アンティークウォッチ指南 Part.2

FEATUREアイコニックピースの肖像
2023.08.23

10年以上にもわたって連載を続けてきた『アイコニックピースの肖像』。多くの読者から、ファーストモデルをこれだけ載せるのだから、アンティークだけを取り上げられないのか、という声をいただいた。もっとも、ただ掲載するだけでは面白くないので、クロノス流のバイヤーズガイドとしてまとめてみた。

星武志:写真 Photographs by Takeshi Hoshi (estrellas)
広田雅将(本誌):取材・文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Hiroyuki Suzuki
[クロノス日本版 2023年3月号掲載記事]


1940~50’s

1940~50年代で選ぶべきは、完成された手巻きムーブメントの傑作

キャリバー88、キャリバー454

(右)IWC キャリバー88
3針手巻きの傑作であるCal.89。そのスモールセコンド版がCal.88だ。神経質なセンターセコンド機構がないため、時刻合わせ時の秒針飛びがない。合計3万7200個が製造されたと言われる。参考価格49万8000円(税込み)。撮影協力:ファイアーキッズ
(左)ヴァシュロン・コンスタンタン キャリバー454
比較的小径のムーブメントを好んできたヴァシュロン・コンスタンタン。例外のひとつがCal.454搭載機である。直径30mmの大径ムーブメントは優れた精度をもたらした。参考価格87万7800円(税込み)。撮影協力:江口時計店

 1930年代に普及した腕時計は、40〜50年代にかけてひと通りの完成を見た。小さなサイズでも高い視認性をもたらすデザイン手法が普及したほか、テン真に耐震装置が付いたことで、容易には壊れなくなったのである。また、各社が自動巻きをリリースするようになったのもこの時期だ。

 この年代で見るべきは、熟成した手巻きムーブメント搭載機である。自動巻きにも面白いものは少なくないが、後年に比べて、お世辞にも完成度が高いとは言いがたい。手巻きのサンプルとして挙げたのは、IWCのキャリバー88と、ヴァシュロン・コンスタンタンのキャリバー454だ。前者は傑作89のスモールセコンド版、後者は直径30mmのジャガー・ルクルト製エボーシュを、ヴァシュロン・コンスタンタンが大幅に手を加えた高精度機である。

Cal.454搭載機

1940~50年代にアメリカ市場でヴァシュロン・コンスタンタンが好まれた理由に、センターセコンドがあったと言われている。同社はいち早く、センターセコンドのモデルを多くリリースした。本作も、傑作Cal.454に出車を噛ませることで、センターセコンド化したもの。極めて立体的な針は、この時代ならではのディテールだ。秒針の袴座にも注目。
Cal.454搭載機

一見シンプルだが、極めて良く出来たケース。ベゼルを極端に太く取ったケースは、デザインに凝った、この時代のヴァシュロン・コンスタンタンならではだ。こちらもサイズを考えると、アメリカ市場向けだろう。

 88は、それ以前に作られた83に比べて評価は高くないが、89と共有部品が多いため、維持は決して難しくない。また、454は、パテック フィリップの12-120やオーデマ ピゲのVZ系(これは信じられないほど高価になってしまった)に比べて、まだ入手が容易だ。もちろん、珍しいケースを持つモデルはオークションピースになってしまったが、少し変わったケースのモデルならば、まだ値頃である。筆者の個人的な意見を言うと、40〜50年代にかけてのヴァシュロン・コンスタンタンは、趣味性と実用性をよく満たしたモデルが多いように思う。

 この時代は他にもオメガの30mm、モバードのキャリバー75、ゼニスの126といった、優れた手巻きムーブメントが多く見られる。変わったケースやレアな仕様ならばやはり高価だが、普通のモデルならば、まだ手に入れやすいはずだ。なお、長く使うことを考えるならば、必ず信頼できるショップを選ぶことをお勧めしたい。

Cal.88搭載機

1940年代になるとアラビックとバーインデックスの混在がポピュラーになるが、この個体は1930年代に普及したフルアラビックのインデックスを採用する。仕上げはアプライドではなく、エンボス仕上げ。コストを抑えるためか、IWCは50年代に入ってもエンボスのインデックスを好んだ。
Cal.88搭載機

当時のIWCが好んだティアドロップ形状のラグと、40年代としては珍しい、大きく張り出したミドルケースの組み合わせ。外装にコストをかけることを好まなかったIWCだが、本作は数少ない例外だ。大ぶりな時計を好んだアメリカ市場向けか。


1960’s

傑作が揃った、機械式時計の黄金期
選ぶべきは自動巻き+防水ケース

ベリスリム、コンステレーション

(右)ロレックス ベリスリム
Ref.9164。1950~60年代にかけて、Cal.1500系で世界的な名声を得たロレックス。ただし、薄い時計を好む顧客層に向けて、薄型のドレスウォッチも製造していた。これはCal.1000を搭載。参考価格69万8000円(税込み)。撮影協力:ファイアーキッズ
(左)オメガ コンステレーション
Ref.14393 SC。自動巻きの開発で試行錯誤を繰り返したオメガ。最終形がCal.550/560系だった。平ヒゲにもかかわらず、クロノメーターをクリアする高い精度を誇った。プライベートアイズ製のレプリカブレスレット以外はすべてオリジナル。Cal.561搭載。筆者私物。

 1940年代に手巻きムーブメントが完成すると、各社は一斉に自動巻きムーブメントの開発を加速させるようになった。黎明期の自動巻きは例外なく巻き上げ効率が低いため、各社は重いローターなどで対応せざるを得なかった。確かに重いローターは巻き上げを改善したが、それは自動巻き機構にダメージを与えることになったのである。それが改善されたのは、50年代の後半だろう。ロレックスの1500系、オメガの550/560系などは、現行品に遜色ない、優れた自動巻き機構を備えていた。また、IWCの85系も緩急装置などが改良され、この時代にほぼ完成を見たのである。

コンステレーション

故ジェラルド・ジェンタがオメガにデザインを提供していた当時のモデル。極端に高く盛り上げたインデックスは、この時代のコンステレーションの特徴である。おそらくは、ジェンタのアイデアだろう。後に彼は、インデックスにブラックのラインを入れることで、その存在をいっそう強調した。
コンステレーション

1940年代以降、スイスのメーカーはステンレスケースに厚い金張りを加えるようになった。この手法を限りなく洗練させたのがオメガである。ケースの一部にのみ金を巻く手法は、価格を抑えつつ、時計を豪華に見せる優れた手段だった。

 ちなみにこの時代まで、各社の自動巻きは手巻きのベースに、自動巻きを重ねるという構成を持っていた。パテック フィリップの12-600や27-460、オメガの550/560、IWCの85系などは、そのもっとも分かりやすいサンプルと言える。小径のベースに依存するため、理論上は安定した精度を出しにくいが、この時代の各社は、それを補うほどの調整技術を持っていた。こういった設計は、60年代半ば以降に各社が一体型の自動巻きを出すに伴って消滅したが、汎用の手巻きをベースにした50〜60年代の一部自動巻きは、後年のムーブメントに比べて部品を入手しやすい。

 サンプルとして挙げたのは、キャリバー561を搭載したオメガの「コンステレーション」である。ただし、普段使いを考えると、似たようなデザインを持つ「シーマスター」のノンクロノメーター版だろうか。もうひとつのサンプルは、ロレックスの手巻き「ベリスリム」。小径の手巻きムーブメントに優れた精度を加える調整技術は、1950年代以降のロレックスに、世界的な名声をもたらした。

ベリスリム

屈強なムーブメントで知られるロレックスだが、一部の顧客層に向けて、薄型時計も製作し続けた。写真の「VERISLIM」は、1950年代から60年代にかけて製造されたモデル。その名前は、明らかにグリュエンの「VERITHIN」の影響を受けている。あえて小径の手巻きムーブメントを採用することで、ケースを薄く見せている。小さな手巻きムーブメントでクロノメーターをクリアする調整技術は非凡だ。
ベリスリム

薄さを強調したケースは、当然ベゼルも絞られている。しかしお馴染みの、通称エンジンターンドを加えたのはロレックスらしい。



Contact info: ファイアーキッズ Tel.045-432-0738 江口時計店 Tel.0422-27-2900


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