時計経済観測所/中国、「文化大革命」再来?で懸念される「贅沢は敵」と高級時計

LIFEIN THE LIFE
2021.10.16

来年2月に、第24回冬季オリンピック北京2022を控え、政治から経済、軍事に至るまで、世界の注目を集める中国。同時に、アジアの金融センターとして君臨し、スイス高級時計市場最大のマーケットだった香港にも世界の経済人たちの懐疑的な目が注がれている。習近平国家主席率いる中華人民共和国は今、大きな曲がり角に差し掛かっているようだ。気鋭の経済ジャーナリスト、磯山友幸氏が中国の現状と展望を分析・考察する。

磯山友幸:取材・文 Text by Tomoyuki Isoyama
安堂ミキオ:イラスト Illustration by Mikio Ando
[クロノス日本版 2021年11月号 掲載記事]

中国、「文化大革命」再来?で懸念される「贅沢は敵」と高級時計

磯山友幸

世界最大の高級時計市場に躍進した中国で「大異変」が起きている。成功して世界的な富豪にのし上がった企業家たちが政府の弾圧を恐れて姿を隠し、やはり大成功した芸能人が次々と不祥事で当局に追放されている。若者がゲームに興じる時間を制限し、習近平国家主席の思想を学ぶことが必修化された。学者などインテリ層に対する思想統制の動きも強まる。また、少数民族への締め付けも一段と激しさを増している。まさに、1966年から10年にわたって続いた「文化大革命」の再来を感じさせる。

富裕層が中国当局のターゲットに

 文化大革命は、「封建的文化、資本主義文化を批判し、新しく社会主義文化を創生しよう」というキャッチフレーズの下、文化を改革する運動だとされたが、実態は毛沢東が権力基盤を固めるための政治闘争だった。今、中国で起きていることも、習近平主席の権力基盤を確固たるものにするために引き起こされている、との見方が強い。

 東アジアウォッチャーでジャーナリストの近藤大介氏は、今、中国で当局からターゲットにされている層を、「新・黒五類」と表現している。「黒五類」とは、文化大革命時に標的にされた「地主」「富農」「反革命分子」「破壊分子」「右派」を指す。近藤氏はこれになぞらえて、今、標的になりつつあるのが、「富裕層」「インテリ」「少数民族」「青少年」「上海・広東人」だと指摘しているのだ。

 富裕層の象徴的な存在が、中国の電子商取引大手アリババグループの創業者で巨額の富を持つジャック・マー(馬雲)氏。2020年11月に傘下のアントグループの新規株式公開が当局によって突然停止され、その後、マー氏は半年以上にわたって姿を消していた。マー氏がシンポジウムで、当局に対する批判的なコメントをしたのが原因だったといわれている。

激しさを増す芸能人叩き

 大成功している芸能人も標的になっている。2018年に国民的女優の范冰冰(ファン・ビンビン)が脱税で8億8400万元(約146億円)の罰金・追徴課税を受けていたが、ここへ来て芸能人叩きが激しさを増している。2021年7月には、韓国のアイドルグループEXOの元メンバーで、中国のSNSである微博でフォロワーが5000万人に達するカナダ国籍の中国人スター、呉亦凡(クリス・ウー)が強姦容疑で逮捕された。まさに「粛清の嵐」が吹き荒れている。

 文化大革命では、「紅衛兵」と呼ばれた青少年が「黒五類」への弾圧の先頭に立ったが、“腐敗した”青少年の再教育も習近平主席の大きな狙いになっている。中国のメディアやコンテンツ産業を管轄する「国家新聞出版署」が8月30日に通達を出し、未成年者の「オンラインゲーム依存症」を予防するためとして、新たな規制を定めた。18歳未満の未成年者に対するオンラインゲームの提供は、週末の金曜日、土曜日、日曜日・祝日に限られ、時間帯も午後8時から9時までの1時間に制限された。中国国営メディアは、「ゲームは精神的アヘンだ」と痛烈に批判した。

世界最大の市場が消滅する可能性も

 少数民族に対する政策では、かねてからウイグル族に対する人権弾圧が国際的に批判されてきた。ところが、8月末に開かれた少数民族政策に関する政府会議に出席した習近平主席は、「各民族が常に『中華民族』の利益を最優先に考えるよう導かなければならない」「中華文化が幹で各民族の文化は枝や葉だ」と述べた。

 近藤氏が最後に指摘する「上海・広東人」は、習近平政権に対抗してきた「上海閥」への攻撃が続く、ということを示している。香港への「国家安全維持法」の適用で、自由化運動は壊滅し、香港の自治はほぼ消え失せた。高級時計の世界最大の消費地だった「香港」も一気に凋落した。

 問題は、今の動きが文化大革命の再来だとすると、中国がいつまでも高級時計市場であり続けるかどうか分からなくなってくることだ。「贅沢は敵」ということになれば、世界最大の市場が一夜にして消えることにもなりかねない。


磯山友幸
経済ジャーナリスト。1962年、東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞社で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、『日経ビジネス』副編集長・編集委員などを務め、2011年3月末に独立。著書に『「理」と「情」の狭間 大塚家具から考えるコーポレートガバナンス』『ブランド王国スイスの秘密』(いずれも日経BP社)など。現在、経済政策を中心に政・財・官界を幅広く取材中。
http://www.hatena.ne.jp/isoyant/




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