名古屋の時計・宝飾ヒラノの平野明良氏、孝明氏の原点になった時計と上がり時計

FEATURE時計の賢人その原点と上がり時計
2019.07.12
安堂ミキオ:イラスト

 時計の賢人たちの原点となった最初の時計、そして彼らが最後に手に入れたいと願う時計、いわゆる「上がり時計」とは一体何だろうか? 本連載では、時計業界におけるキーパーソンに取材を行い、その答えから彼らの時計人生や哲学を垣間見ていこうというものである。
 今回話をうかがったのは、「平野ブラザーズ」として国内のファンのみならず海外の時計業界関係者からも親しまれている時計・宝飾ヒラノの平野明良氏と平野孝明氏だ。100年以上の歴史を持つ名古屋でも特に古い老舗であるヒラノは、決して好アクセスにあるとは言えないし、大きな広告を打つこともしていない。しかし店には古くからの地元客のみならず遠方からも訪れる顧客が絶えることなく、常に店内は時計談義を花咲かせる声で賑わう。
 そんなヒラノを営むふたりが挙げた原点の時計はキャラクターウォッチと国産時計、「上がり時計」にはモリッツ・グロスマンの新作と“家族が作る時計”だった。言葉の端々から、彼らが愛され続ける理由を垣間見ることができた。

今回取材した時計の賢人

平野明良平野孝明

兄/平野 明良 氏(右)、弟/平野 孝明 氏(左)
時計・宝飾株式会社ヒラノ/ディレクター

名古屋市生まれ。1915年に創業した時計・宝飾ヒラノの3代目である兄の明良氏は1985年に入社、次いで弟の孝明氏が89年に入社する。当時、腕時計の主流はクォーツウォッチであったが、早い段階から彼らは質の高い機械式腕時計に注目し、まだ知名度の低かったフランク ミュラーやリシャール・ミルを日本で紹介する先駆けとなった。有名無名にかかわらず良品を発掘する彼らの眼差しは長年変わることなく、ヒラノには彼らの一貫した美学を感じる時計が並ぶ。


【時計・宝飾ヒラノ】 愛知県名古屋市東区徳川2丁目3-11


兄・平野明良氏の原点時計はポパイのキャラクターウォッチ、「上がり時計」は時計職人を目指す息子が明良氏のために作る時計

平野明良

Q. 最初に手にした腕時計について教えてください。

A. 小学3年生の頃に父親からもらったポパイの「ブルート」が描かれたキャラクターウォッチです。海外出張の多い父親でしたから、その時のお土産だったかもしれません。中学に上がるくらいまでは気に入って毎日着けていました。今もストラップを替えて大切に保管しています。

 高校生に上がってからは小遣いを貯めて、テクノスの「ノスタルジック」を買いました。そのテクノスの時計は、今はパーツを分解して額に収めています。ヒラノに入社してから、お客様に機械式時計内部を説明する際にパーツ一覧を可視化した資料が欲しいと思い、手巻きのベーシックな構造を持つその時計を分解して標本のようにしました(編注:明良氏は時計修理技能士の資格を有する)。

平野明良

明良氏が初めて手にした腕時計は、グリーンの文字盤に、ポパイ(アメリカ合衆国の漫画家エルジー・クリスラー・シーガーによる漫画)のキャラクター、ブルートが描かれた子供向けの時計。当時多く見られたキャラクターウォッチと同じく、両腕を時分針に見立てた仕様。なおストラップは新品に取り替えられ、文字盤には傷みが見られない。保管状況から、明良氏の物を大切にする人柄が察せられる。



Q. 人生最後に手に入れたい腕時計、いわゆる「上がり時計」について教えてください。

A. 現在、息子が時計職人を目指して時計学校に通っています。彼はCMW(Certified Master Watchmaker=公認上級時計師)を取るのが目標と言っていますが、自分の人生が将来どうなるかということは誰にも分からないことですし、私は彼が時計の勉強を楽しんでくれることをまず願っています。ただひそかに楽しみにしていることがあります。時計作りを学ぶ中で彼が自分の作りたい時計の方向性を見つけ、いつかは私に似合う時計を考えて、「お父さんこれしてよ」なんてプレゼントされたら、うれしいですね。そんな日を夢見て、私は頑張ってお店を続けていかねばと思っています。


弟・平野孝明氏の原点時計はトモニー「トモニーシーガル」、「上がり時計」はモリッツ・グロスマンの「ハマティック」

平野孝明

Q. 最初に手にした腕時計について教えてください。

A. 「トモニーシーガル」を、小学生の頃に父親からもらいました。当時人気があったモデルで、私が持っていたのは文字盤がグリーンとイエローの配色のものです。
 学生時代には、オメガ「シーマスター」やシチズンのアラームウォッチ、セイコーのダイバーズウォッチといった中古の機械式時計を持つことができました。というのも、当時の腕時計の主流が機械式時計からクォーツ式時計に切り替わる時代だったことに関係します。手持ちの機械式時計が不要になったお客様が大勢お店にいらして、捨てるのも忍びないからとお店に置いていかれることが多くありました。あまりに高価な時計はもらえませんでしたが、そのうちいくつかを私も譲ってもらいました。

トモニー

孝明氏が初めて手にした腕時計「トモニーシーガル」は、セイコーが1970年代から展開したブランドであるトモニーから1974年に販売されたデジタル表示の機械式時計。センターの秒針のみアナログ表示。



Q. 人生最後に手に入れたい腕時計、いわゆる「上がり時計」について教えてください。

A. 職人の情熱が感じられ、かつ職人たちの熱意を後押しする環境づくりを大切にしているブランドから、私は時計を買いたいと考えています。該当するブランドはいくつかあるので答えを絞るのは難しいところですが、1本を挙げるならば、モリッツ・グロスマンの新作「ハマティック」が私にとっての「上がり時計」です。自動巻きで500万円を超える高価な時計ですが、かつてグラスヒュッテの工房見学をした時に見た彼らの伝統的な時計作りへの姿勢から、妥当だと感じています。
 時計以外にも言えることですが、さまざまな物が容易に作れる時代となり、今後はますます「良い物作り」とは何かを語ることが難しくなっていくように感じています。優れた職人が時間と手間をかけて物を作り続けるためにも、彼らを支える力が必要です。私は自分が思う「時計の良さ」をこの店から発信することで、真面目な時計作りを行うブランドを応援していきたいと考えています。

ハマティック

孝明氏が「上がり時計」に挙げたのは、古典的な振り子式自動巻き上げ機構を搭載したモリッツ・グロスマン初の自動巻き時計「ハマティック」。


あとがき

 玄人好みといわれる時計を多く取り扱う時計・宝飾ヒラノ。そのラインナップの意図するところは、腕時計の小難しい話を繰り広げる店作りのためではない。店主ふたりが実際に現地で見て、琴線に触れたものから選び抜き、時計作りの面白さやそこにまつわるエピソードを語り伝えるための「記憶装置」が並んでいるのだ。このお店は彼らのファンを増やすことで、本質的な時計好きを育てているのだと筆者は理解した。
 ここに書き切れない取材こぼれ話がある、ブログで追記したいと思う。

高井智世