熊本の老舗「時計の大橋」の大橋善治氏に聞く、原点時計と上がり時計

FEATURE時計の賢人その原点と上がり時計
2021.12.22
安堂ミキオ:イラスト
2020年11月取材

時計の賢人たちの原点となった最初の時計、そして彼らが最後に手に入れたいと願う時計、いわゆる「上がり時計」とは一体何だろうか? 本連載では、時計業界におけるキーパーソンに取材を行い、その答えから彼らの時計人生や哲学を垣間見ていこうというものである。
今回は、明治27年に熊本で創業した株式会社大橋時計店の3代目、大橋善治氏に話をうかがった。大橋氏が原点として挙げた時計は1950年代のオメガのヴィンテージウォッチ、「上がり時計」として挙げたのはジャガー・ルクルト「マスター・グランド・トラディション」である。その言葉から、大橋氏の人物像に迫ってみよう。

今回取材した時計の賢人

大橋善治

大橋 善治 氏
株式会社大橋時計店/代表取締役

熊本市出身。名古屋工業大学で経営工学を学び、卒業後に上京。精工舎に就職し、技術調査室で世界の時計製造や市場の動向などに関する知識を習得する。昭和49年に大橋時計店へ入社。平成7年に現職へ就任し、大橋時計店の3代目として店の歴史を紡いでいる。


原点時計は、オメガのヴィンテージウォッチ

Q.最初に手にした腕時計について教えてください。

A. 中学生の頃に、父から香港土産としてもらったオメガの時計です。当時の私は時計屋を継ぐつもりはなく、その時には「時計屋なのに土産まで時計とはなんで」と思いました(笑)。この仕事に就いてから、輸入時計の内外価格差があまりにも大きく、香港での安さについ買ったのだとその理由が分かりました。父との記憶や、時代の流れを思い起こさせる私の原点ですね。

 昭和49年に当店へ入社して約1年後に、父が出張先で他界しました。一緒に仕事ができたのはわずかの期間でしたが、街の時計店にとっては大きな時代の変化のときでした。国産時計が自動巻きの機械時計からクォーツの電池時計に代わり、修理技術者は不要になり、時計販売もヨドバシカメラのような量販店に変わり始めました。父に「腕時計は不要なものではないので数を追いかけず、価格競争に巻き込まれない(当時は)ニッチな輸入時計を取り扱い、売り上げではなく利益が取れる時計販売を志向しよう」と話したのを覚えています。

 当時17万円のロレックスを月々3000円で30回、ボーナス1万6000円を5回の無金利で値引せずに販売したことなどで、輸入時計が中心の時計店になることができ、地域での差別化がはかれました。消費税導入で輸入時計の課税が変わり、内外格差がなくなったことも輸入時計販売の大きな追い風になりました。リーマンショックなど試練も続きましたが、その決断は正しかったはずです。次は私が娘に事業を継ぐ番です。今もまたコロナ禍による苦難の時が続きますが、乗り越えられるように力を尽くしたいと思います。

オメガ

大橋善治氏の原点時計は、父親からの香港土産である、1950年代のオメガのヴィンテージウォッチ。譲り受けた当時には黒いレザーストラップ仕様だった。現在でもブレスレットなどへの着け替えを行いながら、大切に着用し続けている。


「上がり時計」は、ジャガー・ルクルト「マスター・グランド・トラディション」

Q.人生最後に手に入れたい腕時計、いわゆる「上がり時計」について教えてください。

A. ジャガー・ルクルトは非常に良いブランドだと思っています。ムーブメントを多くの有名高級ブランドにも供給している真のマニュファクチュールで、黒子としてハイブランドの時計作りを支えていることがその証拠でしょう。普段はレベルソを愛用していますが、このムーブメントも薄くて精度も良く、機械的に最高だという良さを肌で感じています。

 上がり時計の1本としては「マスター・グランド・トラディション」を挙げます。他ブランドの永久カレンダーモデルは時間合わせが複雑ですが、これはリュウズひとつで機能の切り替えができ、操作性がとても良い。他ブランドの永久カレンダーを使っている周りの知人に聞くと、操作が難しいために時間だけ合わせて使っている人が多いようです。永久カレンダーには実用性が大切だと思います。価格に関しても、これだけの機能があった上で他のブランドに比べればコストバリューは大だと思います。ジャガー・ルクルトはゴールドモデルだけでなくステンレススティールモデルも豊富に作っています。誰でも使いやすい価値ある時計を作っているところもまた、良いブランドであると評価できるでしょう。

マスター・グランド・トラディション

大橋善治氏の「上がり時計」は、ジャガー・ルクルト「マスター・グランド・トラディション」。シリンダー型ゼンマイを使用した永久カレンダー搭載フライングトゥールビヨンモデルである。


取材余話

 熊本市の中心部に位置し、熊本城のふもとにのびる上通商店街。「時計の大橋」はこの一角に店を構える。初代の大橋善治郎氏は、熊本の親戚が営む時計店で時計技術を習得し、1894年に上通町で大橋時計店を創業した。商売だけでなく職人の育成にも励み、善治郎氏から学んだ時計修理技士たちは熊本のみならず九州全土で活躍したという。銀座で2020年に開館したセイコーミュージアムでは、同店が寄託した田中久重(「万年時計」で知られる東芝の創業者)による「須弥山儀」が展示されている。時計の大橋は日本にとっても重要な歴史を誇る老舗であり、その歴史の語り手である大橋善治氏から話を聞く時間もまた貴重なひとときであった。

●大橋時計店 公式サイト https://tokei0084.co.jp/


高井智世


高級時計ビギナーに薦めるオメガウォッチ5選

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ジャガー・ルクルト/レベルソ

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