『Apple Watchの市場規模』/本田雅一、ウェアラブルデバイスを語る

FEATUREウェアラブルデバイスを語る
2018.11.06

“異なるタイプの製品”でありながら“競合する製品”

 このことは何を示しているのだろうか?

 以前、この連載の中で“手首という場所は不動産的価値が高い場所である”と書いた。サッカーの本田圭佑選手のように、両腕に腕時計を巻くのでなければ、その場所はひとつしかない。

 当初のApple Watchは、普段、腕時計を嗜好品として巻いてこなかった人たちが好んで使い始めたが、今後さらに売り上げが伸びていくとしたならば、手首という場所は嗜好品ではなく実用品が占領し始めるのかもしれない。

 スマートウォッチと一般的な腕時計は、商品としてはまったく異なるジャンルになるが、同じ場所を狙うライバルという意味では競合する製品だ。こうした競合は過去にもあった。たとえば“日本の通勤電車における時間の過ごし方”について考えたことがあるだろうか。

 かつて通勤電車の中は、新聞、文庫本、そして漫画週刊誌を手にする人で溢れていた。通勤電車内の時間を潰すための手段としてそれらが好まれ、人気雑誌ともなれば毎週100万部を超える数が流通したが、同じ時間を携帯電話向けゲームなどが奪い始め、現在はスマートフォンでゲームやSNS、各種の無料メディアを楽しむ人で溢れている。

 筆者が「“その場所”を奪いにきている」と表現したのは、そうした意味合いからだ。

 今後どうなっていくかについては、デジタルカメラ業界の推移が参考になるかもしれない。

デジタルカメラ業界で起きたこと

 宝飾品としての腕時計に数十万円、あるいは数百万円の価値を感じている消費者も少なくないが、毎日、そうした高級腕時計を装着している人はまれだろう。多くの場合、日常的にはファッションに合わせた腕時計をいくつか持ち、出先や服装に合わせて選ぶリーズナブルな腕時計も所有している。

 Apple Watchの台頭は機械式の高級腕時計市場には大きく影響しないと思うが、中価格帯以下の製品は急速にそのかたちを変えていくかもしれない。参考になるのはデジタルカメラ業界だ。かつて誰もが1台は所有していたデジタルカメラだが、現在はスマートフォンがその機能を内蔵し、毎年のように画質を向上させている。

 こうした“モバイルシフト”の結果、コンパクトデジタルカメラは市場そのものが縮小し、10万円以上のプレミアムクラスのコンパクト機、あるいはレンズ交換式の高級カメラしか市場が残っていない。レンズ交換式カメラ市場も、スマートフォンでは決して到達できない高画質を狙った、フルサイズセンサー採用機へとシフトし“続けて”いる。

 このシフトがどこまで続くのかは分からないが、ひとつ言えるのは“嗜好品として、より消費者の心に刺さる”製品しか生き残れないだろう、ということだ。

本田雅一(ほんだ・まさかず)
テクノロジージャーナリスト、オーディオ・ビジュアル評論家、商品企画・開発コンサルタント。1990年代初頭よりパソコン、IT、ネットワークサービスなどへの評論やコラムなどを執筆。現在はメーカーなどのアドバイザーを務めるほか、オーディオ・ビジュアル評論家としても活躍する。主な執筆先には、東洋経済オンラインなど。