NEW MANUFACTURE in the suburb of SCHAFFHAUSEN IWC

2018.10.09

 IWCでCOOを務めるアンドレアス・ヴォル氏は次のように説明する。
「新しい工場を建てるというアイデアは、07年にはありました。というのも、IWCはこの10年から15年の間に、急成長を遂げたからです。西棟と東棟は建て増ししましたが、結果として、部品やケース、ムーブメントなどを、作業のたびにあちこちに運ばねばならなくなった」

 12年、IWCはシャフハウゼンの郊外にある小さな町に、すべての製造工程を集約した工場「IWCマヌファクトゥール・ツェントルム」を建設することを決定した。「新工場をまったく白紙から設計することで、完璧な製造工程と、私たちが望む条件を満たすことができました」(ヴォル氏)
 加えてIWCは、この新工場に、他にはない特徴を加えようと考えた。つまりは、オーナーが見て回れ、そして製造工程を体験できる工場である。すでに他のメーカーも行ってはいるが、IWCはそれを徹底させたのである。

 CEOのクリストフ・グランジェ・ヘアー氏がこう説明した。「私たちは、絶対に必要とは言えないものでビジネスを行っています。今日の顧客は、正確な時間を知るためにラグジュアリーな機械式時計を手にするわけではありません。私たちの時計は自己表現、そして日々の喜びをもたらす、エモーショナルな製品なのです。では、どれほどの職人技や、熟練した技術、デザインや情熱が、それぞれの、そしてすべてのIWCに投じられているかを見てもらえばいい。新しい工房では、すべての顧客が製造工程を見られます」。

 昨年、建設中の工場を訪れた際、COOのヴォル氏も、まったく同じことを語っていた。見せると言っても、ガラス越しに製造工程を見られるだけになるのではないかと危惧していたが、さにあらず。IWCはビジター向けの見学ラインを、工場のど真ん中に作ってしまったのである。大げさな言い方をすると、私たちメディアが見ているのとまったく同じ風景を、ビジターたちも見られるわけだ。ヘアー氏はこう語った。「ビジターに隠すことは何もありませんからね」。

 本誌がIWCマヌファクトゥール・ツェントルム訪問した8月24日は、落成記念パーティーの翌日だった。工場内を埋め尽くしていた著名なジャーナリストやVIPたちはすでに去り、工場は普段の落ち着きを取り戻していた。今後この工場を訪問する皆さんも、おそらく同じ光景を見るに違いない。

 2000年代に入ると、IWCは本社に連結する西棟と東棟を建て増ししたが、それでも十分でなかった。というのも、00年以降、IWCは自社製ムーブメントの製造個数を増やし、ケースの内製率も向上させたからである。04年の時点で約50%にすぎなかったケースの内製率は、急激に上がり、16年にはほぼ100%となった。となれば、いくら建物を増やしても追いつかないだろう。14年、IWCはすべての製造部門をシャフハウゼンの隣町であるノイハウゼンの新工房に集約させたが、あくまで暫定措置だった。

地下1階にはケースの製造部門がある。従業員と工作機械は、基本的にノイハウゼン時代から同じ。しかし、それぞれの部門に割り当てられたスペースははるかに広くなった。

1階ではムーブメント部品の製造と、基幹ムーブメントの組み立てが行われる。ここで完成したムーブメントは1階からシャフハウゼンの本社に送られ、ケーシングされる。

 ファサードとなるのは新工場の1階部分。天井高は約9m。グレープの合板を張った壁には、社主を務めたホームバーガーや、設計者のアルバート・ペラトン、クルト・クラウスなどの写真が飾られている。ファサードの左側にあるドアを抜けると、いきなり工場だ。1階はムーブメントの部品製造と組み立て、地下はケース製造である。一般的なビジターよろしく、まずは地下から案内してもらった。エレベーターで階下に降りるといきなり長い廊下へと至る。コの字型の廊下は、製造フローに準じた形に伸びており、ケース材である丸棒をストックする保管庫、ケース切削、ポリッシングと続く。

 面白いのは、工場に置かれた機械の色だ。新工場にある機械のほとんどは、ノイハウゼンの工場から持ってきたものだ。しかし、ほとんどの機械がグレー、または白に統一されている。PRの担当者が説明してくれた。「工場内にある設備や備品の色をすべて揃えました。工場内の調和を強く望んだ、CEOであるヘアーの意向です」。言い忘れたが、彼は元建築家であり、バウハウスの信奉者であるらしい。そんな彼は、CEO就任以降、IWCに関わるあらゆるディテールを揃えてきた。プレス向けディナーのメニューに使われるフォント然り、メディアに露出するスポークスパーソンたちの服装然り、そして、工場内の機械の色然りだ。筆者の知る限り、わざわざ機械の色まで変えた工場は他にない。

(右)ケース切削部門。ミリングとターニングを合わせて、21名の従業員が所属する。担当する素材は、SSとTi。貴金属のケースは2階のムーブメント製造部門で切削を行うとのこと。写真が示す通り、ほんどすべての機械は、色が白とグレーに塗り直されている。
(中)左側がケースの素材である丸棒の保管庫。右側はそれを切削する部門。中央を貫くグレーのラインが、ビジターの通る通路である。このグレーラインを越えない限り、ビジターは自由に工場内を見ることができる。
(左)地階の奥にある、ポリッシュ部門。18名のポリッシャーと、9名のオペレーターが所属する。粗磨きを自動で行う機械も導入されたが、あくまで主役は職人。ビッグ・パイロットを例に取ると、3種の紙やすりを使い分け、40分の時間をかけてサテン仕上げを施す。作業中の彼に、工場内にビジターが来ると気が散らないのかとたずねたところ「もう慣れてしまっているから気にならない」とのこと。

(右)ビジターが通るライン上には、それぞれ何をやっているのかという説明が記される。これはムーブメント部品の製造を示すガイド。
(中)アッセンブリーコーナーの一角にある「組み立て体験コーナー」。ムーブメントのアッセンブリー部門は、クリーンな環境を保つため立ち入り禁止。しかし、実際の気分を味わってもらうべく、ガラス1枚を隔てたところに組み立て部門がある。PR担当者曰く、ここが最も“インスタ映えする場所”とのこと。落成から間もないため、まだ体験用デスクの数が少ないが、今後は増やしていく予定。現在IWCは、新工場を見るだけでなく、製造工程を体験できるインタラクティブなイベントの開催も検討中だ。
(左)サブアッセンブリー部門。やはりこちらも立ち入り禁止だが、外部から様子を見ることができる。これは穴石を装填するプロセス。その後、廊下を隔てたメッキ部門でロジウムメッキが施される。