20世紀初頭、「タンク」ウォッチを開発し、幾何学フォルムを大胆に導入することで、新時代に即した腕時計の魅力を創出したカルティエ。その理念と審美眼、高度な技術を背景に生み出された「タンク アメリカン」のスケルトンモデルが、アールデコの魅力と精神を今再び、我々に教えてくれる。

腕に沿う湾曲したケースサイドのラインを特徴とする「タンク アメリカン」に、初めて登場したスケルトン仕様。浮遊感が漂うスケルトンムーブメントを見通せるよう、時計の両面にはサファイアクリスタルが採用されている。手巻き(Cal.1988MC)。24石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約50時間。18KPGケース(縦44.4×横24.4mm、厚さ8.24mm)。日常生活防水。805万2000円(税込み)。
Photographs by Eiichi Okuyama
名畑政治:文
Text by Masaharu Nabata
Edited by Yuzo Takeishi
[クロノス日本版 2026年11月号掲載記事]
カルティエの創造性が生み出した、機構と幾何学美の融合による瀟洒な佇まい
スケルトンウォッチといえば、かつては地板や受けを流麗なラインで肉抜き加工し、そこにハンドエングレービングによってアラベスク模様を刻んだものが一般的であった。このようなクラシカルなスケルトンの時代は2000年頃まで続いていたが、2000年代に入ると、古典的な技法から離れて、直線的・幾何学的なラインで肉抜きしたムーブメントに、あえて一切の装飾彫りを施すことなく、シンプルに仕上げるスタイルが登場した。筆者はこのモダンでミニマルな新時代のスケルトンを創出し、早い段階で世に送り出したのが、カルティエにほかならないと考えている。

カルティエによる幾何学デザインの原点は、1917年に製作された初期の「タンク」ウォッチにあるはずだ。ケース左右のラインが際立つ長方形を基調としたフォルムは、ラウンド型が大半だった時計の世界に新風を吹き込んだ。
やがて1921年、カルティエは「タンク」をベースに、手首の曲線に沿うようにケースの縦のラインを湾曲させた「タンク サントレ」を製作。この人間工学を先取りしたモデルはその後、1988年に発表された「タンク アメリカン」へと引き継がれ、その幾何学デザインの魅力をより一層、アピールした。
この「タンク アメリカン」のコレクションに登場した新作が、徹底したオープンワーク加工を施した「タンク アメリカン」スケルトンである。実のところ、「タンク アメリカン」にスケルトン仕様のムーブメントが搭載されるのは今回が初めて。そこで本作に採用されたスケルトンムーブメントは、「タンク アメリカン」の誕生年にちなんでCal.1988MCと命名されている。

すでに紹介したように、幾何学的なラインで肉抜きされた地板および受けは、メゾンの象徴ともいうべきローマ数字がモチーフ。極限まで細く、直線的に仕上げられたスケルトンのブリッジから装飾性を排除することで、1920〜30年代に美術界を席巻したアールデコ様式の魅力が宿っている。
このモデルのケース素材は18Kピンクゴールド。そして、柔らかな光に包まれたケースにセットされるスケルトン仕様のムーブメントは、縦方向にサテン仕上げを施したロジウム仕上げ。このピンクゴールドとロジウムの鮮やかなコントラストが、極限まで肉抜き加工を施した1988 MCの建築的な構成美を強調し、香箱やテンプ、輪列機構が空中に浮かびながら作動しているかのような浮遊感までも一層、高めている。

また、ピンクゴールドのケースに合わせて、リュウズにもピンクゴールドを採用。トップにはファセット加工を施したブルーのサファイアが嵌め込まれているが、このサファイアのカラーに合わせてネイビーブルーのアリゲーター製ストラップが選ばれている。なお、このストラップはインターチェンジャブル機構を備えており、ユーザー自身が工具なしで手軽に他のストラップに交換できることがメリットとなっている。
創業時から現在まで継承される幾何学デザインへの深い理解と洞察、そこから導き出される機構や構造を思いのままに実現する高い技術力。それはカルティエというメゾンの核となるルイ・カルティエの理念に基づくものであり、その成果のひとつが、モダンにしてミニマルなスケルトンウォッチの新たなる傑作、「タンク アメリカン」スケルトンなのである。



