再生プラスティックをSDGs以外の理由で時計に使用する利点は? トム フォードを着けて分かったこと

FEATUREインプレッション
2022.11.01

再生プラスティックを外装に使用するトム フォードの「N.002 オーシャンプラスチック スポーツ」をインプレッション。海洋プラスティックの再生を経済活動に取り入れる社会的意義だけではなく、時計の素材としてどのあたりに利点があるかに着目して着用した。プラスティックならではの凝ったケース造形と軽さ、それらが合わさったことによる軽快な装着感は必見だ。

小泉庸子:文・写真
Text & Photograph by Yoko Koizumi
2022年11月1日掲載記事


N.002 オーシャンプラスチック スポーツ

トム フォード「N.002 オーシャンプラスチック スポーツ」
自動巻き。26石。2万8800振動/時。オーシャンプラスチック(直径43mm)。100m防水。24万9700円(税込み)。

 海洋投棄されるゴミが世界的な問題になっているのはご存知のとおり。地球の7割を占める海の調子が悪くなれば、地球の調子が悪くなるのも当然だし、結果的にいま異常気象の影響を受けていない場所はない。

 そうしたなかで時計業界も“エシカル”という単語に反応を見せている。そのひとりが世界的ファッションデザイナー、トム・フォードである。彼は2020年、自身のブランド「トム フォード」で再生プラスティックを使用しているが、今回は同素材を使って、2022年2月にリリースされた「N.002 オーシャン プラスチック スポーツ」をインプレッション。このモデルをとおして知りえたこと、そして気付きをお伝えしたい。


トム・フォードってすごい人

「インプレッション、お願いできますか。今度はトム フォードです」

 担当編集者は、何事も崩れがちな、崩しがちな“いま”にあって、つねに折り目正しく接してくれる青年で、好感を持っている。ゆえに彼からの依頼は断れないし、できるだけ断らないようにしている。そう、例えそれが知らない人がつくった時計であろうとも。

 本当に、本当に失礼ながら知っていたのはトム・フォードの名前だけで、彼の素晴らしい業績とか、輝かしい実績とか、ファッション界に与えた影響とか、それらの情報はもはや詫びるしかないほど皆無だった。

 だが断言しよう。この原稿を読んでいる人の何割かは「実はオレも“本当のところ”は分かってない」はずだし、知ったかぶって「あぁ、トム フォードね」と、私のように反応したことがあるはずだ。該当者は心で挙手するがいいさ。なに、知らないことは恥ずかしいことではないのだ……たぶん。

 言い訳を含んだ前置きはともかく。私はここ何週間か、トム フォードの「N.002 オーシャンプラスチック スポーツ」とともにあり、そして、トム・フォードの人となりや仕事ぶりを知りつつある。

N.002 オーシャンプラスチック スポーツ

 ではトム・フォードが何をしたのか。その最大の成功がグッチの再生である。

 グッチが1980年代に瀕死状態だったことは事実であり、なぜ凋落したのかについては映画『ハウス・オブ・グッチ』に譲るとして、最悪の業績から起死回生させただけでなく、ブランドイメージを確立し、またトップブランドに引き上げている。同時にイブ・サンローランも。しかも30代で。すごい。

 94年からアートディレクターとしてグッチを立ち直らせていた14年間、私は同時並行的にその変化を実感していたくせに、トム・フォードとコネクトしていなかった。この事実を知った時は「あの改革を成し遂げたのは彼だったのか!」と感心しきりだったわけだが、あのころの私に「名前くらい知っとけよ」とも言いたい。


トム・フォードの“心地の探求”

 トム・フォードへの評価として、ブランディングやマーケティングに力を入れて高級ブランドとして再構築したことが取りざたされるが、ファッションに詳しい友人から「グッチ成功の根幹にあるのはテーラリング。つまり着心地だ」と言われた。

 テーラリングとは、オーダーのスーツを作る際の寸法を取る、デザインする、型紙に起こすといった一連の技術を指し、同時に服作りの本質としてそれら技術を総称する場合もあるが、シルエットや着心地を左右する技術ということもできる。

 つまりはトム・フォードとは、そうした目に見えない“心地”を具現できるデザイナーなのだと彼は言うのである。別な友人も「スーツはもちろん、靴の履き心地も素晴らしい」と話す。残念ながらスーツを着ることはできないが、時計の着け心地は分かる。そしてそれを実感したのが今回のインプレッションだったのだ。

 N.002 オーシャンプラスチック スポーツはNATO風の引き通しストラップを採用している。これまでもNATOストラップを使う機会は何度もあったが、素材特性も手伝ってか、時計が手首を滑ってしまうことが多く、いろいろと試してみたものの腕時計の座りが悪い。最終的に「私の楕円形の手首が滑りやすさの原因」と決着していたのだが、敬遠していたことも確か。

 ゆえに今回のモデルも「座りの悪い時計の位置を年中直すことになるんだろう」と想像していた。が、しかし。“つねに”手首の定位置で止まっているのである。

N.002 オーシャンプラスチック スポーツ ラグ

ラグ足が長く、なめらかにカーブしているため、手首にしっかりと沿う。これが着け心地の良さにつながっている。またストラップは肉厚で、ジャガード織を採用していることから、繊維同士が滑らずにフィットする。

 その理由は……とストラップをはずしてケースを見てみると、ラグの形状にあることが分かった。ちなみにケースとラグの形状は、2020年に発表した「N.002 オーシャンプラスチック」よりもケース径は3mm大きくなっているが、同じである。

 オーシャンプラスチックシリーズでは、ばね棒を使ってストラップを装着するのではなく、ケースと環状のラグが一体化しておいり、この環にストラップを通すようになっている。そのためラグが一般的な時計よりも少し長くなった。これが功を奏したと言うべきか、これぞトム・フォードの実力と言うべきか、ピタリと手首にハマるのである。 

 もちろんストラップも優秀である。ロゴ入りのジャガード織ストラップはナイロンと綿の中間といった肌触りで、化繊特有の“ツルツル”した感じはないため、素材同士が滑らないのだ。また適度な厚みと張りがあるため、約60gある時計本体に引っ張られたり、形が崩れることもなく、装着しているときの全体のシルエットも美しい。

N.002 オーシャンプラスチック スポーツ ラグの形状

 そして長時間着けていてもベタベタすることもなかった。ナイロンが苦手な方、このストラップなら大丈夫かもしれませんよ。