「マスター・オブ・マテリアル」として知られるラドー。革新的な素材に挑戦してきた歴史を辿る

FEATUREWatchTime
2023.05.18

スウォッチ グループに所属し、「マスター・オブ・マテリアル」として知られるラドー。1917年に創業した同社は、独自のデザインとハイテクセラミックスなどの新素材を特徴としている。ラドーの歴史を辿りながら、数々の革新的な時計を紹介しよう。

キャプテンクック

今日のラドーはデザインに重点を置いたコレクションにカラフルで軽量なハイテクセラミックスやセラモスを採用し、業界をリードしている。
Originally published on watchtime.com
Text by Rüdiger Bucher
2023年5月18日掲載記事


「マスター・オブ・マテリアル」として知られるラドー

キャプテン クック ハイテク セラミック

ラドーの開発者たちは長年にわたりセラミックスの研究を続けてきた。2021年には、1962年に生まれたアイコンウォッチ「キャプテン クック」がハイテクセラミックス製で発表される。

 ラドーという時計ブランドの始まりは、ささやかなものだった。スイス・ビエンヌ近くのレングナウに建つ、とある家の屋根裏部屋で、フリードリヒ(1883-1951)、エルンスト(1887-1958)、ヴェルナー(1895-1970)のシュルップ兄弟が、1917年にレバー脱進機を備えたムーブメントの製造を開始した。

 当時の慣例として、会社名は所有者にちなみ「シュルップ・アンド・カンパニー社」(以下、シュルップ社)と呼ばれていた。シュルップ社は高い品質の自社製ムーブメントと、急速に成長する輸出ビジネスで利益を得ていた。早くから国際貿易事業を確立し、「in alle Länder(すべての国へ)」という謳い文句で製品を宣伝していた。

 シュルップ社にとって、アメリカは最も重要な市場となった。1920年代には一部のムーブメントに「ラドー」という名前がつけられていたが、これはおそらくムーブメントの最も重要なパーツである「歯車」を意味するエスペラント語に由来していると思われる。1928年、シュルップ社は「ラドー」をブランド名として登録した。しかし四半世紀もの間、この名前が大きな役割を果たすことはなかったのだった。

 厳しい経済状況の中で、シュルップ社は製品戦略の転換を繰り返し迫られた。そのため、1920年代にはムーブメントのみだった製品ラインナップに時計の完成品を追加している。第2次世界大戦が終わる頃、従業員数は20年前の約10倍となる200人ほどにまで増えていた。しかし、米国との競争の激化が顕著になり、特に自動巻きムーブメントの需要が増え続ける一方で、シュルップ社は依然として手巻きムーブメントに特化していたため、成功が危ぶまれた。

 そこで、当時の経営者であったポール・リュティはムーブメントの製造を完全に中止し、時計の完成品の販売とその国際的なマーケティングに専念することを決めた。この画期的な決断は、ラドーの歴史を象徴するものだった。新しい状況や新しい課題が発生するたびに、ピンチではなく未来へのチャンスであると考え、それに対応した行動を起こすのだ。「想像することができるならば、作り出すことができる。作り出せるならば、実行する」という、現在に受け継がれるラドーのモットーが生まれたのだ。

ブランドの設立と耐傷性に優れた炭化タングステンの採用

グリーン ホース

1957年に「ラドー」のブランド名で発表された最初のウォッチコレクション「グリーン ホース」。

 1957年、ラドーというブランドが設立された。新しいブランド名のもと、1957年に発売された最初の製品は、ステンレススティール製のデイト付き3針時計の「グリーン ホース」だった。文字盤には、この時計の防水性を象徴する2匹の緑色のタツノオトシゴが描かれている。120mという防水性能は、当時としてはかなり高いものだった。

 文字盤上のもうひとつの特徴は、赤い背景の上で動く小さな錨だ。これは自動巻きムーブメントを搭載していることを表していおり、現在でもラドーの多くの時計に見られるデザインだ。グリーン ホースは品質と信頼性、そして魅力的なデザインと高いコストパフォーマンスという、ラドーのアイデンティティにおける重要な側面を示していた。しかし、それは始まりに過ぎず、やがてブランドの革新的な強さは、常に挑戦の中で証明されることとなった。

 ポール・リュティはあらゆる国を旅して、東南アジア、中東、極東、そして後に東アフリカとインドを、重要な新市場として開拓していった。1960年には、ラドーはすでに60カ国以上で業務を展開していたのだ。一方、当時のラドーはケースにキズがつきやすいゴールドケースの時計を多く製造していたため、顧客からのクレームが大きな課題となっていた。そこで、ラドーはゴールドに代わるケース素材を検討し始めた。そして、それまで主に工具製造に使われていた素材である炭化タングステン、より正確にはコバルトを含んだ炭化タングステンにたどり着いたのである。

 炭化タングステンをケースに採用した時計は、デザイン自体も素材に負けず劣らず衝撃的だった。1962年に発表された「ダイヤスター1」には、炭化タングステン製の大きく幅広なオーバル型ベゼルを備え、これがラグ部分も覆っていた。ダイヤスターは、耐傷性に優れた時計として世界に先駆けた広告宣伝が展開された。

ダイヤスター1

1962年に発表された「ダイヤスター1」。炭化タングステンとサファイアクリスタル製を採用し、耐傷性に優れた時計は、業界に革命を起こした。

 ケースだけでなく、文字盤を覆うアーチ型のサファイアクリスタル製風防も、時計業界では新しいものだった。時計の形状は、採用された素材によって決まった。それは当時、炭化タングステンではシャープな角やエッジを実現することができなかったからである。時計業界では初めての素材を使うことで、ラドーに新しいデザインの可能性が生まれたのだ。その後、数十年にわたり、さらに多くの事例が続くことになる。

 ダイヤスターは、ラドーを特徴付けるすべての点を備えている。革新、耐傷性に重点を置いた素材の選択、そして特殊な形状を生み出す勇気である。特殊なケース形状は、1966年にラドーが発表した「マンハッタン」でも顕著だった。マンハッタンは一般的なレクタンギュラーケースの時計とは異なり、縦よりも横が広い横長の、大ぶりな時計であった。

 1970年代になると、話題の中心は急速に発展してきたクォーツ技術へと移った。1970年、ラドーはスイスで開発されたクォーツムーブメント、ベータ 21を搭載した「ラドー クォーツ 8192」をバーゼルフェアで展示した。70年代半ばにはETAからクォーツムーブメントが供給されるようになる。よりエレガントな時計にも搭載できるよう、クォーツムーブメントは数年のうちにどんどん薄くなっていった。

ハイテクセラミックスへの先駆的な取り組み

ハイテクセラミックス

ラドーはキズに強く肌に優しいハイテクセラミックスの採用と取り扱いに優れている。

 しかし、クォーツが話題の中心になった1970年代から1980年代初頭にかけても、耐傷性というテーマがラドー経営陣の頭から離れることはなかった。その背景には、完全にキズを防ぐこと、そしてシャープなケースを実現させるために、ハードメタルを使用する以上の解決法を模索していたことがあった。

 1986年、ラドーはハイテクセラミック製のリンクを採用したブレスレットを備える「インテグラル」を発表した。この素材はラドーが初めて採用したものだった。また、ケースの端から端までを覆うサファイアクリスタル製風防も採用され、見えないよう取り付けられた。

 1990年、ラドーは「セラミカ」でデザインも素材もさらに一歩前進させる。ケースとブレスレットにブラックのハイテクセラミックスを採用しただけでなく、革新的なデザインも備えていた。それは、ブレスレットで手首に固定する時計というよりも、ブレスレットが時計とシームレスに一体化したもの、つまりジュエリー、腕時計、オブジェとしてのデザインがひとつになったものであった。

r5.5

2009年に発表された「r5.5」。凹面を持つラグなど、デザインはジャスパー・モリソンによる。

 ハイテクセラミックスは、1986年以降、ラドーの大きなテーマとなった。これほど早くから、ハイテクセラミックスを時計の素材として採用したブランドは他になかったからだ。ハイテクセラミックスと従来のセラミックスとの相違点は、微細で純度の高い粉末が使用されている点である。それにより無孔質で密度が高くなり、傷がつきにくく、割れにくい素材となるのだ。

 ラドーがハイテクセラミックスの取り扱いに長けているのは、親会社であるスウォッチ グループに依るところが大きい。インテグラルが発表された1986年、ラドーは、当時まだSMHと呼ばれていたニコラス・G・ハイエック率いるグループの傘下に入った。それ以降、ラドーはETAの工場だけでなく、ハイテクセラミック部品を開発・製造しているコマデュール社を含む、150以上のスウォッチ グループ企業のすべての専門知識を直接利用できるようになったのである。

クポール

1991年に発表された、ラドー初のホワイト ハイテクセラミックス製の「クポール」。

 ラドーのハイテクセラミックスをめぐる研究開発は、セラミカのブラック ハイテクセラミックモデルに留まることはなかった。1991年には、ラドーからホワイト ハイテクセラミックスを採用した「クポール」が発表された。1993年には、炭化チタンをベースにした合成素材を採用する「シントラ」が続く。この素材によって、ラドーは有機的な形状とさらに多くの色味を生み出すことを可能とした。2017年には、より多くのカラーが「トゥルー シンライン」に登場する。

トゥルー シンライン

2011年に発表された「トゥルー シンライン」。セラミックス製モノブロックケースの厚さは5mm以下である。

 当初、トゥルー シンラインはブルー、ブラウン、グリーンで展開されていたが、2021年に「レ・クルール ル・コルビュジエ」シリーズよりさらなるカラーバリエーションが展開された。著名なスイスの建築家ル・コルビュジエは、かつて63色で構成されるパレットをデザインしていた。それにちなんで、トゥルー シンラインのカラーバリエーションは、落ち着いた色味から技術的に製造が困難なイエロー、ブルー、オレンジレッドなどへと拡大されたのである。

 カラー以外にも、継続的な研究開発によって、新たな素材のバリエーションが次々と登場している。ラドーは1998年に、セラミカのラインにおいてプラズマ ハイテクセラミックスを導入した。これにより、金属が用いられていないにも関わらず、時計にメタリックな光沢をもたらすことが可能となった。また2002年に、ラドーは「世界で最も硬い時計」として「V10K」を発表している。このモデル名は、合成ナノ結晶ダイヤモンドの層によって実現した1万ビッカースの硬度にちなんだものだ。

V10K

2002年に発表された「V10K」は、ハイテクダイヤモンドコーティングを施し、天然ダイヤモンドと同等の硬度1万ヴィッカーズを実現した世界で最初の時計として登場した。

 2011年、次の大きなマイルストーンが続いた。それまでセラミックケースの製造にはステンレススティールのコアが必要だったが、トゥルー シンラインと「ハイパークローム」で採用された新しい射出成型技術により、コアがなくてもケースを製造できるようになったのだ。

 この技術革新によって、デザインの自由度も高くなった。射出成型技術を使ってハイテクセラミックスのモノブロックケースを製造できることになり、ケースをより薄く、そして軽量化することができたのである。射出成型技術が採用されたトゥルー シンラインは、ケースの厚さが5mm以下と非常に薄くなっている。

レ・クルール™ ル・コルビュジエ

2017年に登場した「トゥルー シンライン」のカラーバリエーションは、2021年に「レ・クルール™ ル・コルビュジエ」シリーズで拡充された。

レトロなデザインをまとったモダンな素材

 アバンギャルドな精神にあふれるラドーが、レトロなデザインというテーマもマスターしていることは注目に値する。2019年には、1962年に発表されたダイバーズウォッチ「キャプテン クック」が復活した。当初はステンレススティールケースとブロンズケースでの展開だったが、市場での大成功に後押しされ、さまざまなバリエーションが続々登場した。

 2021年にはハイテクセラミックケースのモデルが発表され、誕生60周年となる2022年には、フルセラミックスのモデルも登場したのである。このようにして、先進的なデザインと素材を特徴とするラドーは、そのルーツに根差し、さらに大きな基盤の上に存在しているのである。

キャプテン クック ハイテク セラミック

2021に発表された、ハイテクセラミックスを採用する「キャプテン クック ハイテク セラミック」。自動巻き(Cal.R734)。25石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約80時間。ハイテクセラミックス(直径43mm、厚さ14.6mm)。300m防水。57万4200円(税込み)。



Contact info: ラドー/スウォッチ グループ ジャパン Tel.03-6254-7330


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