2023年、スマートウォッチの業界地図。各ブランドの現状整理と来年の展望予想

2015年にApple Watchが登場して依頼、急速に市場が拡大したスマートウォッチ。2022年はApple Watch Series 8やUltraだけでなく、Google Pixel Watchなど魅力的なモデルが多く登場した。テック系ジャーナリストの本田雅一が多くのスマートウォッチがひしめく現状を整理し、来年の展望を予想する。

Apple Watch

本田雅一:文
Text by Masakazu Honda
2022年12月26日公開記事

スマートウォッチ業界の今を整理し、読み解く

“コンピューターを身にまとう”

 そんなアイディアが生まれたのは1970年代、デジタル腕時計が誕生した頃に生まれたと考えられるが、より具体的なビジョンになったのは80年代、カシオ計算機のカシオ「データバンク」、セイコーグループが熱心に取り組んだパソコンとつながる“腕コン”といった製品たちだろう。

 その後、マイクロソフトとTIMEXが初めて腕時計とパソコンの“無線通信”(ディスプレイの光を使って通信を行った)を94年に実現、製品化すると、世紀末には携帯電話やコンピューターを手首に装着することに熱心に取り組むメーカーが増加してきた。

 とはいえ、その後に登場してくるスマートウォッチの始祖たちは、どれもが“使えそうで使い物にならない”何かしらの要素が大きく欠けるものだった。筆者の手元にも、マイクロソフト、サムスン、ソニーなどが取り組んだデバイスがあるが、この市場がやっと認知されるようになったのが、2015年発売のApple Watchであることに、異論のある者はいないだろう。

Apple Watch Series 1

スマートウォッチのブレイクスルーとなったのが、2015年に発売されたApple Watchだ。登場から毎年刷新されていくApple Watchは徐々に世間へと浸透していき、今や“世界1の売り上げを誇る時計”にまで成長した。

 あれから7年半以上が経過し、腕時計市場全体を変える勢いで成長してきたが、ここ数年はその業界地図も落ち着いてきたように思う。

 と、本題に入る前に“業界地図”と銘打ちながら、どこにもビジュアル要素がないではないか? とのツッコミに言い訳をしておこう。このコラムは22年末という時間軸で、翌年の業界地図を占う情報を整理したものだ。そのように考えて読み進めていただけると幸いだ。


グーグルはAndroidの経験を生かせるか

 22年、iPhoneとペアリングしなければ使えないにも関わらず、Apple Watchは業界ナンバーワンの製品として安定飛行をしていた。

 その安定ぶりは9月に発表したSeries 8はもちろん、新たなブランド構築を意図して開発したApple Watch Ultraですら、コンピューターとしての処理能力を上乗せしてこなかったことからも想像できるだろうか。

 アップルは、ライバルからのプレッシャーを全く受けていないようにしか見ない。業界内ではこの年の秋、グーグルが自社スマートフォンブランドの“Pixel”を冠したPixel Watch発売が話題になった。アップルが独走する中でグーグルにはその独走に待ったをかけ、より魅力的で多彩なスマートウォッチ登場の基盤となることを期待する者が多かったからだ。

モンブラン サミット2

Android、iOSを問わずペアリングが可能なWear OS(旧Android Wear)は、多くのスマートウォッチに搭載された。写真はWear OSを採用する2019年発表のモンブランのサミット2。プロセッサーにはSnapdragon Wear 3100が用いられた。

 グーグルがこの業界に参入したのはアップルよりも早く、14年にAndroid Wearというウェアラブルデバイス向けOSをリリース。その後、このOSは多くのメーカーに採用されてきた。タグ・ホイヤー、ルイ・ヴィトン、モンブラン、フォッシルなど、IT技術基盤を持たないメーカーはもちろん、カシオなど電子機器製造のノウハウも持つ腕時計メーカーもこぞって参入した。

 それぞれについて成功したか否かはともかく、Android Wearの後継であるWear OSを含め、グーグルのウェアラブルOS事業そのものが成功したかといえば大いに疑問だ。成功していれば、そもそもOSをサムスンのGalaxy Watchのみが採用していたTizenと統合するという道には進まなかっただろう。

 それ故にPixel Watchには、このジャンルにおける再出発の意味もあって期待したのだが、結果は散々だったように思える。バッテリー持続時間が短いのはご愛嬌としても、この製品はWear OS 3.5に(別途、グーグルが買収していた)Fitbitの機能がキメラの如くつなぎ合わせられており、シンプルさを欠くものになっていたからだ。

 スマートフォン端末では、世界中で販売される製品の半分以上にAndroidが採用されているが、その使い勝手やOS基盤はバラバラ。メーカーごとに体験の質が異なり、多数のバージョンが混在する状況だ。

Google Pixel Watch

Googleが傘下に収めたFitbitの技術を転用し、自社製スマートウォッチとして2022年に投じたのがGoogle Pixel Watchだ。初作だけあり、バッテリー稼働時間の短さや、操作がまだ洗練されていないのが気になるところだ。

 グーグルは、素早く買収したFitbitの価値、資産をWear OSの世界と統合し、Android専用スマートウォッチで構わないのでPixel WatchをApple Watch並みに洗練されたものに仕上げ、その基盤技術を多数のOEMに対して提供してほしいものだ。

 グーグルが良いプラットフォームを作り上げることさえできれば、良いスマートウォッチを開発できるメーカーはいくつある。しかし、グーグルがこの混沌としたプラットフォームを1年や2年で整理できるようになるとは(2022年末の時点では)思えない。


“得意な領域を守り続ける”Fitbitへの好感

 それに比べると、グーグルが買収したFitbitは割り切りがいい。

 買収前から製品開発や関連するサービス開発を行っていたからだろうが、フィットネスバンドのメーカーとして、“ウェルネスからヘルスケアの間”にフォーカスしたブレないコンセプトが提供するアプリケーション、サービス、そしてハードウェアとしてのデバイスに浸透している。

フィットビット

Fitbitのウェアラブルデバイスは時計型の“スマートウォッチ”とバンド型の“トラッカー”に分けられる。写真はスマートウォッチのSens 2(右)とVersa 4(左)。薄型軽量で、装着感に優れるため、四六時中着用するアクティブトラッカーとして最適だ。

 こうした領域で付加価値を提供していくには、大前提となる条件がある。それは可能な限り、利用者に装着し続けてもらうことだ。

 昨今、どんなスマートウォッチも“命と健康を守る”コンセプトを導入している。一方でこのコンセプトの価値を高めるためには、ともかく一日中、腕に装着しておいてもらわなければならない。昨今、睡眠の質を計測する機能に各社とも取り組んでいるが、寝ている間も装着となれば、なおさら洗練させるための努力が必要なことは明らかだ。

 長らくこのテーマに取り組んできたFitbitは、このことがよく分かっている。だからいくつかの要素をキッチリ抑えたものづくりをしている。

 まずバッテリー持続時間。フィットネスバンドでも腕時計型デバイスでも、1週間近いバッテリー持続時間を目指した製品作りをしている。実際には1週間持たなかったとしても、運動時のバイタル計測を行っても数日使えれば、スマートウォッチとしては及第点。それを大きく上回っているから不満はない。


さらに小さく、薄く、軽快な装着感

 22年、FitbitはスマートウォッチのVersa 4とSense 2の2モデルに関して、ほとんど機能的には手を加えなかったが、薄く軽快な装着感を実現するために、力を尽くして新モデルへの更新を行っていた。

 同社はフィットネスバンドも主力製品だが、正直、ここまで軽快で邪魔にならない装着感を持つのであれば、いっそのことスマートウォッチとフィットネスバンドの製品ラインを統合し、もっとシンプルにすればいいのにと思うほど軽快。

Inspire 3

Fitbitのもうひとつ軸になるトラッカー部門のInspire 3。10日間という長いバッテリー持続時間を実現している。時計型のスマートウォッチと比べると、より自然に手に着けられるため、就寝中の着用も気にならない。

 そして最後に独自開発のアプリとデータを集めた上で健康的な生活習慣へのアドバイスなどを行う独自アプリとサービスの統合。Wear OSは「ひとつのスマホには1台のスマートウォッチしか登録できない」といった無粋な仕様が、やっと22年に正されたばかりだが、当然ながらFitbitでは使い分けが可能になってきた。

 好みや用途に応じて複数のデバイスを使い分け、なんなら寝る時には専用にシンプルなバンドで済ますなど多様な使い方ができるのはごく当たり前のこと。

 アプリの作りや睡眠追跡からの、睡眠プロファイル判別やユーザーへのアドバイスなども含め、グーグルはFitbitからもっと多くのことを学ぶべきだろう。

Apple Watchのような万能スマートウォッチではないが、Fitbitの製品にはシンプルなコンセプトで業界を生き抜いてきた知恵が盛り込まれている。