特殊部隊のニーズに応えるタフさと取り回しの良さ ジン「EZM3」/気ままにインプレッション

FEATUREインプレッション
2020.08.02

今回はジン「EZM3」を借り受けてのレビューである。EZM3は特殊部隊のパートナーとなる使命を負ったモデルで、その想定は、デスクワーク中心の生活からは縁遠いと言える。そんな1本は日常使いのパートナーとしてマッチするのだろうか? レビューの結論から言うと、良く練られた仕様と高い性能を、使い勝手良くまとめ上げてあり魅力的であった。では、エクストリームな環境とは全く縁がない運動不足の筆者にとって、どのような点が魅力的に映ったのかを述べてゆきたい。

ジン「EZM3」
自動巻き(ETA2824-2)。25石。2万8800振動/時。SS(直径41mm、厚さ12.3mm)。500m防水。負圧耐性。船級・認証機関DNV GL検定済み。33万円(税別)。Photograph by Masanori Yosie
佐藤心一:文・写真
Text by Shinichi Sato


ジン「EZM3」

 ドイツ警察特殊部隊用を前提として、使用目的や必要な機能をリサーチして開発されたダイバーズウォッチ、ジン「EZM3」。厳しい環境下で確実な任務成功をサポートすべく導き出されたひとつひとつの仕様は、ユーザーの満足感を高めるのに一役買っているし、日常生活における使い勝手の良さにも通ずる。

 500mの防水性能を持ちつつ、直径41mm、厚さ12.3mmに抑えたケースとH型リンクのブレスレットは装着感が良く、ケースバックと風防がフラットなデザインで数値よりも薄く感じ、取り回しが良い。

 一方、9時位置のリュウズやダイアルに溶け込む赤文字でのデイト表示など、日常生活では不便に感じるかもしれない。しかしこれが、特殊な環境下でのニーズから導き出された仕様であると納得できるか否かが、このモデルを楽しめるか否かのひとつの分岐点となるだろう。


時計の世界観を知ることの楽しさ

 私たちが時計を愛でる際には、デザインや性能、各種仕上げ、ブランドなどのさまざまな要素について検討する。これら要素の優先順位は人それぞれで、モデルによっても変わってくる。筆者の私見であるが、そのブランドとモデルの世界観を知ること、具体的にはブランドの歴史やフィロソフィー、各モデルが設計された背景や用途を知ることは、時計をより深く味わうことにつながる。共感を覚える価値観を持つブランドの作品を手にすることに喜びを覚えたり、歴史の重みを感じ取ったり、そのモデルを必要とする過酷な環境への挑戦に思いをはせたりできるからだ。

フラットなケースバックと動きの良いブレスレットで腕との接地面積が広くなり、装着感が良い。撮影日は陽射しが強く十分に蓄光されており、影となった12時側のインデックスがわずかに発光しているのが見える。

 今回レビューするEZM3の果たすべき使命は非常に明確で、その使命からひとつひとつの仕様が定まっているのを感じ取れる。言い換えると、使命を果たすためのツールウォッチとしての純度が高いモデルだ。では、このモデルをより深く味わうために、ジンおよびEZM3の使命を掘り下げてみよう。


ジン「EZM3」に課せられたミッションとは?

 ジンの正式名称は「ジン特殊時計」であり、極限状態で確実な性能を発揮するためのモデルを多くラインナップしてきた。その中で「EZMシリーズ」は、危険をおかす出撃・出動(Einsatz)における時刻(Zeit)の計測機器(Messer)としてラインナップされている。ジンはこのEZMシリーズにおいて「成功する選択肢しか許されない特殊部隊の最高のパートナーとなるため、ヒューマンエラーを徹底的に排除したデザインと機能を盛り込んでいる」としている。

 そして今回レビューするEZM3は、ドイツ警察特殊部隊用に開発されたダイバーズウォッチで、警察特殊部隊での使用目的や必要とされる機能を徹底的にリサーチして仕様を策定している。500m防水、8万A/mの耐磁性能、Arドライテクノロジーによるケース内部の除湿機構や、ジン特殊オイル66-228の採用により-45℃から+80℃の広範囲温度での精度保証といったスペックがその例だ。また、ミッション開始後はリュウズ操作を行わない想定から、装着時に邪魔にならないようにリュウズを9時位置に配した。以上の特徴から、ジンにおける計測機器の原点と言えるモデルに仕立てられており、ジンの世界観に触れるのに適したモデルだ。

このようなバックボーンは、厳しい環境下での使用を考える人の選択の一助となる。対して、(筆者のような)デスクワークが主な人にとっても、ラフに使用した際の安心感があるが、いささか過剰スペックだ。だがそれを無駄とは思わず、ジンおよびEZM3に対して興味を持ち、魅力があると感じている。この気持ちの源となるのは、映画やアニメで描かれる過酷な環境に耐えうるスペックがそこにあることのワクワク感であり、同様のワクワク感を持てる人にとって、それに応える実力やディティールをEZM3が持っているか否かが評価のポイントとなる。では、実使用に基づいたレビューに移ろう。


使ってみてどう?

 ケース直径は41mmで、500mの防水性を備えつつ厚さは12.3mmに抑えている。また、ケースバックおよび風防がフラットで飛び出しが無く、ラグが筆者の腕(周長17.5cm弱)に沿うことも相まって、数値よりもさらに薄く感じて取り回しが良い。ジンの特徴のひとつであるH型リンクのブレスレットは、腕へのなじみが良く、長年愛用してきた1本であるような錯覚を覚えるほど好感触だ。

ラグ幅20mm。NATOタイプストラップを中心としたミリタリー系のストラップとの相性が良いモデルだ。

 時分針は多くのダイバーズウォッチに比べて細い。しかし、時分針全体に塗られた蓄光塗料のホワイトとダイアルのマットブラックのコントラストが高く、視認性が確保されている。さらに、先端が細められた分針がダイアル端まで達しており、指し示す時間が明確だ。また、秒針は先端にだけ蓄光塗料を施してダイアルとのコントラストを高め、秒単位の計測にも適する。秒針の先端以外はブラックでダイアルに溶け込んでおり、秒針と分針の見間違いを防いでいる。
5分刻みのバーインデックスには蓄光塗料が施され、12時位置は二重に、3時、6時、9時位置は他と比べて長くして読み間違いを防いでいる。また、丸型インデックス等に比べて幅が狭く、測時の際に読み取り誤差を小さくしている点は、計測機器として好ましい仕様だ。

 ダイアル上のその他の表示は、ホワイトで蓄光塗料のない1分刻みのインデックスとアラビア数字による時間表示、ジンのロゴが配され、レッドの「EINSATZ ZEIT MESSER」の表記とArマーク、日付表示となる。このレッドの彩度が低く、少しでも周りが暗ければダイアルのブラックに溶け込むように配慮されており、ミッション中(特に潜水中)に確実に時間を読み取るために、目に飛び込んでくる情報量をできるだけ削る意図があるのだろう。なお、赤は水中では見えなくなる色のため、潜水中に関係のない表示事項に関しては意図的にこの色を使っている。

 レッドを採用する例は多いが、デイト表示のディスクをダイアルと同じマットブラックとし、窓も小さく切って、文字をレッドとするほど徹底しているモデルは多くない。ここまで念入りな仕様を、単に読み辛いと評価するか、ジンとEZMの世界観に共感して許容するか、評価を分けるポイントとなりそうだ。


操作感について

 ベゼルは薄く、掴む部分も薄く仕上げられている。操作してみると、ベゼルがケースからわずかに飛び出し、ベゼルだけが指にあたる形状となっており、薄さの割に操作感は良好だ。

 特徴的な9時位置のリュウズは、最初は手に取った瞬間に方向を間違ったり、時間合わせ時に戸惑ったりしたが、慣れてくれば問題ないだろう。9時位置に配した理由は、着用時の手の甲への攻撃回避や、特殊部隊の装備品であるグローブへの引っ掛かり防止だ。このおかげで着用感は良好でメリットを享受できている。では、なぜそこまでしなければならなかったか? それはおそらく、500mの防水性を確保するためにねじ込み長さを稼ごうとしてリュウズ自体も大きくなって、ケースサイドからの飛び出し量が大きくなっているためだろう。

 リュウズ操作時に筆者は、時計を外し、12時方向を手前にして右手でリュウズ操作をした。時間設定時に普段と違う方向から時計を見ている点に注意すれば、問題なく操作可能であった。

 また、リュウズのねじ込み部は精度が高く、締め込み時のかみ合わせが良い。さらに、リュウズの引き出しのクリック感が明瞭で、その操作感は(私が所有する他のETA2824-2搭載機と比べて)巻き芯の遊びが小さく、しっとりとしている。この辺りは500m防水に対応するためのOリングの密着度が高いことが関係しているのかもしれない。

この角度から見ると、ベゼルの薄さと、特徴的な刻み模様が良く分かる。ラグ根元にはArドライテクノロジーのドライカプセルが見える。薄い水色は、水分を吸収する余力が十分に残っていることを示し、取り換え時期になると濃い青色になる。この時計を所有する編集部細田が使い込んでキズが付いているが、タフなモデル故にそれが勲章に見える。

 さらに、リュウズ操作時にOリングでは防ぎきれずに侵入した空気中の水分も、Arドライテクノロジーのドライカプセルがそれを吸収し、ムーブメントおよび潤滑油の性能低下を予防してくれる点は、湿度の高い日本の風土とマッチしている。


最後に

 じっくりとジン EZM3と向き合ってみると、明確な使命をもとに緻密に仕様が練られているから、ひとつひとつの仕様に意味があって合理的な仕上がりとなっているのが良く分かる。そのため、このモデルのバックボーンに触れた際に私が持ったワクワク感に対し、「この仕様ってもしかして!」と、深読みしすぎかもしれない考察をしながら楽しめつつ、取回しの良さや視認性の高さを持つ実用性の高いモデルに仕上がっている。同様に、ジン及びEZM3の世界観に興味を持った人は、手に取ってチェックしてみる価値はあるだろう。

 取り回しの良いモデルであるが、これでも厚みが気になる人には、デザインイメージを共有しながらパイロットモデルとして再構成したEZM3.Fが用意されており、こちらは200m防水で厚さ11.7mmとしているので、そちらを検討するのも良いだろう。


Contact info:ホッタ Tel:03-6226-4715


【インタビュー】ジン特殊時計会社 社長「ローター・シュミット」

https://www.webchronos.net/features/41833/
【漫画】ジン・テクノロジーの仕掛け人、ローター・シュミット

https://www.webchronos.net/comic/39547/