IWC/アクアタイマー

FEATUREアイコニックピースの肖像
2019.10.15

オーシャン2000からGSTシリーズへ
チタンケースとベゼル構造の完成

無類に強固なケースと、高い防水性能で知られるアクアタイマー。そのキャラクターを決定づけたのは、初代や第2世代のアクアタイマーではなかった。影響を与えたのは、1982年発表の「オーシャン2000」。これは軽いチタンケースを持ちながらも、2000m防水を実現した、当時としては画期的なダイバーズウォッチだった。

オーシャン2000 Ref.3500

オーシャン2000 Ref.3500[1982]
1983年のバーゼルワールドで正式発表された新世代のダイバーズウォッチ。そのケース設計は後のアクアタイマーに大きな影響を与えた。自動巻き(Cal.375、ETA2892 ベース)。21石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。Ti(直径42mm)。2000m防水。
GST アクアタイマー2000 Ref.IW353601

GST アクアタイマー2000 Ref.IW353601[1998]
オーシャン2000のケース構造を転用した後継機にして、アクアタイマーの原型を定めたモデル。ケース素材にはTiとSSが用意された。自動巻き(Cal.37524、ETA2892A2ベース)。21石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。Ti(直径42mm)。2000m防水。

 エルヴィン・ピケレ(EPSA)のスーパーコンプレッサーケースで、200mと300m防水を実現した初代と第2世代のアクアタイマー。ふたつのリュウズを持つコンプレッサーとスーパーコンプレッサーケースは、ねじ込み式リュウズを使わない防水システムとしては、間違いなく最も完成されたものだった。しかし、商業的に成功を収めたとは言えなかったし、問題がないとは言えなかった。

 一例が回転ベゼルの操作である。インナーベゼルを回すにはリュウズを引っ張り出す必要がある。リュウズの先端についた6枚の歯車を、回転ベゼルを動かすラックにかみ合わせるのは難しく、グローブを付けた状態では困難だった。また、Oリングに依存した防水システムは、経年劣化に伴い、ケースの防水性能を悪化させた。普通、防水ケースに入った時計は、相対的に程度が良い。しかしピケレの防水ケースは、控えめに言っても、長く使えるような設計を持っていなかった。市場にある初代と第2世代アクアタイマーに、程度の良い個体が少ない一因だ。また、インナーベゼルを回すためのリュウズを外すのも、普通の時計師には難しかったのである。

 ドイツ連邦海軍の要請を受けて、「新しいダイバーズウォッチ」こと、オーシャン2000の開発に取り組んだIWCの技術陣は、かつてのアクアタイマーの弱点を把握していた。このダイバーズウォッチでは、ベゼルが操作性と整備性に優れるアウター式に変更されたほか、風防も割れにくいサファイアクリスタルになり、リュウズもねじ込み式に改められた。つまり、本格的なダイバーズウォッチとしての体裁を持つに至ったのである。

 加えて、IWCはこのモデルに面白い試みを加えた。デザイナーのアレクサンダー・ポルシェとコラボレーションを組む際、彼はIWCに対して、チタンの採用を要求した。彼がチタン好きだったことは、京セラ「コンタックスT」(1984年)の逸話からも分かる。同作のデザインを手掛けた際も、彼はボディを総チタン仕上げにしてほしいとの注文を付けた。もっとも、当時の日本メーカーにチタンをプレスで成形する技術はなく、結局、シルミン系のアルミニウムに落ち着いたという。京セラが、アレクサンダー・ポルシェの要求を満たせるようになったのは、「コンタックスT2」以降のことである。

 ポルシェの要求を受けたIWCは、日本のリッカーからCNC旋盤を購入して、チタンケースの製造に取り組んだ。当時の関係者は筆者にこう語った。「当時スイスの時計産業は、日本によって大きなダメージを受けていた。そんな日本から工作機械を買うのは複雑な気分だった」。もっとも、優れた工作機械の導入と、製造ノウハウの蓄積により、IWCは1980年に、初のチタン製クロノグラフ(Ref.3500)をリリースした。

オーシャン 2000

高い防水性能を実現するため、オーシャン 2000にはいくつもの試みが盛り込まれた。リュウズは三重にOリングを重ねたねじ込み式となったほか、一部のパッキンはプラチナの合金に変更された。また、気密性を高めるためヘリウムエスケープバルブも廃された。ケース素材も、磁気帯びしにくく、耐蝕性に優れたチタンである。

 幸いにもIWCが採用していたグレード2の純チタンは、理論上はほぼ磁気帯びしない素材だった。またこの素材は、腐蝕しにくいためダイバーズウォッチにはうってつけだった。もしIWCがチタンケースを製作していなかったら、新しいダイバーズウォッチを作って欲しいというドイツ連邦海軍の要請を受けることもなく、民生用のオーシャン2000も生まれなかっただろう。

 もっとも、当時のIWCはチタンケースに高い防水性能を与えるノウハウを持っていなかった。またコンピュータがないため、要素解析もできなかった。そのため同社は、チタンケースを限りなく厚くすることで、高い防水性能を与えようと考えた。幸いにも、搭載するキャリバー375系(ETA2892/2892A2のローターベアリングをルビー受けに変更したもの)は、薄くて小さかったため、チタンケースの内壁を厚くしても、ケースサイズは42㎜に留まった。なおオーシャン2000には、かつてのスーパーコンプレッサーケース同様、パッキンの上に板バネを置き、テンションをかける裏蓋が採用された。おそらく、IWCの技術陣はその有用性を理解していたのだろう。興味深いのは、あえてヘリウムエスケープバルブが省かれた点。設計に関与したクルト・クラウスは「ヘリウムが入らない密封度の高いケースを作ってしまえば、ヘリウムガスの侵入は問題でなくなる」と語った。

 このケース構造をそっくり転用したのが、1998年に発表された「GST アクアタイマー 2000」である。ケース構造はオーシャン2000にまったく同じ。押して回すアウターベゼルも同様だった。しかし、この大ヒット作には、それ故に問題が生じた。押して回すベゼルは、誤操作を防ぐのに優れた機構だったが、ベゼルの内部に砂が噛むと、故障の原因となったのだ。そこでIWCは1999年発表の「GST ディープ・ワン」には、初代と同じインナー式を採用。これは2004年にリリースされた、第4世代のアクアタイマーにも踏襲されることになる。もっとも、IWCはこのベゼルでも、初代アクアタイマーに同じく、操作性という問題に直面した。以降、IWCはベゼルにさまざまな試行錯誤を加えることとなる。