操作系から見る時計のコンセプトと進化 リュウズ編

FEATUREその他
2021.12.14

リュウズをオフセットすることによるメリットとデメリット

 多くのモデルではリュウズは3時位置に配置されている。これは「右利きの人が右手で細やかなリュウズ操作をすることを前提としたから」というのが通説である。リュウズを配置するスペースも十分にあり、操作のために触りやすい位置でもあり合理的だ。

 次に多いのが、4時位置にリュウズを備えるモデルである。代表的な例は、高い防水性能を実現したセイコーの"外胴ダイバー"である。

プロスペックス マリーンマスター プロフェッショナル 1986 クオーツダイバーズ 35周年記念限定モデル SBBN051

セイコー「プロスペックス マリーンマスター プロフェッショナル 1986 クオーツダイバーズ 35周年記念限定モデル SBBN051」
クォーツ(Cal.7C46)。セラミックス×Tiケース(直径49.4mm、厚さ16.3mm)。1000m防水。世界限定1200本。29万7000円(税込み)。

 SBBN051をはじめとした防水性能が非常に高いセイコーのダイバーズウォッチは、大きなねじ込み式リュウズを備える。これは、リュウズ内に埋め込んだ非常に分厚いパッキンを、リュウズのねじ込みによって圧縮し、防水性能を獲得するためだ。防水性能の観点から見ればリュウズは大きい方が有利と言える。

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 しかし、リュウズが大きければ飛び出しが大きくなり、手の甲に干渉して着用感が悪化する。4時位置のリュウズはこれを解決する方策としてセイコーのダイバーズウォッチに採用され続けており、アイコンのひとつとなっている。

 4時位置のリュウズは3時位置よりも操作性が僅かに劣る点がデメリットだ。しかし、自動巻き式やクォーツ式ならば、手巻き式に比べて定期的に巻き上げる必要性が減る、あるいはなくなる。そのため、4時位置のリュウズと自動巻き式あるいはクォーツ式を組み合わせることで、リュウズ位置によるデメリットを最小限に抑えることができている。


9時位置に配置されたリュウズとその想定

 また、リュウズを9時位置、すなわち文字板に向かって“左側(レフトハンド)”に配置するモデルもある。パネライの「ルミノール」のレフトハンドはその代表例だ。

ルミノール レフトハンド 47mm

パネライ「ルミノール レフトハンド 47mm」
手巻き(Cal.P.3000)。21石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約72時間。SS(直径47mm)。10気圧防水。世界限定250本。115万5000円(税込み)。

 パネライはイタリアのフィレンツェで開業したスイス製時計の販売店を起源としている。事業の拡大に伴い、時計の修理や部品納入された時計の組み立てを行ったほか、取引のあったイタリア海軍のためにさまざまな軍用機器を製作して技術を高めた歴史を持つ。1930年代の終わり頃にはイタリア海軍と当時のパネライの関係性はより深いものとなっており、情報交換も密になっていたはずだ。その中で製作された当時としては非常に高い防水性を持つ腕時計が、現在の「ラジオミール」や「ルミノール」のデザインの起源である。

 当時のイタリア海軍特殊潜水隊員にとって、水中で使用できるコンパスや水深計は必須であった(なお、パネライはこれらも開発・納入していた)。そして、それらの計器は左手首に装着されていた。そのため、腕時計は空いた右腕に装着する要望が出され、それに応えるために右手に装着することを想定して9時位置にリュウズを配するモデルが製作された。これが現在の“レフトハンド”の起源である(ただし、当時のパネライにおいても9時位置リュウズは珍しい存在だったようだ)。

 ジン「EZM3」も9時位置にリュウズを配置するモデルだ。EZM3は、ドイツ警察特殊部隊用として使用目的や必要な機能を徹底的にリサーチし、ヒューマンエラーを排除すべく設計された。そのため、この特徴的な9時位置のリュウズにも何らかの意図があるはずだが、パネライのように右手への着用を前提とした設計をうたってはいない。

EZM3

ジン「EZM3」
手の甲を攻撃しない9時位置のリュウズ、針は細いが視認性が非常に高いダイアルデザイン、高い防水性能の割に薄手のケースと使うほどに良さを感じるモデル。自動巻き(Cal.ETA2824-2)。25石。2万8800振動/時。SS(直径41mm、厚さ12.3mm)。500m防水。37万4000円(税込み)。

 筆者の推測であるが、EZM3の500mという高い防水性能を確保するためには大型のリュウズを備える必要があるが、3時位置に配すると手の甲へ当たる上、着用するグローブに引っかかる。ジンはこれを嫌ったのではないか、と考えている。この推測が正しければ、左手着用時にリュウズが邪魔にならない9時位置配置を採用したのは、ツールウォッチを作り慣れた同社らしい合理的な設計と言える。


ドレスウォッチならではのコンパクトなリュウズ

 ここまでで例示したモデルは、大型のリュウズが採用されるタフなモデルばかりであった。一方、フォーマルシーンに向けたエレガントなモデルに目を向けよう。

 一般論を言えば、ドレスウォッチにはコンパクトなリュウズが選ばれてきた。巻上げと時刻合わせを急ぐ必要がなく、着用するのは薄手のシープスキンの手袋で、しかもそれを脱いで操作すればよいユーザー層が想定されてきたからであろう。操作のしやすさよりも、シンメトリーを崩すリュウズの存在感を小さくすることが優先されたと考えれば納得がいく。しかし、それ以外にも時計の仕上がり厚さの物理的な制約もある。

 ムーブメントもケースも堅牢に作ろうとすると厚くなりがちで、防水性能を高めるとケースが厚くなる。ドレスウォッチを薄く仕立てることができるのは、堅牢性と防水性能を割り切って設計できるからだ。

 薄いケースに大径のリュウズを合わせると、ケースからリュウズがはみ出してしまってデザインバランスを崩す可能性があるし、着用感も悪化する。そのため、ケース厚がリュウズのサイズにおける制約となりうるのだ。

 時計の厚さに合わせてリュウズサイズが選ばれていることが分かりやすい例がある。A.ランゲ&ゾーネの「サクソニア・アウトサイズデイト」Ref. 381.032と「サクソニア・フラッハ」Ref. 205.086だ。このふたつを見比べると、ケース厚さとリュウズサイズの関係性が良く分かる。

サクソニア

(左)A.ランゲ&ゾーネ「サクソニア・アウトサイズデイト」Ref.381.032
自動巻き(Cal.L086.8)。40石。2万1600振動/時。パワーリザーブ 約72時間。PG(直径38.5mm、厚さ9.6mm)。346万5000円(税込み)。
(右)A.ランゲ&ゾーネ「サクソニア・フラッハ」Ref.205.086
手巻き。(Cal.L093.1)21石。2万1600振動/時。パワーリザーブ 約72時間。WG(直径39.0mm、厚さ6.2mm)。287万1000円(税込み)。

 このふたつのケース直径は38.5mmと39.0mmでほぼ同等であるが、厚さは9.6mmと6.2mmで差がある。これに呼応するようにリュウズはサクソニア・フラッハの方が小型のものが合わせられている。

 ヴィンテージウォッチの中には、薄型の時計に操作性を考えて薄型大径のリュウズが合わせられることはあった。また現在でも、ドレスウォッチに手巻きやコンプリケーションの操作を想定した大きなリュウズを採用する例はある。そのため、ドレスウォッチはリュウズが小さいと一概に断ずることはできない。ただ、タフなモデルで小型のリュウズが選ばれることは滅多にないので、大雑把な傾向として小型のリュウズを持つモデルは、ドレスウォッチをコンセプトにしていると考えても良さそうだ。


リュウズ操作にツールを用いるモデル

 指でリュウズを直接操作することを想定したモデルがほとんどであるが、操作のための専用ツールを用意するモデルも存在する。ピアジェ「アルティプラノ アルティメート コンセプト(AUC)」がそれにあたる。

アルティプラノ アルティメート コンセプト

ピアジェ「アルティプラノ アルティメート コンセプト」
手巻き(Cal.910P-UC)。13石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約44時間。コバルト合金(直径41mm、厚さ2.0mm)。2気圧防水。4928万円(税込み)。

 AUCは、究極の名に恥じない厚さわずか2mmの極薄機械式腕時計で、バックケースを地板にするなど薄型化のために構成部品をゼロから見直して開発された。そこまでして達成したこのプロポーションに、一般的な大きさの円筒状のリュウズはそぐわないと判断するのは当然の流れだ。その結果、ケースサイドのラインと一体化するように作られたフラットタイプのリュウズが生まれ、これを効率よく巻き上げるための専用巻き上げアダプターも用意されることとなった。コンセプトとリュウズのデザインにはっきりとしたつながりがあり、その結果低下してしまった利便性を、別途ツールを用意して補完するという面白い例である。

リュウズ専用巻き上げアダプター

Photograph by Takeshi Hoshi(estrellas)
AUCの実用性を担保するカギとなる、専用の巻き上げアダプター。内部に遊星歯車を仕込んでおり、先端部分は3.5倍速で回転する。ケースのホールド性にも優れており、極めて使いやすい。


最後に

 腕時計において最も基本的な操作系であるリュウズであっても、これだけのバリエーションが存在する。リュウズおよびリュウズ取り付け部のケース形状もさらに詳しく観察すれば、操作のしやすさへの配慮が見て取れるものや、外見上の個性が与えられたものとさまざまだ。そのため、リュウズの違いに着目して比較検討すれば、これまでとは違う視点から気づきが得られる可能性がある。

 リュウズは主ゼンマイの巻き上げと時刻調整に用いられるため、時計の主たる機能との結びつきが強い操作系だ。Part.2では、時計の付加的な機能との結びつきが強い、押し込み式の操作系と、そこからさらに発展してスマートウォッチの操作系について注目してみよう。


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