海外ジャーナリスト的「上半期に発表された時計」ベスト5 H.モーザー、F.P.ジュルヌなど/ピーター・チョン編

FEATURE本誌記事
2020.08.30

時計業界に限らず、世界がこれほど異常事態に見舞われた例を知らない。我々、時計業界に身を置く者としては、大規模な国際時計見本市が1月のドバイを除いてすべて中止となり、多くの新作に触れ、情報交換する〝場〟を失った。そんな2020年上半期発表の新作から、時計業界を代表するジャーナリストにベスト5を選出していただいた。同時に、岐路に立たされる大規模国際時計見本市に関するそれぞれの見解をうかがった。今回は時計情報サイト「Deployant」の共同創業者兼編集主幹であるピーター・チョン氏だ。
※本記事は2020年6月3日発売『クロノス日本版』89号を再編集して掲載しています。

ピーター・チョンが選ぶ上半期ベスト5

1位
グルーベル フォルセイ「ハンドメイド1」

ハンドメイド1

グルーベル フォルセイ「ハンドメイド1」
手巻き。2万1600振動/時。パワーリザーブ約60時間。18KWG(直径43.5mm、厚さ13.5mm)。3気圧防水。カーフストラップ。国内未入荷。

「ハンドメイド1」は、時計製造を限界まで引き上げるための演習といえる。つまり、限りなく手作業で時計を作るために、かつての職人技を現代によみがえらせ、その技術を守り、受け継いでいくことにほかならない。この“旅”を続けることは恐ろしくもあり、同時に素晴らしいものでもある。ひとつの時計を完成させるまでに要する作業時間は約6000時間。しかも、それ以上の膨大な時間が、この時計の研究開発、試行錯誤、そしてテストに費やされているのだ。その結果が素晴らしものであることは時計を見れば一目瞭然だろう。それは単に審美性において最高レベルにあることを表すだけでなく、それをかなえるため、ひとつの時計にふんだんに注ぎ込まれた仕上げの技が最上級であることをも表現している。

2位
H.モーザー「ストリームライナー・フライバック クロノグラフ オートマティック」

ストリームライナー・フライバック クロノグラフ オートマティッ

H.モーザー「ストリームライナー・フライバック クロノグラフ オートマティック」
自動巻き(Cal.HMC 902)。55石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約54時間。SS(直径42.3mm)。12気圧防水。480万円(税別)。世界限定100本。

このモデルは、H.モーザーが高級スポーツウォッチのジャンルに参入した時計である。時間を計測するクロノグラフはセンターに同軸積算計としてレイアウトすることで非常に見やすく、かつ審美性にも優れている。デザインはまとまりがあるだけでなく、高級感をも醸し出している。手首に載せた際の快適な着け心地も絶妙だ。時計のケースやブレスレットを指でなぞったときの質感は崇高ですらある。ムーブメント開発にあたっては、自社で無理を押してもやり抜こうとはせず、クロノグラフのスペシャリストであるアジェノーの扉をたたくことにした開発チームの決断は見事だ。

3位
IWC「ポルトギーゼ・オートマティック 40」

ポルトギーゼ・オートマティック 40

IWC「ポルトギーゼ・オートマティック 40」
自動巻き(Cal.82200)。31石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約60時間。SS(直径40.4mm、厚さ12.4mm)。3気圧防水。72万5000円(税別)。

「ポルトギーゼ・オートマティック 40」は、IWCが6時位置にスモールセコンドを備えたポルトギーゼのルーツである象徴的なデザインに回帰したことを示している。直径40mmに小径化されたコンパクトなケースは、細い手首に適しており、ペラトン自動巻き機構を搭載した自社製キャリバー82200を備える。IWCの純粋主義者は、クラシックな手巻きムーブメント(Cal.98を改良した最高のネオヴィンテージムーブメントといえるCal.9828)を備えた1993年版「ポルトギーゼ・ジュビリー」へのこだわりを捨てきれないかもしれないが、そこに固執して騒ぎ立てることのない現代のユーザーには、この最新の自動巻きがより良い選択であることは間違いない。

4位
F.P.ジュルヌ「クロノメーター・レゾナンス」

クロノメーター・レゾナンス

F.P.ジョルヌ「クロノメーター・レゾナンス」
手巻き(Cal.1520)。62石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約42時間。Pt(直径40mm、厚さ11mm)。1260万円(税別)。

サクセスストーリーを作り直すことは、気の弱い人間が試みることではない。この新型「クロノメーター・レゾナンス」において、F.P.ジュルヌはオリジナルの優れた美学を維持しただけでなく、技術的にも完全に旧型を超えている。搭載される新しいキャリバー1520は、ふたつの輪列にそれぞれルモントワール(ルモントワール デガリテ)を組み込むことで、旧型のキャリバー1499を改良したものだ。コンスタントフォースシステム(定力装置)としてのルモトワールの採用は非常に複雑で、悪名高いほど調整が難しいことで知られている。それをふたつも使用していることは、F.P.ジュルヌのサヴォアフェールすなわち優れた職人技の証左である。

5位
ヴァシュロン・コンスタンタン「“ラ・ミュージック・デュ・タン”レ・キャビノティエ・アストロノミカル・ストライキング・グランド・コンプリケーション-オード・トゥ・ミュージック」

“ラ・ミュージック・デュ・タン”レ・キャビノティエ・アストロノミカル・ストライキング・グランド・コンプリケーション-オード・トゥ・ミュージック

ヴァシュロン・コンスタンタン「“ラ・ミュージック・デュ・タン”レ・キャビノティエ・アストロノミカル・ストライキング・グランド・コンプリケーション-オード・トゥ・ミュージック」
手巻き(Cal.1731 M820)。36石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約60時間。18KPG(直径45.00mm、厚さ12.54mm)。非防水。ユニークピース。

今年は、最大の武器となる新作を温存するメゾンが多い中、ヴァシュロン・コンスタンタンは出し惜しみすることなく高らかに号砲を鳴らす選択をした。アストロノミカル・ストライキング・グランド・コンプリケーションは、2017年に発表された「レ・キャビノティエ・セレスティア・アストロノミカル・グランド・コンプリケーション 3600」の卓越した複雑機構と、超薄型キャリバー1731が搭載するミニッツリピーターが奏でる最上級の音楽性を組み合わせたものだ。結果、今日の時計市場を飾る最も詩的な(そして最も複雑な)腕時計のひとつと成り得たのである。