションとなっている。

IWC インヂュニア オートマティック 42

IWC「インヂュニア・オートマティック 42」Ref.IW338903
2025年にリリースされた42mmサイズのモデル。ケースとブレスレットにセラミックスを採用するのみならず、搭載するCal.82110にも摩耗しやすいパーツにセラミックスを用いることで耐久性を高めている。自動巻き(Cal.82110)。22石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約60時間。セラミックスケース(直径42mm、厚さ11.5mm)。10気圧防水。320万3200円(税込み)。

IWC インヂュニア オートマティック 35

IWC「インヂュニア・オートマティック 35」Ref.IW324901
2025年に発表された35mmサイズ。単に40mmモデルのデザインをスケールダウンさせただけでなく、ケース厚を9.4mmに抑えたことで軽快な装着感を実現している。自動巻き(Cal.47110)。23石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。SSケース(直径35.1mm、厚さ9.4mm)。10気圧防水。168万1900円(税込み)。

個性豊かな素材

 現行モデルはステンレススティールを基本としながら、チタンやゴールド、セラミックスといった素材が展開されている。

 チタンモデルは軽量で、長時間の着用に適しているのが特徴だ。一方でゴールドモデルは、素材そのものの質量感によるインパクトを生む。さらにフルセラミックスモデルは、硬質な質感と耐傷性を特徴とするなど、同じデザインでもキャラクター性はそれぞれ異なる。また、素材の違いは単なる外観の差異にとどまらず、装着感にも影響する重要な要素である。

IWC インヂュニア オートマティック 40

IWC「インヂュニア・オートマティック 40」Ref.IW328904
チタニウム製のケースとブレスレットにグレーのダイアルを組み合わせた、クールなルックスが目を引く。40mmサイズの本作は、軟鉄製のインナーケースによって耐磁性能も備わっている。自動巻き(Cal.32111)。21石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約120時間。Tiケース(直径40mm、厚さ10.8mm)。10気圧防水。239万6900円(税込み)。

IWC インヂュニア オートマティック 40

IWC「インヂュニア・オートマティック 40」Ref.IW328702
18Kレッドゴールド製モデルはブラックの文字盤を組み合わせてソリッドな雰囲気に。40mmサイズでは唯一シースルーバックを採用しており、搭載するCal.3211が確認できるようになっている。自動巻き(Cal.32111)。21石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約120時間。18Kレッドゴールドケース(直径40mm、厚さ10.4mm)。10気圧防水。829万4000円(税込み)。

拡張されたコレクション性

 現行のインヂュニアは、サイズ、素材、機構といった複数の軸で構成されている。かつてのように特定の機能に特化したモデルではなく、外装デザインはそのままに、多様な仕様を提供するコレクションとなった。この変化は、インヂュニア SLで確立された外装デザインが、現代においても汎用性を持つことを示している。つまり、現行コレクションは「らしいデザイン」を基盤としながら、用途や嗜好に応じた選択を可能にするラインナップへと進化しているのだ。


“ラグスポ”の魅力を改めて知ろう

 ラグジュアリースポーツウォッチは、実用性と外装品質を両立させたカテゴリーである。防水性や堅牢性といった日常での使用に必要な性能を備えながら、ケースやブレスレットの仕上げ、構造によって高級機としての価値を成立させているのが特徴だ。

 この観点から見ると、インヂュニア SLは現在“ラグスポ”と呼ばれる要素を備えていたモデルと解釈して良いだろう。ケースとブレスレットに一体感を持たせるように設計し、時計全体をひとつの外装として成立させる手法は、今日のラグジュアリースポーツウォッチにも通じる。さらに、ヘアラインとポリッシュを組み合わせた仕上げにより、単一素材でありながら表情に変化を持たせている点にも注目だ。

 “ラグスポ”の価値は、単に視覚的な個性にとどまらない。装着時の快適性や、使用環境を選ばない汎用性も求められる。過度な装飾を避けつつ、外装の造形や仕上げによって存在感を生み出すハイセンスなデザインと設計が問われるジャンルだ。

 現行のインヂュニアは、こうした“ラグスポ”の要素を踏まえて再構築されてきた。ケースのプロポーションやブレスレットの可動構造、各面の仕上げ分けは、現代の製造技術によってより精緻にまとめられている。その結果、実用時計としての性格を維持しながらも、外装の完成度は時代に比例して洗練されてきた。

 もともと耐磁時計として誕生したインヂュニア。しかし、現在では外装設計を核としたコレクションとして位置付けられている。“ラグスポ”という視点から見直すことで、その価値はより明確になるだろう。機能と外装がどのように統合されてきたのか。その歴史を深く理解することで、インヂュニアの真の魅力を読み解くことができそうだ。

Contact info:IWC Tel.0120-05-1868


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