昨今、時計の世界でも、じわじわと「クワイエットラグジュアリー」という言葉を耳にするようになった。もちろん、ファッションの潮流が先行し、そこから来ているのは間違いない。ここでは、長きにわたってファッションの世界に身を置き、独自のスタイルと世界観を持ち合わせるふたりの“エヴァンジェリスト”に、その見解を聞いた。

Moderated & Text by Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2024年11月号掲載記事]
時計とクワイエットラグジュアリーの原風景
── クワイエットラグジュアリーという言葉が時計業界にも浸透しつつあるのですが、時計の話に入る前にまず、ファッションにおけるクワイエットラグジュアリーについて、おふたりの見解を伺いたいと思います。そもそもこの言葉はいつ頃から耳にするようになりましたか?
中村達也:エフォートレスというキーワードが聞かれるようになったあたり。押しの強いファッションよりも抑制の効いたスタイルが出てきた、この5〜6年で主流になった印象がありますね。

母の実家は羅紗屋(生地商)、父方の祖父は靴職人という環境に生まれる。就職活動をせずに大学4年生の秋にBEAMSでアルバイトを始め、卒業と同時に入社。BEAMS SHIBUYA、BEAMS Fショップマネージャー、BEAMS Fバイヤー、クリエイティブディレクターを経て、現在取締役エグゼクティブ クリエイティブディレクター。
── 時計の世界では、ラグジュアリースポーツウォッチという押しの強いスタイルが人気絶頂のタイミングでした。
干場義雅:ラグジュアリーって、日本語で言うと贅沢。クワイエットって静かなるとかの意味を持つ言葉で、そこはかとない上品さとか落ち着いた上質なものを着るということですが、それは今に始まったことではないんです。例えばデザインが過多だったり、ロゴが前面に出ていたりするような、対極のスタイルが流行っていた時代はもちろんありました。でも僕が好きなスタイルは、シンプルで、男の人が普通にカッコよく着られる、クラシックなスタイルをベースにしたもの。
なぜかというと、18歳のときに働いていたBEAMSで、すでにそういったものを扱っていたからです。だから、クワイエットラグジュアリーって言われても、何を今さら?という感じなんです。ただ一方で、2020年に世界的なパンデミックでファッション全体が止まったことで、トレンドを追いかけなくてもいいという風潮になりましたよね。そこで、じゃあ我々にとって必要なものって何だろうと考えたとき、すごく本質的になったと思うんです。長く着られるものとか、上質な素材のものを着るとか、シンプルなものがいいとか ──。
コロナが質した、本質に返るっていうことがきっかけになって、クワイエットラグジュアリーみたいなキーワードを使い始めたんじゃないかと思います。でもそういったスタイルって、BEAMSは前々から扱っているし、世界的に有名なブランドの製品を作っているファクトリーブランドも、有名ではないけれど、シンプルでいいものをたくさん提案してきましたからね。

男性誌のモデルやBEAMSでの販売員からキャリアをスタートし、『エスクァイア 日本版』や『LEON』『OCEANS』など、男性誌の編集者を経て、2015年に『FORZA STYLE』編集長兼ファッションディレクターに就任。「ファッションで人生を豊かに」をスローガンに、さまざまな媒体・イベントでファションに関する自身の知見を発信する。
── トレンドを長く見続け、トラッドにも詳しい中村さんは、ラグジュアリーをどのように捉えていますか?
中村:本当のラグジュアリーな人って着飾っているわけではないし、特に男性は押しが強いものを着ているわけでもない。モードが好きな人には「普通ですね」って言われるかもしれないけれど、僕らが触ると、質がいいとか、なんでもないネイビーのジャケットだけれど実は仕立てがいいとか、そういうのが多いですよね。しかも、何千万円もする時計を着けているかと思うと、数万円で買えるような時計も普通にしているという、ヌキというかハズしというか、そういうことを知っている人が圧倒的に多い。
干場:ラグジュアリーな人って、お金持ちアピールをしないですよね。トッズの会長ディエゴ・デッラ・ヴァッレさんは、スーツスタイルなのに、時計はBEAMSでも扱っているマラソンを着けていたり、ロロ・ピアーナの会長のセルジオ・ロロピアーナさんはスウォッチを着けていたり。これこそリアルラグジュアリーな感じがしますよね。
中村:派手な服を着ている人たちって、どんなにお金持ちでも下品に見えちゃうんですよ。だから、ファッションスナップとかに出てくる人は正直、カッコいいと思わないし、憧れもしない。
── ファッションスナップのような見せるためのムーブメントは、時計でいうとラグジュアリースポーツウォッチの行き過ぎた部分が近いような気もします。人によっては下品にも映るでしょうし。
干場:でも、ラグスポは1970年頃からずっとありましたからね。それが認知されるようになったというか。例えば、ロレックスのプロフェッショナルシリーズとか。オーデマ ピゲのロイヤル オークも1972年ですよね。
中村:最初は見向きもされなかったよね。
干場:ヨットに乗るときにヨットマスターを着けるように、ロイヤル オークって、ラグジュアリーなライフスタイルを送っている人たちがそういうシーンで着け始めて、だんだん広がっていったように思うんです。ドレスウォッチだけだったのが、ラグジュアリーなシーンでも似合うスポーツウォッチが出来たっていう。日常生活の中で、カシミヤのニットを着て、中に麻のシャツを着て、何気ないコットンパンツを穿いて、そこにロイヤル オークを合わせるとか、海に近いエリアだったら、マリンスポーツに似合うラグジュアリーな時計を着けるとか。それが広がってきて、いろんな時計メーカーが参入したのではないかと思います。

── ラグスポはブームにはなりましたが、ファッションに取り入れるうえでの違和感は持たれませんでしたか?
中村:ラグスポってそんなに悪いイメージじゃない。イメージが悪いのはブランドのロゴが前面に出ているようなもので、そうではないシンプルなラグスポはありますからね。上質なTシャツとちょっとストレッチが効いたきれいなパンツと、上質なスニーカーみたいなスタイルと同じ。ラグスポに悪いイメージを持つのは、悪い方ばかりを見ているからで ──。
干場:悪くはないですよね。
中村:いいラグスポ ── それこそサイレントなラグスポって、たぶんあると思う。
干場:着け方じゃないですか? 今、中村さんがおっしゃったように、カシミヤのニットにコットンパンツとか、いいTシャツ着てラグスポをさりげなく着けていたらすごくカッコいいですからね。
中村:そういうものって、ちゃんとあるんですよ。ラグスポも悪いイメージで捉えている人もいるけれど、ファッションでもラグジュアリーなスポーツウェアがあるように、本当にサイレントに見えるようなものは実際にあるし。
── “サイレントに見えるラグスポ” は、確かにありますね。そこで、今回のテーマである時計のクワイエットラグジュアリーですが、時計も小型化し、着けやすさも含めて薄くなったことで、キーワードを欲する人たちにハマり、そうした要素を取り入れるブランドが少しずつ見られるようになってきました。
干場:それは今の人のスタイルが多様化しているからだと思います。必要だからスーツを着る上層部の人たちがいる一方で、普通のビジネスマンはセットアップを着て、Tシャツを着て、スニーカーを履いてバックパックを背負っている。そういう人たちの時計はラグスポでいいと思いますし、でもスーツを着る人はやはり、レザーストラップが付いたドレスウォッチが似合うと思います。それに、もっとカジュアルなスタイルで仕事をしている人たちは、別にドレスウォッチをする必要もないし、ラグジュアリーなスポーツウォッチをする必要もない。すごく多様化していると思いますね。
中村:特にドレスの場合、シンプルで薄い時計を合わせるっていうのは、僕が中学くらいのときに読んでいた雑誌には書いてあって、それが当たり前だと思っていたけれど、やがてスポーツウォッチを合わせる時代になった。もちろんそれはハズしで、コーディネートとしては本来のものではないので、基本に立ち返っているんだろうと思います。スポーティーな格好をしてドレスウォッチっていうのも変だしね。TPOはあるから。

干場:持っている時計の本数って実は、男性のライフスタイルの幅ですよね。ダイビングをするからダイバーズウォッチを持っているとか、飛行機に乗るからパイロットウォッチを持っているとか、タキシードを着るからドレスウォッチが必要だとか。その人のライフスタイルが出るじゃないですか。理想ですが、それを実践できたら一番カッコいいですよね。
中村:あと、夏場にきれいな麻のシャツを着るじゃないですか。そうすると黒い文字盤のスポーツウォッチが似合わないんです。そうなると白文字盤が要るなって考えて、しばらく着けていなかった白文字盤のエクスプローラーⅡを引っ張り出してきて、これじゃないとダメだとか、この麻のシャツとダックしたパンツにクロノグラフはちょっと大げさだなとか、そこまで感じるようになる。
干場:クワイエットラグジュアリーの先に、最近ではオールドマネースタイルとかニューマネースタイルみたいな言葉があって、あれも対極で面白いと思う。オールドマネーは普遍的で変わらない、1980年代くらいからの上流社会のスタイルで、ニューマネーは香港のスーパーラグジュアリーな人たちのスタイル。お金持ちでも、昔ながらの上品なスタイルが好きな人と、今どきのハイテクマシンやハイテク時計を好む人みたいな。例えば、マクラーレンとリシャール・ミルとか。マクラーレンって、ニューマネースタイルでは相通じる感じですよね。
中村:イタリアの代々続いているようなお金持ちの人たちって、クルマもクラシックなフェラーリを持っているような人が多いですからね。洋服業界もそう。会社を売ってお金が儲かって、じゃあ何を買うのかっていったらディーノを買ったとか、そういう人は多い。ランボルギーニを買ったっていうのは聞かないよね。古いフェラーリを買ったとか、古いポルシェを買ったとか、儲けたらそういうものにお金使う人が多いですね。
── そうした事例を聞くと、オールドマネーやニューマネーのスタイルは、クワイエットラグジュアリーの先にあるような気がします。
中村:時計も、ファッション業界ではアンティークウォッチが流行っていますけれど、これも同じですよね。
── ヴィンテージが好きな男性は最近、あえて女性が着けるミニウォッチを選んでいると聞きました。しかも、若い人はもちろん、40代以上にも結構多いと。例えばカルティエでは、ヴィンテージの服やライフスタイルを好む男性が、ベニュワールやタンクのミニウォッチを着けていると聞いて、これは驚きでした。
中村:そういう流れにもなりますよね。
干場:ずっと続いているというか、変わらないデザインのものって、長年受け入れられてきたっていうことだと思うんです。定番ってあるじゃないですか。残ったっていうことはそれだけ支持されたっていうことだから、これからも残るんだろうと思いますよね。
── また最近では、グランパコアという言葉も耳にしました。20代の若い人が、お祖父さんのクローゼットにある服をおしゃれに着るという ──。これもファッション業界でアンティークが流行しているトレンドに近いですよね?
中村:1980年代後半のイギリスで、ヤングフォギーっていうムーブメントがあったんです。若い子がお祖父さんのクローゼットから服を借りてくるもので、それのリバイバルみたいな感じですね。
干場:いい時計だと思って聞いてみると、実はお祖父さんやお祖母さんからもらったっていうのは結構ありますよね。それこそオールドマネーで、いい暮らしをしていたんだろうなっていうのが分かる。

── そういったものはやはり、クワイエットラグジュアリーですね。ファッションもそうですが時計も、それを現行品でやろうとしているように感じます。
干場:今、僕がやっているYouTubeの番組で、MCの女の子が、お母さんからカルティエのパンテールをもらっていたんですよ。
── お母さんだったらいい時代のものを持っていますよね。その時代のパンテールは今、復刻しているくらいですから。
干場:それこそ、古びないでずっと使えるものですよね。長く持ち続けられる究極のデザインというか。残った定番がちゃんと生きているという点で、すごく素敵だし、それこそがクワイエットラグジュアリーじゃないかと思うんです。
── リアルに受け継がれたクワイエットラグジュアリーですね。本質にオールドマネー的なものが見えると、今のトレンドもいい方向に向かうような気がします。
中村:だから、時計も手放さない方がいい。最近、エドワード・グリーンとかジョンロブの靴が二次流通で並んでいるのを見かけるんですけど、これ、持っていた方がいいのになって思うんですよ。
干場:もったいないですよね。
中村:履かなくても、持っていたら10年後にまた履けるかもしれないから。時計も同じように、持ち続けた方がいいと思うんですよね。でも、今はそういう感じではなくなっているのかなぁって。
干場:思い出も手放すみたいで寂しいですよね。僕は、中村さんが作ったBEAMSのキャメルコートを持っているんですが、20年くらい着ていますからね。
── 確かに、最近は手放してしまう人は多いように思います。
干場:服も時計も、リセールバリューで選ばないじゃないですか?
中村:好きなものって、ずっと手放さないだろうっていう視点で買うからね。

── ずっと持っていると10年後、20年後にまた使えるというのは ──。
干場:ずっと持っていると、10年後、20年後にまた使えるというのは、白文字盤のエクスプローラーⅡの話がまさにそう。
中村:うちの社長が、亡くなったお父様から受け継いだゴールドのバブルバックを着けているんです。バブルバックって、ブームのときに値段が上がって、今はそんなに高くないじゃないですか。でも、そのバブルバックを着けているとお金持ちの人にすごく褒められるんですって。だから時計をたくさん持っているのに、毎日それを着けているんですよ。
干場:それこそクワイエットラグジュアリーじゃないですか。
── 一方で、持ち続けることは難しいようにも感じるのですが、持ち続けるために、何かいい方法はありますか?
干場:チャールズ国王の言葉で「Buy once, buy well」っていう言葉があるんですよ。一度いいものを買って、とにかく長く使うっていう。それがひとつ、いいことなのかなって。僕はそんなにいいものをたくさんは買えないですが、でも気に入ったいいものは長く使えるし、ほころびたら直して着続けられますから。
中村:トレンドはどんなものでも絶対にあると思うんです。時計でも洋服でも。ただ、取り入れるさじ加減が極端だと長く使うのは難しいので、トレンドは参考にする程度で取り入れるのがいいと思います。タイムレスっていう言葉がありますが、タイムレスって例えば30年間ずっと身に着けられるっていう話ではないと思うんです。持ち続けると、いつかまた、それを着られるときが来るから、捨てないものをきちっと選んだ方がいい。どうしてもトレンドはあるので、古臭いかなって思う時期もあるかもしれないですが、それを持ち続けると絶対に着られるときは来るんです。でも、みんな持ち続けられない。これからの世の中、リセールがあると、もっと持ち続けることが難しくなるでしょうね。
── 時計も、タイムレスというと長く使うことを考えるけれど、そういうわけではなく、持っていて出番が来るっていうのは本当の意味でタイムレスですね。





