Apple Watch Series 4 最速インプレッション/本田雅一、ウェアラブルデバイスを語る番外編

FEATUREウェアラブルデバイスを語る
2018.09.19

Series 3(左)と比べ、Series 4(右)の方がディスプレイの表示面積が大きくなっていることは一目瞭然だ。

“ディスプレイであること”を活かした盤面デザイン

 大きくラウンドした四隅に合わせたOLEDディスプレイは、表示面積が32〜35%も増加した。面積で言うならば小型の40mmケースでも、Series 3までの42mmケースよりも大きな表示面を持っており、純粋に表示できる情報量が増加している。44mmならばなおさらだ。

 しかし、単に面積が増えただけではない。四隅をラウンドさせ、ケースギリギリまで拡大されたディスプレイに合わせ、盤面デザインをSeries 4向けに刷新したのだ。

 その真骨頂は“Infograph”(インフォグラフ文字盤)と名付けられた盤面に見られる。

 アナログ指針の“丸い盤面”を再現した基本レイアウトには、クロノグラフのような複合的な情報表示を行う伝統的なアナログ腕時計のデザインテイストが盛り込まれているが、そこに配置できる情報量の多さは、一般的な腕時計の常識を超えており、また丸いアナログ指針のデザインモチーフを採用しながら、四角いApple Watchのケースに馴染むものになっている。

 このInfographというデザインには、中央のアナログ指針の盤面に、3つの追加情報を表示する小さな円形エリアとひとつの大きめの情報表示領域、そして大きくラウンドした四隅のエリアにも4つ、情報表示領域が置かれている。

 合計8つとなる情報表示エリアは、“コンプリケーション”という機能を配置するものだ。アップル自身が提供するさまざまな情報や機能、あるいはサードパーティー製アプリケーションが提供するそれらを配置し、ユーザーに付加情報や機能へのアクセスを容易にする。タップすると、それぞれの情報を表示しているアプリ画面へのショートカットにもなっている。

 実は以前からこの機能そのものはあるのだが、今作より表示方法が工夫され、四隅は円形の盤面を取り囲むようにメータースケールや文字が配置される。そして中央の円形エリアは、まるでクロノグラフのようなレイアウトとなる。

 メカニカルなクロノグラフやデュアルタイム機能などと異なるのは、自分自身で配置や情報の種類を選べるほか、別タイムゾーンの時間ならば色で午前/午後を表現したり、あるいはムーンフェイズや時刻に合わせた地球の表示ならば、リアリティを持ったグラフィックスで魅せるなど、表現力が極めて高いことだろう。

 さらに、四隅に配置するコンプリケーションでは、積極的に“スケール”表示がカラフルなかたちで取り入れられている。たとえば、気温表示は従来ならば“現在の気温”だけしか分からなかった。しかし、新しい気候コンプリケーションは、その日の予想最低気温と最高気温をスケール表示した上で、現在の気温を表示するといった具合だ。

 同様の工夫は他の多くのコンプリケーションにも及んでいる。

 実はこうした“円形”を中心としたデザインを美しく見せるため、アップルはApple Watchに採用してきた「San Francisco」というタイプフェイスを改良。円形の文字盤に沿わせて表示した際の視認性や美しさを意識し、やや丸みを帯びたデザインに修正することで、円弧に配置したときの読みやすさを向上させている。

 実は、現時点ではサードパーティー製アプリのコンプリケーションが、Series 4の新しい盤面レイアウトに対応していないため選択できない。しかし、これは時間の問題だろう。近い将来、アップルが提供するコンプリケーション以外も、新しい8つの領域を自在に操るようになるに違いない。

新作ウォッチフェイスに見られる“ファッション”への意識

 一方シンプルな、しかしファッショナブルな盤面として追加されたVapor、FIRE AND WATER、Liquid Metalといった盤面は(カスタマイズで表示は可能だが)コンプリケーションを廃し、盤面全体にこれまでの腕時計にはなかった独特の感覚をもたらしている。

 Vaporは多様な色の煙が、FIRE AND WATERは炎と水面、Liquid Metalは溶けた金属が盤面の中でうごめく特徴的なウォッチフェイスだが、デフォルトでは広くなったディスプレイ全面を使っている。



写真上がFIRE AND WATER。下がLiquid Metal。



 それぞれ実際の煙や炎、水面や溶けた金属をビデオに収録し、まるでApple Watchの中にそれらが存在しているかのような雰囲気を醸すよう設計されているのだ。

 ディスプレイウォッチは、当然ながらメカニカルに設計された盤面のような、レイヤーによる表現やパララックスによる立体感を用いたデザイン要素はない。しかしながら、ディスプレイだからこそのデザインも可能なのだ。そうアップルは言いたいのだろうか。

 もし、これらのウォッチフェイスを試す機会があるなら、ディスプレイ表示が消えている状態から少しずつデジタルクラウンを回してみてほしい。Apple Watchはデジタルクラウンを回すことでもスリープから復帰させることができるのだが、少しだけ回すと、微かに盤面が見えはじめ、回すほどに明るくなり、Vaporならばどんどん煙が濃くなっていく。そんな実に細かな演出に、設計者のこだわりが隠されている。

 エルメスモデルもこのフルモデルチェンジに合わせ、新しいバンドとウォッチフェイスを用意しているが、後者は時間に応じて変化する色合いを楽しむなど、新しい要素が盛り込まれているようだ。

 またステンレススティールモデルでは初となるゴールド仕上げの良さにも感心した。男女を問わず選びやすい上品なゴールドはiPhone XS/XS Maxと共通のものだが、イオンプレーティングではない着色だそうで、(もとより磨き仕上げの良さもあって)モノとしての仕上がりの丁寧さを感じさせてくれる。

“定位置”を奪うことが次の目標か?

 以前、すでに会長に退いたソニー、平井一夫氏(当時社長)がスマートウォッチに関して「手首という場所は(ひとりあたり)ふたつしかない。しかも2カ所とも何らかのデバイスに明け渡してくれる人は少ない」と話したことがある。

 実は平井氏は自他共に認める“腕時計好き”として知られているのだが、趣味として、ファッションとして腕時計に対する想いが強く、手首という場所の“不動産的価値”を理解していたのだと思う。

 ファッションアイテムとしての完成度を少しずつ高めてきたApple Watchだが、冒頭でも述べたように“毎日装着すべきデバイス”としての要素も同時に加えてきている。となれば、毎日の服装と出かける場所に合わせ、好みの腕時計を使い分けるという使用は馴染まず、Apple Watchを常にパートナーとせねば、本来の潜在力を活かせないことになろう。

 もとより腕時計をする習慣がなかった、あるいは腕時計に対して執着がなかった消費者には十分な仕上がりとなってきたApple Watch。昨年末にSeries 3が発売された際には3カ月で約800万本を売り(IDC調べ)、スマートウォッチというジャンルでは世界シェアが61%に達したという。今年、その記録を破ることは間違いない。

 しかし、彼らが次に狙うのは“手首という不動産”に腕時計を巻いていない、いわば空き地を攻略することではないだろう。腕時計を巻くことを習慣としている消費者層。アップルは本格的に、“その場所”を奪いにきている。

本田雅一(ほんだ・まさかず)
テクノロジージャーナリスト、オーディオ・ビジュアル評論家、商品企画・開発コンサルタント。1990年代初頭よりパソコン、IT、ネットワークサービスなどへの評論やコラムなどを執筆。現在はメーカーなどのアドバイザーを務めるほか、オーディオ・ビジュアル評論家としても活躍する。主な執筆先には、東洋経済オンラインなど。